出会いの日
楓の退魔一族としての訓練が始まって、一年が経った頃。龍宮寺家道場に、早朝から剣戟の鋭い音が響いていた。
肉薄し、楓が刀を振るう。
けれど未だ小学生。腕力のみで繰り出す斬撃には限度がある。容易く凛に防がれてしまう。
それを理解した楓は一度距離を取り、上体を捻り、身の丈に合わぬ大振りの構えを取った。
それは、腕力不足を遠心力で補う一手。それと同時に、隙の生まれる悪手。
凛は冷徹に、最短・最速の「突き」を楓の胸元へ放つ。
やはりまだ子供か。そう嘆息した凛の視界から、しかし楓の体がふっと消えた。
楓は捻りの勢いのまま、独楽のように軸をずらして突きの軌道から滑り込む。
次の瞬間、回避の回転運動はそのまま、限界まで引き絞られたバネのように解放される。突きを放ち、完全に引き戻せなくなった凛の無防備な首筋へ。遠心力を乗せた楓の刃が、電光石火の速さで鋭く駆け抜けた。
致死の一撃。
しかし、道場内に鋭い金属音が響いた。二本目の気刃が宙に顕現し、突きを放った気刃から片手を離した凛が空いた手でそれを手に取り、受け流したのだ。
距離を取り、凛は静かに息を整える。
いきなり気刃顕現を使いこなす才気、そして自身の欠点を餌にする発想力と度胸。
今はまだ腕力と経験で勝っている。けれど、目の前の孫がそれらを備えたとき、いったいどれほどになるのか。
「今日はここまでにし、朝食にしましょうか。学校に遅れます」
「はい、お祖母様」
道場から移動し、道着を着替えた凛と楓は家政婦が用意した朝食を前に、食卓を囲んでいた。
すると、ふと凛が箸を置き。
「楓。今日の夕方は稽古はありません」
「何故ですか?」
「客人です。長らく空き家だった隣家に、今日引っ越しがあり、あいさつに見えます。あなたも同席なさい」
「私が、ですか?」
「あなたと同い年の娘がいるのです。 そして、あなたに退魔一族としての任務を与えます」
「任務……ですか?」
「その少女を見れば、あなたも分かります」
それだけ伝え、凛の口から詳細を伝えられることはなかった。
朝食を終え、身支度を整えた楓は学校へ向かう。
けれど、それはとても退屈なものだった。勉学は分かるし、体育も、修練の方がよほど身体能力の発達には適している。そして何より、何の意味もなくただ日々を生きているクラスメート達が、見ていてなぜか腹ただしかった。
そして、それはクラスメート達もまた同じだった。
地元の名家、龍宮寺家の一人娘。才色兼備であり、それでいて、まるで他者を拒絶するような冷たい瞳。
溝が生まれるには、十分な理由だった。
――今日、この日までは。
「それじゃあ、転校生を紹介するぞ。入ってこい」
朝のホームルーム。頬杖をつき窓の外を眺めていると、担任に促され、ガラガラとドアが開く音が。
それと同時、楓の両腕に鳥肌が立った。
「転校生の上石百合です。よろしくお願いします」
その転校生が放つ、強大な精気にあてられて。
突然の転校生、上石百合はたった一日でクラスの中心に溶け込んでいた。
誰に対しても分け隔てない天真爛漫な性格と、人懐こい笑顔。その様子を、楓はただ眺めていた。
そして放課後。楓が帰り支度をしていると、バタバタと足音が近づいてきた。
「龍宮寺楓ちゃん、だよね? 一緒に帰ろうよ」
足音の主、百合の唐突な誘い。それにクラスメイト達のギョッとした視線が集まる。
「ゆ、百合ちゃん。龍宮寺さんはやめておいた方がいいよ」
クラスメイトの一人が慌てて止めに入る。
「え、何で?」
「だって、その……龍宮寺さんは」
歯切れの悪い言葉と、チラチラ向けられる視線。
その様子に、楓がため息をつくと。
「何で? だってただのクラスメイトでしょ」
あっけらかんとした、百合の返答に目を丸めた。
「それに、みんな言ってた龍宮寺家ってのも親とかがでしょ? 楓ちゃんは関係ないじゃん」
その言葉に、クラスメイト達は俯いてしまった。
そして、百合は楓にニコリとほほ笑み。
「それじゃあ、一緒に帰ろう楓ちゃん」
百合に手を惹かれ、引きずられるように楓は教室を後にした。
そのまま引きずられることしばらく。
「――何のつもり」
昇降口の玄関前。靴を履き替えるために手を離した百合に、楓は短くそう問いかけた。
すると、下駄箱にシューズをしまった百合はキョトンとした顔を浮かべ。
「え、何のこと?」
「転校初日。クラスで上手くやるなら、仲良くなるべき生徒は他にいる。私に構う利益はない」
「えっと……え?」
目を点にし、百合は首を傾げ。
「利益? よく分かんないけど、友達になりたいなって。それに、お隣さんになるんだしさ」
お隣。その言葉に、今朝凛が言っていた言葉を思い出した。そうか。この転校生が隣家に越してきた家族の一人娘の。
「いや、だからその友達になるメリットが」
「友達になるのにシャンプーなんて関係ないよ」
「え、ちょっと。何を言って」
こうして、知らぬ間にまたしても百合に手を引かれ、楓は帰路についた。




