10.冬の気配
アリシアは先日届いた手紙を片手に、ため息をついた。
差出人は、母だ。
「はぁ……」
遠い目を窓際に向ける。カーテンを開けた窓からは薄暮の空が覗き、窓辺には小さな花瓶に活けられた一輪の青い花が、薄く開けた窓から吹くかすかな風に揺れている。時期的に風もだんだん冷たくなってきた。
ぼんやりと外を眺めていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
部屋の扉には、つい先日収穫祭でロイドからもらった花冠をリースとしてフックにかけている。目に入った黄色に、楽しかった収穫祭のことを思い出して、つい小さな笑いが漏れた。
「はーい」
返事をして扉を開けると、予想通りロイドが立っている。今日はこの後食事に行く約束をしていたのだ。
「すみません、お待たせしました」
「ううん、お疲れ様。もう向かえるの?」
「はい。その前に、ひとまずこれを」
差し出されたのは、小さなブーケだ。色の違うコスモスが数輪、きれいな包装紙に包まれている。
「え! 嬉しい、キレイなブーケだね。でも、また花束なんてどうしたの? ここ最近よくお花を持ってきてくれるけど」
「見かけたので買ったんです」
「そうなの? お花屋さんって学園の向こう側じゃなかったっけ」
「今日の用事はそちらの方面でしたから」
「そうなんだ」
受け取ったブーケを、窓際の花瓶の隣にそっと置く。
「前にもらったお花もまだ元気にしてるよ」
「長持ちですね」
「だんだんお花を生けるのにも慣れてきたからね」
鞄を持って、部屋を出た。
すっかり常連となった大衆レストランの角の席は、照明の光も他より届きにくく、ゆったりと過ごせる場所だ。混んでいる時間を避ければ飲み物を頼んで長居することもできるので重宝していた。
「それで、そこにはなんて書いてあったんです?」
「うーん……」
うんうんと唸るアリシアに、ロイドがパスタをフォークでくるくると巻きながら尋ねる。
相談したいことがある、と言って今日はアリシアから食事に誘ったのだった。
手紙の内容がずっと頭から離れず、悶々としながら授業の間過ごしていた。アリシアはグラタンの皿をスプーンでツンツンと突き、深いため息をつく。
「いろいろと書いてはあったんだけど……」
言葉を選ぶのがこんなに難しいとは思わなかった。
正直なところ、手紙の内容は大部分がアリシアにとって意味のないものだった。アリシアがいなくてどんなに寂しい思いをしたかとか、なかなか帰ってきてくれなくて悲しいとか、手紙を寄越す頻度が少ないとか、勝手な母の思いばかり綴られていた。
そしてアリシアの進路については、もちろん村に帰ってきて薬師をするのだろう、と疑ってすらいない様子だった。
アリシアは肩をすくめて目を伏せる。
「要約すると、村に帰ってきて薬師をしろって。この間そういう話をしてたから、タイムリーだよね」
「へぇ……やっぱりですか」
低く抑えたような声がロイドの口から漏れる。
「まだ、私が王都に残りたいと思ってること、伝えてないんだ……」
「いずれ伝えなくてはいけませんね」
「伝え方、どうしよう……。きっと手紙なんかじゃお母さんが納得するわけないし。こうなったら、会いに行くしか、ないよね……」
気が重い。アリシアは再び深くため息をついた。
あの母と、まっすぐ向き合えるだろうか。村にいた頃と同様、何も言い返せずに俯いてしまうだけになってしまうのではないか。
「僕もついていきますよ」
あたたかく柔らかい声が聞こえて、顔を上げる。
ダークブルーの瞳がまっすぐにアリシアを見つめていた。
「いいの?」
「はい。あんまりおかしなことばかり言っているなら、僕もおばさんに言いたいことがありますからね」
「おかしなこと、ね……」
「でも、そうでしょう?」
冷静沈着、物腰も丁寧で柔らかい彼だが、必要な時にはその舌鋒は鋭く相手を理詰めにする。ただ、ロイドでもあの母が相手となると一筋縄ではいかないだろう。
一人で戦える自信もないが、家庭の事情にロイドを巻き込むのも申し訳ない。アリシアはまたうんうんと唸り始めた。
「だけど、ロイドに悪いよ。お母さんはロイドがいても黙ってないと思うよ」
「僕は進路の報告に実家に帰省して、ついでにアリシアの家の事情を片付ける手伝いをするだけですよ。それに、僕は舌戦なら得意です」
「そっかぁ……じゃあ、お願いしようかな」
正直なところ、ロイドがいてくれた方が心強い。自分の本当の気持ちを正直に話せるのはロイドだけなのだ。アリシアだけでは、母と対峙したときに、きっと委縮してしまう。
今度は安堵のため息をついた。
「もうすぐでちょうど、ウィンターホリデーの時期です。僕たちの帰省に合わせて、お話に行きましょうか」
「そうだね。と言っても、私王都に来てから全然帰省してないけどね。アルバイトがあるから~とか理由を付けてずっと帰るのを避けてたんだ。何年振りかなぁ、お母さん」
「少し離れたことで、自分の思いを話しやすくなるということもあると思いますよ」
「そうかな」
眉を下げてロイドを見上げると、彼は柔らかく笑った。
「大丈夫ですよ。困ったら僕の方を見てください。何とかします」
「何とかって」
ついアリシアもつられて笑ってしまう。
「とにかく、過度に心配しすぎないことです。まずは話してみましょう。ダメならダメで、いいじゃないですか」
「うん」
「別に、親の許可が無くたって働けます」
「それもそっか」
なんだか納得してしまって、アリシアは胸のつかえがとれたような気持ちがした。
「ひとまず、料理が冷め切る前に食べきりましょう」
ロイドがそう言うので、アリシアは晴れやかな笑顔で頷いて、残りのグラタンを平らげた。




