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無垢の光

 グラウンドに木霊した叫び。

 弾かれたように声のした方へ視線を向けると、百合が俯き、肩を震わせていた。

「ダメだよ、こんなの。ケルベロス……佐藤君は何も悪くないのに、殺すことが救いだなんてダメだよ絶対」

 それは一人の少女の無垢なる叫び。 

 けれど現実は。

「見ていなかったの、百合。今は自我を辛うじて保っているみたいけど、この様子じゃいつまで持つかわからない。そもそも貴女、この子にこのままケルベロスとして生き続けさせるつもり?」

「……っ。」

 雪の鋭い問に言葉が詰まる。

 頭では分かっている。きっと、雪の言っていることが正しいのだと。代替案なんて何もない。自分は、ただ駄々をこねている子供なのだと。

 けれど、だとしても……。

 百合は両手をギュッと握り、顔を上げた。

「けど、こんな終わりは悲しいよ!」

 その瞬間だった。

 ポッ……ポッ……と、百合の体から光の泡が溢れ出した。

「なに……これ」

 自身の身体から発せられるそれに、目を丸め震えた声を上げる百合。

 それは止まることなく溢れ続け、やがてグラウンドを覆うほどに。

 そして、驚愕に目を丸めるのは雪もまた同じで。

「まさか、これは百合の?」

 ありえないことではない。彼女たちもまた、それを放出して使用するのだから。けれど、この量は。

「佐藤! おい、大丈夫か佐藤!」

 それぞれが戸惑いを隠せないでいると、耳に届いたのは守の叫び。

 グラウンド中に広まった光が、特にケルベロスの周りに集まり、苦しげに蹲っていたのだ。

 光が完全にケルベロスを覆い、しかし次第にそれは小さくなっていく。そして、ついさっきまでケルベロスがいた場所にその姿はなく、代わりに、一人の少年がそこにいた。

「さ……と、う」

 わなわなと震える口で恐る恐る呟く守。すると、先ほどまでケルベロスのいて場所に現れた、眼鏡をかけた、小柄で気弱そうな少年――佐藤は涙を浮かべ。

「はい、先生」

 瞬間、守は立ち上がり、遮二無二腕を振りながら佐藤のもとへ駆け寄り、抱きしめた。

「ごめん、ごめんな佐藤! 先生、守ってやれなくて!」

 歳も、立場も、すべて忘れた守の悔恨。しかし、それに佐藤はゆっくりと首を横に振り。

「僕が一人でお弁当食べてると、先生も一緒に食べてくれた。放課後一人でいると話し相手になってくれた。テストでいい点取ると、頭を撫でてくれた。十分守ってくれてたよ。だからこそ、ごめんなさい」

「佐藤? 何を謝って」

「僕のせいで、僕を助けようとしたせいで先生無理やり休ませられて。他の先生から責められて」

「違う! それは、俺のやり方が。どうして罵ってくれないんだ! 守ってくれなかったと恨んでくれないんだ」

「それに、守ろうとしてくれた先生を裏切っちゃった」

 自嘲気味にそう口にし、俯く佐藤。

 互いが互いを思い、自らを責める二人。そんな二人に。

「黙って聞いてたら。どっちもバカね」

「――雪? 何言って」

「貴方達はただの被害者、どっちも悪くないじゃない。悪いのは悪意を生んだ奴ら――イジメた人間、保身を優先した学校。貴方達は悪くない」

 それは二人にとっての赦しの言葉。

 守と佐藤は互いに向き合い、頷きあった。

 そして、佐藤は雪に視線を向け。

「お姉さん、気をつけて。怖い人がきっと見てるから」

「怖い人?」

「僕が死んじゃったあと、その人が言ったんだ。お前のせいで先生が大変な目に遭ってる。お前がいたから先生がって。そしたら、気付いたらあんな姿で」

 怖い人。

 ケルベロスの姿で口にしたアノヒトという言葉。

 そして、一人の自責が増幅して、異様な速さで中級イビルになった異常性。

 間違いない、その怖い人が関わっている。

 そう結論づけ、雪が口を開こうとしたときだった。

「佐藤!?」

 佐藤の体が足元から、光の泡となり始めたのだ。

「あぁ……もう終わりなんだね」

 自身の二度目の死を感じ取り、佐藤は。

「お姉さん達、ありがとう。二人のおかげで、僕また、こうして先生と話すことが出来ました」

 佐藤の言葉に、今まで見守っていた百合は膝立ちとなってゆっくり首を横に振った。

「私は何もしてないよ。頑張ったのは、雪と先生と佐藤君だもん」

「違うよ。お姉さんだけだもん、悲しいって言ってくれたのは。お姉さんがいなかったら、僕化け物のまま終わってた。だからありがとう」

 その言葉を聞き、百合の視界が歪み肩を震わせる。そんな彼女の肩に手をやり。

「初バイトにしてはよくやったわ」

「うん……そうだといいな」

 そんな二人のやり取りを微笑ましそうに眺め、佐藤は守に向き直り。

「先生。今まで本当に」

「俺、決めたからな」

「――え?」

「やっぱり、俺は自分を許せない。だから教師を続ける。そして、今度こそお前みたいに追い詰められてる子を救ってみせる。それがきっと、お前が確かにいた意味になるから。だからっ!」

 驚き、目を丸める佐藤。けれど、すぐにほほ笑み。

「お願いします、先生」

 それだけ言い残し、ケルベロス――いや、一人の男子小学生佐藤は消滅した。


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