剥がれた仮面
姿勢を低くした楓が一気に距離を詰め、雪の懐に入り込む。同時。逆袈裟斬りを放つが、雪はそれを仰け反って回避。
その反動で上体を戻す。と、そこへ振りぬいた切っ先の突きが迫っていた。
回避は間に合わない。
雪はそのまま膝を曲げて体勢を沈め、刀を握る楓の手にめがけて蹴り上げた。対して楓は左ひじを折り込み、雪の蹴りをひじで受け、刀を握る手への直撃を反らした。
一瞬の攻防。互いに距離を取り、呼吸をつく。
「正直、舐めていたわ。百合の周りでキャンキャン吠えるだけの子犬だと。意外と立派な牙を持っているのね。けれど、こういうのはどうかしら」
そう口にし、雪は炎花を放った。楓から遠く離れたフェンスに向けて。
けれど。
「何を!?」
楓は地を蹴り炎花の前に躍り出ると、迫り来る炎花を刀で両断。その姿を見て、雪は口角を上げ、またしても楓から離れたフェンスへと炎花を放つ。
「貴女、さっきからどういう」
吐き捨てながらも、またしても楓は炎花の前に走り込み、叩き切る。
執拗に続く炎花による揺さぶり。
逸れた攻撃だ。普通なら、好きにさせればいい。ただし、この場所が百合が生徒会長を務める清峰学園でなければ。
その事実だけが、楓を縛っていた。
「そう、そうよね。貴女はそうするしかない。こんな場所でフェンスが燃えたら、また愛しの百合ちゃんの仕事が増えちゃうものね」
「この……下衆が!」
楓が吐き捨てると、わずか一拍、炎花の射撃が止まる。迎撃に奔走していた楓は、その隙を逃すはずがない。
――それが、偽りだろうと。
反転攻勢。踏み込み、間合いに入ろうとした楓の視界の先に、しかし雪の姿はなかった。
「甘いわよ」
腹部に衝撃。そして、遅れて耳に届いた声。
吹き飛ばされ、背中からフェンスに激突する。
「素質は十分。流石は天童と呼ばれただけはある。磨けばいずれかつての凛にも並ぶでしょうね。けれど、残念。雑念が多すぎる」
「ざつ……ねん?」
「それでは、いずれ失うことになるわよ。大切なものを」
冷徹な視線が楓を射すくめる。
楓の脳裏に浮かぶかつての記憶。
『お父さんとお母さんが動かないの。ねぇ、カイブツは……どこ?』
血溜まりに佇み、焦点の合わない目で乾いた笑みを浮かべている少女――
「……お黙り、なさい!」
膝に手をつき、立ち上がる。
させない、あんな思いはもう二度と。もう二度と壊させやしない。
だから――
「百合ちゃんは私が守ります。この命、いえ、何に代えましても」
「かえ……で? 何言って」
刀を構え直し誓いを立てた楓の耳に届いた、戸惑いをはらんだ声。
それを耳にし、楓の全身から血の気が引いた。
その声を、聞き間違えるはずないのだから。
「――百合ちゃん」
屋上入り口のドアの前に、いつの間にか百合がいたのだ。
「ねぇ、どういう事? 命に代えても守るって。それに、手に持ってるのも」
恐る恐る一歩踏み出した百合の視線が、楓が手に持つ、およそ女子高生には似つかわしくない刀へと注がれた。
慌てて背に隠そうとするが、滑り、地面に落としてしまう。すると、それは光の泡となって消えた。
「ち、違います。これは」
後ずさる楓。それでも百合は踏み込む。
「雪が転校してきてから、ずっと様子がおかしいと思ってた。何か隠してるの? 隠してるなら」
「ダメです、それだけはダメですわ!」
自身の肩を抱き、首を横に振る楓。
後ずさりし続けた楓は、背をフェンスにぶつけた。
「――ごめんなさい」
呟き、楓は跳躍しバク宙でフェンスを飛び越えた。
「楓!?」
慌てて駆け寄るが、もう遅い。フェンスを飛び越えた楓は、隣接する校舎への渡り廊下の屋根や駐輪場の屋根を足場にし、校舎裏へと降り立っていた。
その姿に、百合はフェンスを強く握り、奥歯を噛み振り向く。
「楓が自分から話してくれるまで待つつもりだったけど、もう限界」
そして、雪をただ真っすぐ見返す。
「泣いてた、楓。だから教えて、私の知らない楓のこと」




