第22話:深海への招待状と、嵐の洋上会談
「……いい、作戦は一度きり。船が公海に出る前、通信が生きてる間にすべてのデータを全世界に同時配信するのよ」
東京湾を出航したばかりの超豪華客船『クイーン・ルーツ号』。
美玲が「新帝国の建国」を祝して政財界の重鎮を招いたこの船は、今や彼女の野望を乗せた巨大な要塞だった。
給仕係の制服に身を包んだあたしと義之、 shadow。そして通信室のハッキングを担当するすずねは、地下のスタッフエリアで最後の確認をしていた。
「ひとみ、これが終わったら……ちゃんと話をしよう。俺たちの、これからのことを」
義之が、あたしの蝶ネクタイを直し直しながら、真剣な瞳で言った。
「……ええ。わかってるわ。……よし、正義、行ってくる!」
メインホールのシャンデリアの下、美玲は銀色のドレスを纏い、女王そのものの風格で壇上に立っていた。
「——今日、如月と高橋は一つになり、新しい秩序が生まれます。無能な者は淘汰され、選ばれた者だけが輝く世界……」
美玲の演説が最高潮に達したその時、ホールの巨大スクリーンがノイズと共に切り替わった。
そこに映し出されたのは、美玲が裏で操っていた不正融資の証拠、そして彼女が『掃除屋』九条を使って他社を陥れてきた生々しい記録だった。
「……なっ、何ですの、これは! Bound!」
美玲の顔から血の気が引く。会場は騒然となり、招待客たちが口々に美玲を問い詰め始めた。
「美玲さん、あんたの『完璧な白』は、もう真っ黒に汚れちゃってるのよ!」
あたしは変装の帽子を投げ捨て、ステージの下から叫んだ。
義之も隣に立ち、美玲を真っ直ぐに見据える。
「……義之さん。……また、あなたなのね。……また、私を邪魔するのね!」
美玲の瞳から、理性という光が消えた。
彼女は狂ったように笑い出し、手元のスイッチを押し込んだ。
「——なら、全員一緒に沈めばいいわ。この船には、自爆用の装置を仕掛けてありますの。……私が手に入れられない世界なら、壊して差し上げますわ!」
船体が激しく揺れ、警告音が鳴り響く。
パニックになる客たち。その時、ホールの扉を突き破って、あの「掃除屋」九条が現れた。
彼の服は血に染まり、息を切らしている。
「……美玲様。……おやめください。……自爆装置の起爆コードは、既に私が物理的に切断しました」
九条の手には、切断された太いケーブルが握られていた。
「九条!? お前、また私を裏切るの!?」
「……裏切りではありません。……これが、私があなたに捧げる最後の『奉仕』です。……美玲様、あなたはもう、休むべきだ」
九条は美玲の元へ歩み寄り、彼女の震える肩を優しく抱きしめた。
その瞬間、美玲は子供のように声を上げて泣き崩れた。
彼女を支えていたのは、野望でも正義でもなく、ただ「誰かに認められたい」という、 shadow。あまりにもちっぽけで、孤独な願いだったのだ。
だが、物語はここでは終わらなかった。
美玲が倒れ、九条が彼女を連れ出そうとしたその時。
船のブリッジから、さらなる衝撃の放送が流れた。
「——あはは! 面白いものが見れたね。でも、主役を忘れてもらっちゃ困るなあ」
スピーカーから聞こえてきたのは、軽薄で、聞き覚えのある……けれど、これまでとは比較にならないほど邪悪な響きを持つ声。
「……恵比寿さん!?」
あたしは叫んだ。
「そうだよ、生稲さん。……美玲ちゃんの暴走も、如月会長の失墜も、全部僕が書いたシナリオ通り。……さて、この船の本当の『所有者』である僕が、君たちに最後の試練をあげよう」
恵比寿幸夫。
これまでひとみたちを助け、紳士的に振る舞ってきた「最強の味方」こそが、すべての糸を引く《《黒幕》》だったのだ。
「……船はあと十分で沈没するよ。……もちろん、救命ボートは一台しかない。……さあ、誰が生き残るか、プレゼンしてよ。……『ジャスティス』な答えを期待してるよ?」
船体が再び大きく傾き、足元から浸水が始まる。
美玲の帝国を倒した先に待っていたのは、底の見えない、恵比寿という名の深い闇だった。
「……よっしゃ。……恵比寿さん。あんたの意地悪なシナリオ、あたしが真っ白な紙に戻してやるわよ!」
海上に浮かぶ密室で、本当の「最終決戦」の火蓋が切られた。
第22話をお読みいただきありがとうございました!
ついに美玲の野望を打ち砕いたひとみたち。しかし、その裏で微笑んでいたのは、かつての頼れる味方・恵比寿さんだった……! 衝撃の最終決戦が幕を開けます。
【次回予告】
第23話:泥濘のゲームマスターと、絶望の救命艇




