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7.カーテンを開ける

 それからは、堰を切ったようにお互いのことを話し始めた。


「ねぇ、ロイド。地理の授業は結局取れることになったの?」

「ええ、無事に」

「そうなんだ、良かったね。学園で地理の勉強がしたいってずっと言ってたもんね」


 ほっとして笑顔が漏れる。

 ロイドが好きなことを勉強できていて本当に良かった。

 彼も、目を細めてほのかに笑う。そしてしみじみと言った。


「……そうなんです。本当に、良かった」

「やっぱり村で勉強するのと全然違う?」

「違いますね。情報量が特に」

「学園に進学した甲斐があるね、それなら」

「先生が厳しいですが、おかげでたくさんの知識を覚えられます」

「試験が難しいの?」

「そうです。だから友人にはあまり勧められなかったんですが」

「ロイドなら大丈夫でしょ」

「まぁ、なんとかやっています」


 照れたように眼鏡を触ったロイドは、手元に用意されたチーズの乗ったパンを見て少し顔をしかめた。


「アリシア、もしかしてまたこんなものしか食べていないんですか」

「えっと……いつもじゃないよ?」


 目を泳がせるアリシアを、ロイドはさらに追及した。


「今度、一緒に食事に行きましょう。それに、よく見たら顔色も悪いですね。寝てますか?」

「あー……今日はたまたま。昨日アルバイトが終わった後、勉強してて……」

「アルバイト、今は何軒掛け持っているんですか」

「さ、3軒……」

「1か所にしましょう。何とかなるでしょう?」

「で、でも、おかげで一回諦めた教科書が買えるんだよ。だいじょう——」

「そうやって無理をする。昔からそうでしょうあなたは」


 呆れたようにため息をつかれた。

 アリシアは手を合わせて懇願する。


「せ、せめて2軒……」

「まぁ、いいでしょう。でも、アルバイトは減らすことです」

「はぁい……」


 小さく縮こまる。

 2軒に減らしても、生活は成り立つだろう。それに、もうアルバイトを詰め込む必要もない。


「勉強は、ついていけていますか」

「ぼちぼち。難しいけど」

「もう僕はあなたの勉強を見てあげられませんからね……あまりにも分野が違いますから」

「そうだねぇ。でも、友達と一緒に勉強したりしてるよ」

「……」


 ロイドが口ごもる。怪訝そうに小首を傾げて彼を見ると、小さく息を漏らした彼は視線を斜め下に逸らした。


「……一度、僕の学校に来た時、男の人と一緒に来たことがあるでしょう」


 はて、と考えを巡らせ、思い出した。


「あ、アルフレッドのこと?」

「へぇ……アルフレッドと言うんですね」


 一瞬、ロイドの声が低くなったような気がした。なんだか怒られているような気がして、やや俯いて上目遣いで彼を見遣る。


「それがどうかしたの……?」

「…………彼とは、どんな関係なんですか」

「学校の友達だけど……」


 関係。アリシアから見ればただの友人でしかないと思っていた。

 だがしかし、アリシアがロイドと一緒に歩いていた女の子を恋人だと勘違いしたように、一緒にいたことから恋人と勘違いしている可能性がある。なるほど、とアリシアは手をたたいた。

 にこりと笑顔をロイドに向ける。


「あ、恋人かと思ったってこと? 私のことを恋人にするような奇特な人なんていないよ。アルフレッドだって、その日たまたま他の友達がついてこられなかったから、代わりに来てくれただけなの。それに、ロイド以上に好きになれる人なんていないよ」

「そっ……そうですか。それなら……よかった……」


 また茹蛸のように真っ赤になってしまったロイドを、アリシアは不思議そうな顔で見つめた。

 あ、でも、とアリシアは肩を落とした。


「もしロイドに恋人ができたりしたら、遠慮しないで教えてね……。恋人さんも、ロイドにこんな面倒くさい幼馴染の女がまとわりついてるって分かったりしたら嫌だと思うし……邪魔しないようにするから」

「そんなことは起こらないので心配無用です」

「そう? でも、本当に遠慮はしないでね。ロイドの幸せの邪魔をすることが一番嫌だから」


 眉を下げてふにゃりと笑うと、彼は何か言いたそうな顔でアリシアを見ていたが、結局口を噤んでため息をついた。その後も何度も口を開けたり閉めたりしていたため、「どうしたの?」とアリシアが問うと、「…………なんでもありません」と言って彼は口を閉ざした。そしてまた一口、お茶を飲んだ。


「ところで、アリシア」

「なに?」

「頭にホコリがついています」

「え、どこ?」


 頭を手で払ってみるが、とれたかどうか分からない。


「とれた?」

「いえ、全然ダメです」

「どこについてるんだろう?」


 しきりに頭を触っていると、ロイドがおもむろに立ち上がって隣に歩み寄ってきた。

 黙って見つめられ、心臓が大きく跳ねる。アリシアは頭を触った姿勢のまま固まってしまった。


「僕がとりますよ。……触っても、いいですか」

「う、うん」


 おずおずと手を伸ばすロイドを、アリシアは一心に見つめた。彼の細くて長い指はアリシアの後頭部に伸び、髪の毛を数束掬ってそのまま梳いた。


「……とれましたよ」


 そう言って、ロイドはアリシアの顔にかかっていた髪を掬い、耳にかけてくれた。


「ありがとう、ロイド」


 お礼を言うと彼は緊張がとけたようにふわりと笑い、つられてアリシアも笑ってしまった。


 ロイドがそろそろ帰るというので、アリシアは憑き物が落ちたようなすっきりした気持ちで彼を送り出したのだった。


 そして、締め切ったままだったカーテンをさっと開け放った。

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