9.ラピスラズリのイヤリング
「時が経つのって早いよね。もう3年も経ったの? って感じ」
「そうよね。はぁ~、結局いい男捕まえられなかったわ。どこかにいい男、転がってない?」
「お前の目の前にいるだろ。ほら、俺が」
「「ないわ~」」
いつものようにおどけた様子のアルフレッドに、カミラと二人でツッコミのハーモニーを奏でたところで、アリシアはカラカラと笑った。
ガクッと崩れ落ちるふりをするアルフレッドが、少し切なそうな顔をしていることには気づいている。
ちゃんとカミラに真剣に向き合えばいいのに、と思っているのは、二人には内緒だ。カミラもアルフレッドのことは悪く思っていないのに。
「アリシアは結局、例の彼とはどうなのよ」
「どうもこうもないよ。幼馴染だもん。私が勝手に好きなだけだよ」
「アリシア、それずーっと言ってるよな。何か進展ないのかよ」
「ないよ。あ、でもね」
長く伸ばしている髪を両耳にかける。
「最近なかなか会えなかったんだけど。この間久しぶりに会ったときに、これもらったんだ。ロイド、渡してすぐいなくなっちゃったんだけど……」
アリシアの耳たぶに輝くのは、シルバーの繊細な金具から涙型のラピスラズリが垂れているデザインのイヤリングだ。
群青色の石の中に、黄金に輝く星のような模様が入っていて、とても綺麗だ。
「それ、ラピスラズリ?」
「うん」
「あんたの彼って、銀髪に暗い青色の目だったわよね」
「そうだね」
「へえぇぇ……」
半眼でこちらを見てくるカミラ。アリシアは小さく首を傾げた。
意外と独占欲が強いのねぇ、と呟き、アルフレッドに向き直る。
「あんた、どう思う?」
「どうって……キレイなイヤリングだなと思うけど……?」
戸惑った様子で答えるアルフレッドに、カミラは盛大にため息をついた。
「はぁ。だからあんたはダメなのよ」
「どういうことだよ」
「まぁまぁ」
眉根に皺を寄せるアルフレッドと呆れた様子のカミラに、苦笑いを向ける。
「ところで、みんなどこで実習してるんだっけ」
険悪になりそうな空気を変えるために、新しい話題を出した。
「私はすぐそこの診療所。アルフレッドは、王都の外だったわよね?」
「そ。通えないから向こうに宿とって行ってたんだよ。あそこの実習期間、短くてよかった。さすがに何か月もあっちはキツい。今は王都内の病院だからありがたいよ」
「私もアルフレッドの病院と同じ。いろんな病気の人がいるよね」
「ああ。勉強が追い付かねぇ……」
せっかくほぐれたアルフレッドの眉間の皺がまた深くなった。
「でも、もうそろそろ実習も終わりよね」
「そうだね。いい加減、就職先を考えなきゃね……」
就職先は、アリシアの悩みの種になっている。視線を落としてため息をついた。
「二人はもう決まってるんだっけ」
「一応ねぇ。あんたたちが実習してる病院にしようかなって。地元に帰ることも考えたんだけど、すっごい小さい村だし。もうこっちの生活に慣れちゃったからね」
「俺もこっちに残る。俺の地元はすぐ近くだけど、やっぱり大きな病院ってないしな。まずは王都に残って勉強を続けたいって思ってる」
「みんなちゃんと考えてて偉いなぁ。私なんか、まだ揺れてる。お母さんには、村で薬師をしろって昔からずっと言われてたけど……」
頭痛を覚え、両の中指でこめかみを揉みほぐす。
「まだ応募も始まってない段階だけど、王都でもし働きたいなら、そろそろ決まってないとまずいわよ。お母さんと、相談したら?」
「そんなに簡単な話じゃないんだよねぇ」
カミラが気遣わしげにそう言ってくれるが、アリシアは首を横に振った。
「やりたいことは、村に帰ったらできないの」
「やりたいこと?」
アルフレッドに問われ、今度は軽く笑って頷く。
「うん。王都じゃないと、できないことなの。王都なら、たくさん症例が集まるから」
「そうね。地方の村だとどうしても少なくなっちゃうからね。でもそれなら、お母さんも応援してくれるんじゃないの?」
笑顔が曇る。
応援、してくれるだろうか。
「うーん。……想像、できないな」
きっと、応援はしてくれないだろう。村に戻るようにとの一点張りに違いなかった。
「ちゃんと話せば、分かってくれるさ。親子なんだし」
「そうよ。まずは話してみないと」
そう励ましてくれる二人に、アリシアは曖昧にほほ笑んだ。
きっと、二人の両親はちゃんと話を聞いてくれる親なのだろう。
「……そうだね」
恵まれて育ってきた人たちには、おそらくアリシアと母の親子関係は理解できない。
それは、3年間王都で暮らしてきて、痛いほどに実感したことだった。
* * * * *
「ロイド! ごめんね、待たせた?」
「いえ。ついさっき来たところですよ」
「それにしてもすごい人だね」
「ええ。はぐれないように気を付けてください」
今日は収穫祭だ。王都内に畑はほとんどないが、市壁の向こうでは麦穂が風に頭を揺らしている時期になる。
王都では盛大に祭りが開かれており、王都の収穫祭目当てに今年も多くの観光客が押し寄せている。
やはり観光客らしい人も多く、女性はみな色とりどりの花冠を頭に乗せていた。
「こうやってゆっくり会うのは久々だよね。すごく楽しみにしてた」
「……僕もですよ。今日は収穫祭らしい服ですね。よく似合っています」
「ありがとう。お気に入りなの」
