十五の段 クマった大事件!
義苗さまたちは、手分けして尾張藩の殿さまを探すことにしました。
義苗さま、ミヤ、ピョンピョン左衛門は来た道を戻り、涙橋あたりで徳川宗睦さまが川に落っこちていないか確かめようとしました。
一方、馬公子さまと南川先生は、青滝という名前の滝が流れている場所へ向かいました。最近、その滝の近くで旅人が熊と遭遇して大騒ぎになったことがあるのです。
「馬公子さまたち、大丈夫かな。熊と遭遇していなければいいんだけど」
「殿さま‼ 我らも油断をしてはいけませんぞ‼ この近くにも熊がいるかも知れません‼ この道の途中で熊の鳴き声を聞いたではありませんか‼」
「み、耳が痛い! 油断しないから、もうちょっと声をおさえてくれ!」
涙橋の近くまで来て、義苗さまとピョンピョン左衛門が緊張感のない会話をしていると、木の上にいたミヤが飛び降り、義苗さまの前でシュタッと着地しました。
視力がとてもいいミヤは、木の上にのぼって、周辺で何か異常がないか確認していたのでござる。
「殿さま! 大きな熊が涙橋を渡り、こっちに向かって来ていますです!」
「ええ⁉」
「しかも、熊に追いかけられているふたつの集団も、こっちに向かって走って来ていますです! ひとつは、お侍さんたちの集団です。そして、もうひとつは、この間落とし穴でやっつけた隠密と邪眼の二郎みたいです!」
ミヤがそう報告した直後、その隠密コンビ――疾風の一郎と邪眼の二郎が血相を変えて走って来ました。
「ぎゃぁぁぁ! 熊ぁぁぁ!」
「おーたーすーけー!」
義苗さまは、あの隠密二人がなぜ熊におそわれているのか、すぐにわかりました。疾風の一郎が子熊を抱っこして走っているのです。きっと、子供を誘拐された親熊が怒り狂い、二人を追いかけているのでしょう。もう一組のお侍の集団は、隠密コンビの巻きぞえをくらったのでしょうなぁ……。
「おまえたち、馬鹿か⁉ その子熊を親熊に返せ!」
義苗さまは、そう怒鳴りました。
しかし、パニックになっている隠密コンビは「ひえぇぇぇ!」「ほぎゃぁぁぁ!」とわめきちらし、どんどんこっちに接近して来ます。どうやら、義苗さまたちにまだ気づいていないようですな。
「まずいぞ。このままあいつらを温泉街まで行かせたら、親熊も一緒に温泉街に……」
「殿さま、冷静になって考えましょう。何かいい方法があるはずです」
「そ、そうだな。冷静に、冷静に考え……」
「殿さまぁぁぁ‼ どうしましょおぉぉぉ‼ このままでは温泉街がぁぁぁ‼」
ピョンピョン左衛門に耳元でわめかれた義苗さまは、「うるせぇぇぇ‼ 冷静になれないだろぉぉぉ‼」と怒鳴りました。
「本当にもう、その大声を何とかしてくれよ! 耳元でわめかれるたびにビックリするんだよ!」
「も、もうしわけありませ……ん? 大声? ……ああああーーーっ‼ 名案が浮かびましたぁぁぁ‼」
「う・る・さ・い! ちょっと黙れ!」
「聞いてくだされ‼ オレの馬鹿でかい声で、熊を退治してみせます‼」
「え……? そんなこと、できるのか?」
「ご安心を‼ 泥船に乗ったつもりでいてください‼」
「泥船だったら沈むんだが……」
ピョンピョン左衛門は、義苗さまとミヤが疑わしげに見守る中、近くの木のかげに隠れました。
「殿さまとミヤどのも隠れてくだされ‼ あと、隠れている間はお静かに‼」
「あなたの声が一番うるさいですよ?」
ミヤが最もなツッコミを入れましたが、大人しく木のかげに隠れました。義苗さまも、
(オレは殿さまなんだから、家来のことをもっと信用しなきゃダメだよな。仲間を疑ったりしたら、ご隠居さまみたいなわがままな殿さまになってしまう)
と思い直し、ピョンピョン左衛門の指示に従いました。
「ふんぎゃぁぁぁ!」
「熊に食われるぅぅぅ!」
ぐねぐねと曲がりくねった狭い山道を走り、隠密コンビが間近までせまって来ました。
「……よし、今だ」
隠密コンビが、義苗さまたちが隠れている木を通りすぎようとした直前、ピョンピョン左衛門は木から飛び出しました。そして、
「がおおおおおおーーーっ‼」
両手を大きく広げて獣みたいな大声で怒鳴り、隠密コンビを威嚇したのでござる。
パニックに陥っている二人は、いきなり前方に現れて吠えかかってきたのが人か熊なのか区別する冷静さすら失っていました。わけがわからないまま心臓が口から飛び出るほどおどろき、「ひいぃぃぃ⁉」と悲鳴を上げました。
そして、すってんころり~んとひっくり返り、山の斜面をゴロゴロと転がり落ちていったのです。
「やった! 隠密どもをやっつけたぞ!」
「でも、子熊も一緒に転がり落ちていったな……」
「親熊もおどろかせて転がり落としてやれば、山のふもとで再会できるでしょう‼」
「ピョンピョン左衛門さん、お侍の集団が逃げて来ましたよ。かくまってあげてくださいです」
ミヤの言う通り、お侍さん8人が60歳近いおじいさんを守りながら、命からがら逃げて来ます。
「みなさん、こっちです‼ ここの木のかげに隠れてください‼」
ピョンピョン左衛門はそう呼びかけ、義苗さまとミヤが隠れている木よりもさらに後ろの大きな木にお侍さんたちを隠しました。そして、自分も近くの木に再び隠れたのでござる。
「ぐおおおおお!」
はわわ! とうとう熊がやって来ちゃいましたぞ⁉ 四足歩行で全力疾走しています!
「い、行くぞ…………がおおおおーーーっ‼」
「ふ、ふんごご⁉」
ピョンピョン左衛門は、両腕を目いっぱい広げ、木々にとまっていた鳥たちがおどろいて飛び立つほどの大ボリュームの怒鳴り声を上げました。
これにはさすがの熊もビックリしたらしく、前足をバンザイしながら立ち上がりました。そして、あおむけに山道から落っこち――。
「ぐ、ぐごごおおお!」
ませんでした。落ちるギリギリで踏ん張り、何とかもちこたえたのです。
ただ、おどろいて急に立ち上がったため、体のバランスが不安定で、「がうがう、ががう、がうぅ~!」とうなりながらフラフラよろめいています。今にもあおむけに倒れそうですぞ?
「熊のヤツ、何て言っているんだろう?」
「『押すなよ! 押すなよ! 絶対に押すなよ!』と言っていますです」
動物に好かれやすく、感覚で動物語がわかるミヤは、義苗さまにそう言いました。
義苗さま! 今でござる! お笑い業界では「絶対に押すなよ!」は「押せ!」という意味! 押しなされ!
「何かよくわからんが、物語の語り手の言う通りだ。ミヤ、ピョンピョン左衛門! 全力で熊を押すぞ!」
義苗さまはそう叫ぶと、勇敢に突進して、熊を力いっぱい押しました。
さすがは戦国の覇王・織田信長の血をちょっとだけ受け継いでいるだけのことはあります! 土壇場で発揮する勇気はものすごいですな!
ミヤとピョンピョン左衛門も義苗さまの左右に並び、全力で熊を押しました!
「がおがお⁉ がおおおーーーん!」
熊は悲痛な鳴き声とともに山の斜面を転がり落ちていったのでした。




