第20話:女王のチェックメイトと、不渡りの雨
「……そんな、昨日まで融資は決定だって言ってたじゃないですか!」
下町のオフィスに、ひとみの悲痛な叫びが響いた。
電話の向こうの銀行担当者は、申し訳なさそうに、しかし断固とした口調で告げた。
「上からの指示でして……『ジャスティス・プロデュース』様への融資は、すべて白紙になりました」
受話器を置くひとみの手が震える。
隣でパソコンを叩いていたすずねが、顔を青ざめさせて立ち上がった。
「……ひとみ、ダメよ。取引先が次々と契約解除を申し込んできてる。理由を聞いても『あちら様と揉めたくはない』の一点張り」
「あちら様……美玲さんね」
義之が、窓の外を見つめながら低く呟いた。
かつて如月家が支配していた経済圏を、美玲は「高橋家」と「旧如月隠し資産」を統合した新組織『リバイバル・ルーツ』として完全に掌握していた。彼女が指をパチンと鳴らすだけで、この街の物流も、資金も、情報も、すべてがひとみたちを避けるように止まる。
「——コンコン。……あら、お忙しいところ失礼しますわ」
ノックも待たずに扉が開く。
そこには、純白のスーツに身を包み、まるで現代の女王のようなオーラを纏った高橋美玲が立っていた。背後には、あの「掃除屋」九条が影のように控えている。
「美玲さん! なんでこんな酷いことをするの!」
ひとみが美玲の前に詰め寄る。
「酷い? 違いますわ、ひとみさん。これはビジネスですの」
美玲は優雅に椅子に腰を下ろし、冷たい瞳でオフィスを見渡した。
「私はあなたに感謝しています。おじい様という『古い重石』を取り除いてくれたことに。……でも、今のあなたは、この街の経済秩序を乱すノイズでしかありませんわ。ノイズは、消去されるのが運命ですの」
「俺たちの独立を認めるって言ったのは、嘘だったのか」
義之が美玲を射貫くように睨む。
「……嘘ではありませんわ。一度は泳がせて差し上げた。でも、義之さん。……私を捨てて、このような泥の底で満足しているあなたを見ていると、私の『誇り』が傷つくのです。……だから、分からせて差し上げます。私が作り上げる『完璧な帝国』と、あなたたちの『ままごと』の差を」
美玲が合図を出すと、九条が一通の書類をテーブルに置いた。
「……これは、このビルの買収証明書です。来週から、ここは私たちの倉庫になります。……明日までに退去してください」
「なっ……!?」
ひとみは絶句した。仕事だけでなく、居場所さえも奪う。
美玲の攻撃は、会長のような「捏造」や「暴力」ではない。圧倒的な《《資本》》という名の暴力だった。
「ひとみさん。あなたの『情熱』とやらは、一円の価値も生み出せませんでしたわね。……さようなら。次は、路上でお会いしましょう」
美玲は高笑いすることもなく、ただ静かに、絶望だけを置いて部屋を去った。
その夜。
電気が止められた暗いオフィスで、三人は床に座り込んでいた。
「……はは、完敗ね。すずねの毒も、あたしの営業も、資本金の前じゃ無力だわ」
ひとみが力なく笑う。
「……ごめん、ひとみ。俺が如月を捨てたから、お前を守る盾がなくなっちまった」
義之が、暗闇の中でひとみの手を握る。
「……バカ言わないで。……あたしたちは、何も間違ってないわ」
すずねが、スマホのライトを点けて立ち上がった。
「美玲のやり方は確かに完璧。でも、一つだけ彼女が忘れていることがあるわ。……あの子、自分の力だけでその玉座に座ったつもりでいるけど、足元がどれだけ『恨み』でぬかるんでるか、分かってないのよ」
「すずね……?」
「ひとみ。……泥の中に咲く花は、根っこが一番強いのよ。……美玲がすべてを買い占めたなら、あたしたちは『買えないもの』で勝負するしかないわ」
すずねの瞳が、暗闇の中で怪しく輝く。
「……九条よ。あいつ、美玲に従ってるフリをして、別の動きを見せてる。……あいつを、こちら側に引き込むわよ」
「ええっ!? あいつを!?」
ひとみと義之の声が重なった。
「……毒を以て毒を制す。……女王の帝国を内側から崩壊させる、最初の『蟻の穴』を作るわよ」
絶望のどん底で、逆転の火種が灯った。
美玲が支配する「完璧な白」の世界に、再びひとみたちの「泥だらけの虹色」が侵食を始める。
「……よっしゃ。……美玲さん、あたしたちはまだ、一歩も引いてないわよ!」
ひとみは暗闇に向かって、全力で拳を突き上げた。
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【次回予告】
第21話:潜入のドレスコードと、影の共犯者




