8.伝わらない(side.L)
「ロイドお前……なんか普段と読んでる本、違くね?」
「知らない知識をアップデートするのは大事だと思いますが」
ウォーレンは引きつった笑いを向けてくる。
「いや……『厳選! 絶対に失敗しない王都定番デートスポット』って……お前そんなキャラじゃないだろ」
「ならどうやってデートコースを考えたら良いんですか?」
「そもそもちゃんと付き合ったのかよ」
「付き合う……いや、僕たちの関係にそんな言葉は不要です」
「あっそう……つまり、まだ付き合えてないってことね」
はぁ、とため息をついたウォーレンは、ロイドの隣の席に座って足を組んだ。
ロイドは本をパタンと閉じ、眼鏡の位置を直す。
「……正直、アリシアが鈍感すぎて何も伝わりません。彼女は幼馴染の範疇だと思っています」
「おう……そりゃ大変だな」
「だから、行動で示す必要があると思うんです」
「そうだな」
「というわけで、ロマンチックなデートコースを考えています」
「お前ってそういうやつだよな。俺は好きだよ、面白くて」
ハハハ、と乾いた笑いを漏らしながらウォーレンは教科書を開いた。
「こないだまで避けられまくって半ベソかいてたのにな〜」
「ベソはかいていません」
「『避けられています』とか『あの出来心がいけなかったのでしょうか』とか泣き言ばっかり言ってたくせに。仲直りした途端これかよ」
「いちいち僕の真似をしないでください。誤解は解けましたから」
「ちぇ、からかい甲斐がないやつめ」
本気でつまらなそうな顔をして課題のページを開く。
「もう課題やった?」
「ええ」
「むずくなかったか」
「手ごたえはありましたね」
「これよく分かんなかったんだけど教えて」
「いいですよ」
自分のノートを取り出してから、ウォーレンが解けなかったという数学の問題に目を通した。
多分つまずいているのはここですよ、と自分のノートと照らし合わせて示すと、ウォーレンは合点がいったような顔をして問題の続きを解き始めた。
それを見て、ロイドは手元の紙に目ぼしいデートスポットを数か所書き付けた。
「……ロイド」
「はい」
「幼馴染ちゃんはなんて言ってたんだ?」
「と、言いますと」
「告白したんだろ?」
告白。
一瞬固まる。
「……して、ませんね」
「は?」
「だ、大事に思っている、とは言えました」
思い出すと顔が熱くなった。
課題を解く手を止めて、ウォーレンがロイドの顔をじっと見る。
「ほかには?」
「髪を……」
「髪?」
「いや、なんでもありません。彼女にも、ロイドが一番大事と言われました」
ウォーレンは、ほう、と片眉を上げた。
「それは、両思いなのでは?」
「いや……好きとも言われましたが……」
どうしても歯切れが悪くなる。
「なんだ、向こうから告白してもらったのか」
「………………おそらく、幼馴染としての『好き』です。あれは」
「強敵だな……そしてお前はヘタレすぎる」
「ヘタレ……」
彼はロイドが書いていたメモに目を落とした。
「課題を教えてもらった礼に、ひとつ教えてやろう」
メモに書きつけていたデートスポットをトントンと指先で叩く。
「本で調べるのもいいけどさ。これ、本当に幼馴染ちゃんが喜ぶコースだと思うか? どこに行きたいか、ちゃんと聞け。本人に」
「……一般的に、女性が好むといわれているスポットばかりですが」
ウォーレンは呆れたように笑った。
「お前の幼馴染ちゃんは『一般的』なのか? 話聞いてる限り、俺にはそうは思えないけどな」
* * * * *
「本当にこんなところで良かったんですか?」
「いいのいいの! 王立図書館って、一回来てみたかったんだよね」
館内に入った途端、古い本独特の香りが二人を覆った。
壁には高い天井に向かってびっしりと本が並び、はしごがところどころかかっている。
若草色のワンピースを着たアリシアは、「地理の本のコーナーはあっちだって」とちょんちょんとロイドの服を引っ張ってきた。
この色のワンピースは初めて見たが、アリシアの柔らかい雰囲気に似合っている。
絨毯を踏む足音は小さい。心地よい静けさを邪魔しないようにか、アリシアは声をひそめた。
