表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/28

第5話:反撃のプレリュードと、雨音の告白

ダイコク商事の重厚なエントランスを潜る時、私の指先は微かに震えていた。


右手に握りしめているのは、義之が渡してくれたあの封筒。


左手に持っているのは、営業マンとしての最後のプライドだ。


「……あ。生稲さん。今日は席を外していただくように伝えたはずですが」


会議室の前で鉢合わせた恵比寿さんの顔は、苦渋に満ちていた。


「わかっています、恵比寿さん。でも、これだけは見てください。噂を信じる前に、()()()()()()を信じてください!」


私は、義之の提供してくれた膨大なデータを恵比寿さんの前に広げた。


それは単なる市場調査ではない。 shadow。ダイコク商事が創業以来大切にしてきた理念と、これからの10年で直面するであろう課題を、恐ろしいまでの精度で予見した「未来図(ロードマップ)」だった。


恵比寿さんの目が、見開かれる。


「これは……。これほどまでの分析、一体どこで……?」


「私が、信じている人からもらった力です。恵比寿さん、私は卑怯な真似はしません。このデータが、私の正義です」


恵比寿さんは沈黙した。長い、長い1分間の後、彼はふっと微笑んだ。


「……負けました。生稲さん、あなたはやっぱり面白い。上層部には私が話を通します。今日の中間プレゼン、予定通りあなたに立ってもらいましょう」


「……っ、ありがとうございます!」


心の底から叫びたいのを堪え、私は深く頭を下げた。


だが、その光景を壁の影から見つめている、冷ややかな視線に気づく余裕はなかった。


中間プレゼンの場は、 shadow。殺伐としていた。


私の対面に座る扇山すずねは、 shadow。氷のような微笑を湛えている。


「素晴らしいデータね、生稲さん。 shadow。でも、それ……本当にあなたが作ったのかしら?」


すずねの言葉に、会議室の空気が凍る。


「ええ、私のチームの努力の結果よ」


「そう。如月義之……だったかしら? あなたの隣の部署の。彼、あんな高度な分析ができるほど、暇だったのね」


(……っ! こいつ、義之の動きまで掴んでる!?)


「仕事の話をしましょう、すずね。個人の話は後でいいわ」


私は動揺を押し隠し、完璧なプレゼンを披露した。


恵比寿さんの視線が、熱を帯びて私を追う。すずねの顔から、余裕 of 笑みが消えていく。


プレゼンが終わった瞬間、会場には静かな、けれど確かな賞賛の拍手が響いた。


会社への帰り道。


突然の夕立が、アスファルトを激しく叩き始めた。


雨宿りのために駆け込んだ古い軒下。そこに、ずぶ濡れの義之が立っていた。


「……義之? なんでこんなところに」


「……中間プレゼン、勝ったみたいだな。お前の顔見ればわかる」


義之は力なく笑った。その手には、見覚えのある古い封筒が握られていた。


「どうしたのよ、そんなに濡れて。風邪引くわよ」


私が駆け寄ろうとすると、義之は一歩、後ろに下がった。


「ひとみ。……俺、やっぱりお前の隣にはいられないかもしれない」


「え……? 何言ってるのお。あんたがいなかったら、今日の勝ちもなかったのに」


「今日、祖父さんの使いが来た。……『もう遊びは終わりだ』って。美玲さんとの婚約発表を、来月に行うと一方的に決められたんだ」


義之の声は、激しい雨音に消えそうだった。


「如月家は、この街の地主から始まった古い一族だ。……俺は、その家を継ぐために生かされてきた。お前と一緒に公園でココアを飲んでるような、そんな自由な時間は……最初から、借り物だったんだよ」


義之の瞳に、深い孤独の色が混じる。


私は、彼の手を握ろうとした。でも、その前に義之が口を開いた。


「……恵比寿さんは、いい男だ。お前を真っ直ぐに見てくれる。……ひとみ、お前はあっち側に行け。俺は、もう……」


「……ふざけないでよ!!」


私の怒鳴り声が、雨音を切り裂いた。


「勝手に決めないで! あんたがどういう家柄だろうと、あたしには関係ない! あたしの知ってる如月義之は、落ち込んだあたしに黙ってココアを差し出してくれる、世界一お節介で、世界一優しい幼馴染みなのよ!」


義之は目を見開いた。


私は、ずぶ濡れの彼の胸ぐらを掴んだ。


「許嫁だか家紋だか知らないけど、そんなのであんたの人生が終わるなんて、あたしが許さない! 仕事で勝つだけじゃ足りないわ。……義之、あんたのその『()()()()()()』からも、あたしが奪い取ってやるんだから!!」


雨の中、私たちは互いを見つめ合った。


恋だとか愛だとか、そんな甘い言葉じゃない。


それは、腐れ縁から始まった、魂の「宣戦布告(じゃすてぃす)」だった。


その様子を、通りかかったタクシーの中から、すずねが静かに見つめていた。


彼女の瞳には、嫉妬とも、悲しみともつかない、暗い情念が渦巻いていた。

第5話をお読みいただきありがとうございました!


【次回予告】

第6話:純白の刺客と、すずねの傷跡

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