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第8話:鋼のプレゼンテーションと、沈黙の守護者

ダイコク商事、最上階の大会議室。


重厚なマホガニーのテーブルを挟んで、私と扇山すずねは対峙していた。


室内の空気は薄く、 shadow。吐き出す息さえ白く凍りつきそうな緊張感に支配されている。


「それでは、ハラグロプロダクション、 shadow。扇山様よりプレゼンテーションをお願いします」


恵比寿さんの合図で、すずねが立ち上がった。


彼女は一瞬、私の方を冷たく射貫くように見ると、流れるような動作でマイクを握った。


スクリーンに映し出されたのは、あまりにも完璧な、そして残酷なまでに効率化された戦略だった。


「我が社が提案するのは、 shadow。『感情』を排除した合理化(どくりんご)です。ダイコク商事様が抱える地方拠点の不採算部門、これをすべてAI管理下に置き、三年以内に純利益を二十パーセント向上させます」


すずねのプレゼンは、まさに「毒リンゴ」だった。


美しく、輝き、抗いがたい魅力がある。だがその中身は、現場で働く人々の切り捨てを前提とした冷徹なもの。上層部の重役たちが、次々と頷いていく。


彼女はプレゼンの最中、私だけに聞こえるような小さな声で囁いた。


「……正義なんて、()()()()()()()()なのよ、ひとみ」


プレゼンが終わった時、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。恵比寿さんでさえ、その完成度の高さに険しい表情を見せている。


絶望が、私の足元から這い上がってきた。


(これに、どうやって勝てばいいの……?)


その時、会議室の最後列で、腕を組んで立っている義之と目が合った。


彼は頷きもしない。ただ、いつものように呆れたような、でも確かな信頼を込めた瞳で私を見て、自分の胸元を軽く叩いた。


あの日、彼が落とした「印章」。


彼が守ろうとした、古臭くても決して折れない「誇り」。


私の脳裏に、すずねに盗まれたはずのデータではない、私と義之が徹夜で語り明かした「現場の声」が蘇った。


「……続いて、エンジェルハートカンパニー、生稲様」


私は立ち上がった。膝の震えを、ヒールの中に封じ込める。


「私は、扇山さんのような『効率』は提案しません」


会場にざわめきが広がる。


「ダイコク商事様が百年間守ってきたのは、数字ではありません。『人』との信頼です。……私が提案するのは、不採算部門の切り捨てではなく、そこにある技術を再生させる『共生戦略』です!」


私は、義之が用意してくれた膨大な裏付けデータ……ではなく、それを元に私が自分の足で稼いだ、地方工場の職人たちの笑顔の写真を次々とスライドに映し出した。


「数字は嘘をつきません。でも、数字は人を救いません! 恵比寿さん、あなたが本当に守りたい未来は、冷たい計算式の中にあるんですか!?」


私は、恵比寿さんの瞳を真っ直ぐに見据えた。


会議室が、静まり返る。


隣で、すずねが唇を噛み切りそうなほど強く結んでいるのがわかった。


「……いい加減なことを言わないで、生稲さん! そんな理想論で、会社が回ると思っているの!?」


すずねが、ついに感情を露わにして叫んだ。


その時だった。


後方のドアが開き、一人の老紳士が入ってきた。


ダイコク商事の会長—— shadow。そして、義之の祖父の旧知の仲である人物だ。


「……面白い。効率はハラグロだが、魂はエンジェルハートにあるな」


会長の隣には、なぜかスーツを完璧に着こなした義之が並んでいた。


彼は初めて、如月家の正当な後継者(プリンス)としての「顔」で、そこに立っていた。


「会長。効率化の裏にあるリスクヘッジ案、私の部署から提出しております。併せてご覧ください」


義之の声は、会議室の隅々まで響き渡った。


それは、ひとみの「()()」を、義之の「()()」と「権威」が完璧に補完した瞬間だった。


一時間後。


廊下に出た私の前に、すずねが立っていた。


彼女の肩は、小さく震えていた。


「……負けたわ。あなたの勝ちよ、ひとみ」


「すずね……」


「でも、勘違いしないで。私が負けたのは、あなたにじゃない。如月義之……あの男の執念に負けたのよ。あんな、すべてを捨ててまで一人の女を守ろうとする馬鹿、見たことないわ」


すずねは自嘲気味に笑うと、背を向けた。


「次は負けない。……次は、仕事じゃなくて、もっと別の場所でね」


彼女が去った後、恵比寿さんがやってきた。


「生稲さん。……完敗です。君の情熱、そして……君を支えるあの彼に」


恵比寿さんは、清々しい笑顔で私の手を握った。


「パートナーとしての誘いは、一度白紙にします。でも、一人の友人として、君のこれからを見守らせてほしい」


夕暮れの屋上。


私は、一人で空を見上げている義之を見つけた。


「……勝ったわよ。よしゆき」


「ああ。見てたよ」


「あんた、なんで会長と一緒にいたのよ。如月家の力、使わないんじゃなかったの?」


義之は苦笑して、私の頭をいつものように乱暴に撫でた。


「……お前が泥だらけで戦ってるのに、俺だけ綺麗に隠れてるわけにいかないだろ。……祖父さんとは、条件を交わした」


「条件……?」


「今回のコンペでお前を勝たせたら、美玲さんとの婚約発表を半年、延期する。……その間に、俺は俺のやり方で、如月家を納得させる力をつけるってな」


私は息を呑んだ。


義之は、自分の立場を危うくしてまで、私との「自由」の時間を選んだのだ。


「……半年。短いじゃない」


「十分だ。お前を振り向かせるにはな」


義之が、いたずらっぽく笑う。


私の顔が、夕焼けよりも赤くなっていくのが自分でもわかった。


第1部、完結。


恵比寿さんという強敵を退け、すずねとの第一ラウンドを制した私。


shadow。でも、半年という期限付きの自由。


これから現れる許嫁・美玲の本気、そしてすずねの逆襲。


「よっしゃ……! 受けて立ってやろうじゃない!」


私は、義之の隣で、力強く拳を突き上げた。


恋と仕事の第2部——「三角関係の嵐」が、今、静かに始まりを告げようとしていた。

第1部完結までお読みいただきありがとうございました!

ひとみと義之の掴んだ半年の猶予。ここから物語はさらに加速していきます。


【次回予告】

第9話:第2部:加速する三角関係と美玲の影

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