二十二の段 名君への第一歩(前編)
義苗さまが江戸城に初登城する日がとうとうやって来ました。
すでに、「オレ、登城しまーす!」という届け出は幕府に出しています。
大名たちが将軍さまにあいさつするために登城する日は、毎月1日、15日、28日。そして、今日は5月15日で登城日でござる。
「フフフ。そろそろ土方義苗が江戸城に現れる頃だな。飛んで火にいる夏の虫とはこのことだ」
江戸城のとある部屋で松平定信さまはニヤリと笑っていました。
定信さまは、菰野から逃げ帰って来た隠密たちから「義苗が江戸を脱走し、菰野にいた」という情報をすでに聞いています。勝手に江戸をぬけ出した罪を将軍さまの前で追及してやろうと手ぐすねを引いて待っているのでした。
「私の清く美しい政治を邪魔する菰野藩には消えてもらわなければならん」
定信さま、ひどい! 菰野藩は定信さまの隠密たちにすっごい迷惑をかけられたのに、まだイジメようとするんですか?
「隠密たち? ああ、あいつらは全員クビにした」
え⁉ そうなの?
「あいつらはシシ垣を壊して菰野の民たちを苦しめた。私は菰野藩の土方家は嫌いだが、そこに住んでいる民たちをイジメたいわけではない。日本全国の民たちは、私の清く美しい政治で守らねばならないと思っている。その民たちに迷惑をかけたアホな隠密たち10人はクビにしたさ。予備の隠密はまだまだいるしな」
あんな連中がまだうじゃうじゃといるんですか……。
「ところで、物語の語り手よ。菰野藩は何か企んでいるのか? 私に教えろ」
そ、それはさすがに無理でござる。物語の語り手にそんなことを聞くのは反則ですよ?
「うるさい! キビキビ教えないと、おまえにも監視の隠密をつけるぞ!」
ひぃぃ~! おーたーすーけー‼
ふ、ふぅ~……。何とか定信さまから逃げきりました……。
定信さまは、「義苗は隠居の雄年から私の秘密を聞き、追いつめられたらその秘密を将軍さまの前で暴露するかも知れない」と心配しているのでしょうな。
きっと、秘密を暴露される前に将軍さまから「江戸脱走の罪で菰野藩はお取り潰しだ!」という言葉を引き出させる魂胆にちがいありません。
義苗さま! 敵は一気に勝負をつけようとしてきますぞ! 負けないでくだされ!
というわけで、義苗さまもそろそろ江戸城に着いた頃なので、義苗さまの元へワープ!
「……困ったな。江戸城の本丸御殿(将軍がいるところ)に入ったのはいいが、早速、迷子になってしまった」
裃(江戸時代の男性の礼服)を着た義苗さまは、江戸城の廊下をウロウロしていました。
もー、何やっているんですかぁ~。え? 道案内をしてくれていた茶坊主(城内の雑用係)とはぐれた? 義苗さまのドジっ子!
ちなみに、義苗さまは今一人ぼっちです。ここは将軍さまがいらっしゃる大事な場所なので、大名たちは供の者を外で待たせて一人で将軍さまに会いに行かないとダメなのです。
そう、供の者は絶対に中に入ったらいけな……。
「殿さま。道に迷った時は、誰かに聞きましょう。ほら、あそこに親切そうなおっさんがいますです」
どこからともなく、ミヤの声が聞こえてきました。
城内のどこかに姿を隠しながら義苗さまをフォローしてくれているみたいです。さすがは忍者でござるな!
「あ、あの、すみません。柳間という部屋はどこでしょうか?」
義苗さまは、廊下を歩いていたお侍に緊張しながらたずねました。
このおじさんは、どうやら旗本(将軍の直属の家来)のようですな。なぜか義苗さまの顔をしばらくまじまじと見つめた後、ハッと我に返り、柳間への行き方をスラスラと教えてくれました。
ちなみに、柳間とは、格式が低い大名たちが将軍さまに拝謁する順番が来るまでの間、待っている控え室みたいな場所です。
「とても丁寧に教えてくださり、ありがとうございます」
義苗さまがペコリとお辞儀をすると、おじさんは優しそうな笑みを浮かべて義苗さまを見つめました。
「……立派になったな、彦吉。初登城、がんばれよ」
「え?」
幼名で呼ばれておどろいた義苗さまが頭を上げた時には、そのおじさんはもういませんでした。
「あの人、もしかして……」
「殿さま。そろそろ柳間に行かないと、遅刻しちゃいますです」
「あっ、そうだった。き……緊張してきたけど、菰野藩の未来のためにがんばるぞ!」




