暗闇の潜入と、不意打ちの鼓動
翔とあいりの距離が縮まりそうです。翔の本当の正体も・・・
翔に言われて、カメラマンの写真を改めて見直してみる。
「ねえ、この露天風呂の写真……。時間が少しおかしくない?」
ミステリーオタクとしての本領が発揮され始める。
翔が横からひょいと覗き込み、あいりの髪がふわりと揺れて彼の鼻先をかすめた。
翔の体温が近くに感じられて、あいりは息を呑む。
「おや、鋭いね。この写真に写っている月の位置、今の角度と明らかにズレている。
これは一時間前に撮られたものだ」
「えっ?」
「つまり、このカメラマンは嘘をついている。アリバイがないのさ。支配人もね。」
翔はそう言って、驚くあいりの顔を至近距離で覗き込んだ。
長い睫毛の奥にある瞳が、悪戯っぽく、それでいて熱っぽく揺れている。
「君、なかなか切れるね。僕のパートナーにスカウトしたいくらいだ」
「な、何を言って……今は事件の捜査中ですよ」
あいりは赤くなる顔を隠すようにそっぽを向いた。
「ちょっと二人とも、イチャイチャしてないで!」
「イチャイチャなんてしてないわよ」
翔のことを意識していたあいりは、焦って否定する。
みのりとビデオ通話していた涼介があることに気づく。
『おい、 もしカメラマンが偽のアリバイを作ったのだとしたら・・・。カメラマンと支配人にはアリバイがないことになるぞ。何か証拠はないのか?」
「じゃあ、証拠を探してみましょう。」
「いや、みのりはいいよ。刑事に報告しろよ」
「大丈夫、刑事の翔さんが一緒だから。」
「そうなのか?くれぐれも勝手にやるなよ。おい、あいり。頼む・・・。ツーツー」
「あっ、切ったね。みのり」
「だって、うるさいんだもん。大丈夫。私たちなら問題ないって。」
そんなやりとりを、何とも言えない顔で見てい翔。
「とにかく、証拠探しよ!聞いてみよ」
そういうと、まっすぐ支配人に向かおうとするのを、必死にとめるふたり。
「じゃ、みのりさんには大事な任務をお願いするよ。大事だから。まず、写真に写っている露天風呂で
聞き込み。それが終わったら、支配人が逃げないように庭で待機。できる?ほかに頼むか?」
「大丈夫よ。まかせて」
大事な任務を任されたみのりは、急いでむかっていった。
「わざといかせたのね。」
「あーでも言わないと、犯人に捕まるよ。危なすぎるよ。それに僕は君といられるし」
あいりと翔のふたりは、証拠を探すため、支配人室にむかっていた。
みのりも証拠を探す。とうるさかったが、翔に確認したいことがあったのだ。
「翔さん、あなた何者? 刑事みたいに装ってるけど、やっぱり刑事にみえない。
まさか、本当は犯人?」
「犯人なら、君、今頃こんなふうにのんきな会話できないだろ。ふふ」
「僕のことより、証拠だろ?」
そういうと、支配人室の前についた。
◇
誰もいないのを確認して、あいりを促して静かに支配人室の引き戸を開けた。
部屋の中は真っ暗だ。
二人は懐中電灯の光を頼りに、デスクの上の書類や録音機材を探し始める。
懐中電灯で照らしているとはいえ、証拠の品はみつからない。
「パソコン内のデータを探してみろよ。」
「でも、パスワードが・・・・。」
「なら、これを打ち込んでみて。」
「これは?]
「仲居さんから聞いておいた。パスワード。女将と仲居。あと支配人しか知らないんだよ。」
「え・・・」
「・・・あったわ……これ、昨夜の館内放送のデータだわ」
真っ暗でわからなかったが、真っ赤な顔のあいりが、
パソコンの画面に犯行の証拠となる音声ファイルを見つけた、
と、ザッ、ザッ、と廊下から重い足音が近づいてくる。
「誰だ! 誰かいるのか!?」
支配人の声だ。
手には、庭木用の鋭い剪定バサミが握られている。
証拠を消すために戻ってきたのだ。
「しまっ――」
あいりが声を上げそうになった瞬間、強い力で腕を引かれた。
「静かに」
短い、けれど驚くほど低く冷徹な声。翔だった。
翔は一瞬であいりを抱き寄せ、機材の棚と壁のわずかな隙間暗がりに滑り込んだ。
背中が壁に当たり、すぐ目の前には翔の胸板がある。
信じられないほどの至近距離で身体が密着した。
翔の長い腕があいりの腰を抱きすくめ、もう片方の手があいりの唇をそっと覆う。
「……!」
あいりは恐怖と、それ以上の心臓の高鳴りで息ができなくなった。
支配人が部屋に入り、懐中電灯の鋭い光がすぐ近くの棚をなぞる。
ハサミの金属音がチカチカと不気味に響く。
見つかれば、確実にタダでは済まない。あいりの身体が恐怖で微かに震えた。
その時、口を覆う翔の手のひらから、驚くほど温かい体温が伝わってきた。
翔はあいりをかばうように、自分の背中で外からの光を遮っている。
ふと気づくと、目の前にある翔の胸の奥から、ドクドクと凄まじい早さの鼓動が聞こえてきた。
(……え? 翔さん、こんなに心臓が鳴ってる……?)
いつも余裕たっぷりで掴みどころのないはずの男が、自分と同じように激しく動揺し緊張している。
翔があいりの耳元に顔を寄せ、吐息がかかるほどの距離で囁いた。
「しー……。ごめん、俺の心音、うるさくて。……君にやきもち妬かれたのが、嬉しくてさ。
調子狂っちゃったんだよ」
その声は、いつものお調子者のトーンではなかった。
どこか切なく、一途な響き。
「……さあ、暴走お嬢さんが真犯人に捕まる前に片付けに行こうか」
二人はしっかりと手を繋ぎ、夜の旅館へと駆け出した。
そのころ、みのりは・・・。翔の指示通り。庭で犯人が来るのを涼介と通話しながら待っていた。
「支配人? ずっと汗かいてる。走ってきたからかと思ってた・・・あ、きた。」
「やっぱり来たわね。支配人」
自分の嘘がバレたと悟った支配人は突然回れ右をすると猛スピードで走り出した。
「あ! 待ちやがれーー!」
みのりが猛ダッシュで追いかける。慌て者だが、陸上部ばりの足の速さだ。
「あっ、みのり! 待って!」
犯人を追いかけるみのりを見かけて、あいりもおいかけようとする。
・・・と。運動が苦手なあいりが転びそうに、翔が受けとめてあいりは腕の中へ。
翔はふっと困ったように笑い、あいりの頬にそっと手を添えた。
親指が彼女の唇の端を優しくなぞる。
ふいに顔をそむけて、
「あなた、やっぱり怪盗なのね。」
「どうしてそう思う?」
「警察の人は……そんなに綺麗な手をしていないわ。それに、あなたの目は獲物を狙うプロのそれよ」
「参ったな。君の前では、どんな嘘も通用しないらしい」
翔の顔がゆっくりと近づいてくる。あと数センチで唇が触れそうな距離で、彼は囁いた。
「もし僕が、君の嫌う悪党だったら、どうする?」
「……その時は、私がこの手で捕まえます」
あいりが負けじと見つめ返すと、翔の目にあたたかな光が灯った。
「あぁ、本当に君は……僕の心を狂わせる天才だ」
月に照らされる翔の顔が明るく光るのだった。
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