今日は、小花柄が散ったこげ茶色のワンピースを着てきていた。小さくスカート部分を持ち上げてワンピースを見下ろしていると、ふと頭に何か乗せられた感覚があり、ロイドを見上げる。
ダークブルーの瞳はだいぶ高い位置にある。会わない間にまた背が伸びたようだ。
頭に手を伸ばす。カサカサと何かが擦れる音がした。
「これがあればさらに収穫祭らしいと思いますよ」
「花冠?」
「そうです。カレンデュラのドライフラワーをメインに使っているものを選びました」
せっかく乗せてもらったが、花冠が見たくて頭から下ろしてくる。
鮮やかな黄金色をきれいに残したカレンデュラ。そのほかにも黄色い花を中心に使ったかわいらしい花冠だった。
知らず、笑顔がはじける。
「ありがとう!」
「ええ、その……アリシア…………の目の色が、好きなので」
「そうなの? 私はロイドの星空みたいな目の色のほうが、好きだけどなぁ」
少しはにかみながら花冠を頭に戻す。
ついつい触ってしまうが、繊細なドライフラワーだ。気を付けなければ。
手を下ろしてくるとき、何の気なしに癖で髪を耳にかける。
少し目の端を赤くしたロイドが、はっとしたようにアリシアの耳元を見ていた。
「それ……」
「あ、そうそう。この間、ロイドにもらったイヤリング。もらってから、嬉しくてずっとつけてるの」
「……そうですか」
口の端に笑みを浮かべ、まぶしいものでも見るようにロイドが見つめてくる。心臓がギュッと締め付けられた。
王都に来てから、時々ロイドはこういう表情をする。
そんな瞬間は彼がすごく大人っぽく見えて、なんだか昔から知っているロイドではないような感じがするのだ。
「え、えへへ。でも、くれたとき、あっという間にロイドいなくなっちゃうから。ちゃんと感謝も伝えられてなかったよね。こんな素敵なイヤリング、本当にありがとう」
誤魔化すように感謝の言葉を重ねた。
「ああ、あの時は……その……急用を思い出してしまったもので……。勢いのまま家に押しかけてしまい、すみませんでした」
苦笑いを浮かべるロイドに首を振って答える。
「ううん! ちょっとびっくりしたけど、会いに来てくれて嬉しかった。それまで全然会えてなかったから、寂しかったの」
「なかなか連絡を取る余裕もありませんでしたから」
「2か月くらいまともに会えてなかったよね。ロイドがそんなに忙しくしてるなんて、珍しいね」
「アルバイトをしていたんです。欲しいものが、なかなか手の届く値段ではなかったので」
「欲しいもの?」
小首を傾げて見上げる。彼がこんなにも何かを欲しがるなんて、これまで経験がない。
「はい。でも、もう手に入れましたから」
そう言ってまたさっきと同じ表情をする。
「ほ、ほら! あっちに出店がいっぱいあるよ。行ってみない?」
顔を見ていられなくなって、出店が立ち並ぶエリアを指さし、ロイドの腕を引いて歩き出した。
なんだか頬が熱くなっているような気がする。
「アリシア」
「なに?」
「アリシアは……」
そう言って口ごもる。
アリシアは後ろを振り返った。立ち止まったロイドと距離があく。
二人の周囲を祭りの喧騒が取り巻いている。
「来年からのことは、もう決めましたか?」
つい先日のカミラとアルフレッドとの会話を思い出した。
「……ううん。まだ」
「そうですか。……僕は、宮廷外務官の試験を受けることにしました」
真剣な眼差しが、眼鏡越しにアリシアをまっすぐに射貫いている。
数度瞳が揺れ、ロイドの白いシャツの胸元に目を落とした。
ロイドは、王都に残り、夢を叶える。そう言っている。
遠い将来の話だと思っていた。でも、もう目前に迫っている。
「アリシアは、夢を見つけましたか」
「私は……」
将来の展望。
現実。
それらはうまく重なり合わない。
「アリシア。お母さんのことは、一旦忘れましょう」
「え……」
「アリシアの、アリシア自身の夢を教えてください」
ロイドは、アリシアがずっと母から村の薬師になるように言われていたことを知っている。
「私、……王都で薬の開発にかかわりたい。治せる病気を、治せるようにしたい」
だから、ロイドの前での独白は、宣言だ。
「私、今実習で入院中の男の子を担当してて。喘息がひどくて、ずっと入院してるんだ。最近、いい薬が出始めたから、もしかしたら治せる病気になるかもしれないの。私、そんなふうに治せる病気をもっと増やしていきたい。そういう薬を作れたらいいなって」
まっすぐに彼を見つめ返す。
「だから、私は王都に残りたい。ロイドと一緒に……夢を、叶えたい」
ロイドは、やさしい笑みを浮かべた。
俯いたとき顔にかかった髪を、そっと耳にかけて梳いてくれる。
「素敵な夢だと思います」
「でも」
顔がこわばる。
「お母さんが、なんて言うかな……」
「簡単に許しては、くれないでしょうね」
「ロイドもそう思うよね……」
「でも、アリシアは自分でやりたいことを見つけたんですよ」
アリシアは数度瞬きをした。
目の覚めるような思いだった。
「だからもう、あなたはお母さんの言いなりではありません。こうして、言葉にできたのですから」
目頭が熱くなり、下唇を噛みしめる。
「アリシアには、夢を叶える権利があります」
言い聞かせるように、ゆっくりと。
「だから一緒に、どうしたらその夢を叶えられるか、考えていきましょう」
「うん……ありがとう、ロイド……」
そっとアリシアの手を握る彼の温かい手があれば、なんでもできるような気がした。