「ロイドは来たことあるの?」
「ええ、一度調べものをしに」
「ここなら何でも調べられそうだよね。こんなに大きいんだもん。壁一面に本があるなんて、初めて見た」
温かい金色の瞳をキラキラと輝かせるアリシア。
そういえば彼女も存外、本が好きだったなと思い出す。
「読みたい本があるんですか?」
「ううん。来てみたかっただけ。あと、地理の本もあるかなって」
「地理の本を探しに来たんですか?」
「いや? ロイドが読むかなと思ったから。ほら、そこの棚だって」
ロイドのためだったのか。
小走りで棚まで駆け寄ると、アリシアは小さく手招きした。
彼女が指す棚を見ると、端から端まで地理に関する本が並んでいる。先日も訪れた際はこの棚で調べものをした。
すぐ隣から見上げられ、大きな金色の瞳がロイドの銀髪を映す。その距離に思わず唾を飲み込んだ。
「今は何を勉強してるの?」
「そ、そうですね……今は各国の民族問題を」
「難しそうだね。どの本なら載ってるかな」
人差し指でそっと背表紙を撫でていく。その小さな桃色の爪がやたらと目に焼き付いた。
指が目的の本を通り過ぎる。
「その本ですよ」
「えっ、どれ?」
本を一冊抜き取ると、アリシアに手渡した。
「ありがとう。ほかに読みたい本とかあるの?」
「いえ。特には」
「そっか。じゃあこの本でいろいろ教えて? 向こうに読めるスペースあったよね」
椅子やテーブルが置いてあるスペースに移動し、並んで座って本を開いた。
学園で習った内容と、さらに発展した内容を深堀りしている本だった。思わず夢中になって読み進めてしまう。
隣が静かだな、とふと思って見ると、ニコニコと笑ってロイドを見つめるアリシアと目が合った。
「気にしないで? 読んでていいよ」
「……そんなに見られていたら、気が散って読めませんよ」
「そっかぁ。あ、じゃあこの国のこと教えてよ。どこにある国なの?」
「北の山を越えたさらに向こうですよ。内陸で砂漠が多いんです」
へぇ、と心底楽しそうに本を覗き込むアリシアの小麦色のさらさらとした髪がロイドの腕にかかる。
その髪を、先日のように耳にかけてやる。金色の目をまん丸くしたアリシアがまたこちらを見た。
視線から逃れるように、本に目を落とす。
「見づらいかと思って……」
「ありがとう、確かに見やすくなった。長いと邪魔なんだけどね」
「あなたの髪は長い方がいいですよ」
「そう? じゃあ伸ばしたままにしようかな」
はにかむように自分の髪を触ってアリシアは笑った。
彼女は、笑顔が一番可愛い。
「か」
「か?」
慌てて口を押さえた。
「なんでもありません」
「そう?」
アリシアは不思議そうにロイドのことを見ていた。
* * * * *
「ロイド!」
嫌な声が後ろからかけられ、渋々振り向いた。
「……なんですか」
「ねぇ、この間例の幼馴染とデートしてたって本当?」
「そうですけど」
ナタリーのきれいに整えられた眉が顰められる。
「なんで? あの子のこと、追い払おうとしてたじゃない」
「そういう意図はありませんでしたよ」
「嘘! 遠ざけたいって……」
「あなたの言葉を否定しなかっただけです」
顔を真っ赤にしてロイドを睨みつける彼女は、とてもではないが普段の儚げな様子からは想像がつかない。
この姿を信奉者たちに見せてやりたい気持ちになった。
「用はそれだけですか? では」
「待って!」
返しかけた踵を少し戻し、肩越しに彼女を見る。
「なんであんな、芋娘なんかと!」
「は?」
誰が芋娘だと?
声が低くなるのは抑えられなかった。
「僕の恋人のことを悪く言うのはやめてください」
「こっ……」
「あなたなんかより断然可愛いですよ。鏡、見てきたらどうですか」
「……っ!」
鼻で軽く笑ってやると、どうやら怒りで声も出ない様子だ。
「お怒りのようですが……くれぐれも、彼女には手を出さないようにしてくださいね」
眼鏡の奥の目を細め、口の端だけ持ち上げて笑う。
「もし手を出すようなら……再起不能になるくらい、社会的に潰してあげますよ」
今度こそ踵を返して立ち去るが、後ろから追いかけてくる人影はなかった。




