第19話:祝杯のあとの静寂《しじま》と、仮面の告白
「……はぁ。やっと、一段落ね」
下町のオフィス。積み上がったお祝いのビールの空き缶を片付けながら、あたしは大きく伸びをした。
如月会長の逮捕、グループの解体。ニュースは連日その話題でもちきりだ。
あたしたち『ジャスティス・プロデュース』には、如月家と縁を切りたい下請け企業からの相談が殺到し、猫の手も借りたい忙しさだった。
「ひとみ、あまり根を詰めるな。……はい、これ」
義之が差し出したのは、いつものココア……ではなく、少し高級なドリップコーヒーだった。
「如月」を捨て、「生稲義之」としての人生を歩み始めた彼は、どこか吹っ切れたような、でも少しだけ寂しそうな顔をすることがあった。
「義之。……あんた、後悔してない?」
「何がだ?」
「如月の名前を捨てたこと。……あんたが一生懸命守ろうとしていた場所が、あたしのせいでバラバラになっちゃって」
あたしが俯くと、義之は大きな手であたしの頭をガシガシと撫でた。
「バカ。バラバラになったのは、腐っていた部分だけだ。……それに、俺が本当に守りたかったのは『場所』じゃない。お前のいる『今』だよ」
そんな甘い空気の中、カツカツと鋭い足音が響く。
「——あら。新婚ごっこはそこまでにしてくれるかしら。……大変なことになったわよ」
現れたのは、顔色の悪いすずねだった。彼女の手には、差出人不明の封筒が握られている。
「……すずね、どうしたのよ。会長は捕まったし、掃除屋の九条も消えた。もう敵はいないでしょ?」
「……甘いわね、ひとみ。如月家を潰したことで、眠っていた『《《真の怪物》》』が目覚めちゃったのよ」
すずねがテーブルに広げたのは、如月グループの残党たちが結成した新組織『リバイバル・ルーツ』のリスト。そして、そのトップに記されていた名前に、あたしたちは息を呑んだ。
「……高橋、美玲?」
「嘘よ……美玲さんは、あたしたちと一緒に戦ったじゃない!」
「……表向きはね。でも彼女、会長が逮捕された瞬間に、如月グループの隠し資産をすべて自分の口座に付け替えていたわ。……彼女の狙いは、如月家の崩壊そのものじゃなかった。如月家を『《《乗っ取ること》》』だったのよ」
信じられない思いで、あたしは美玲に電話をかけた。
呼び出し音が三回。……つながった。
「……もしもし、生稲さん? お久しぶりですわ」
電話の向こうの美玲の声は、いつもの儚げな令嬢のものではない。低く、冷徹で、獲物を狙う鷹のような響きがあった。
「美玲さん! どういうこと!? あんた、あたしたちを裏切ったの?」
「……裏切る? 心外ですわ。私は、あなたに言われた通り、自分の正義を貫いているだけ。……私の正義は、この街の頂点に立ち、誰も私を縛れない世界を作ること。……そのために、あなたたちの情熱を利用させてもらったの」
美玲の笑い声が、スピーカー越しに冷たく響く。
「義之さん。……あなたも、私を選んでいれば、今頃世界の半分を手に入れていたのに。……残念ですわ」
プツリと電話が切れる。
あたしたちが信じた仲間。泥の中から一緒に咲いたはずの白百合は、誰よりも深く、毒を蓄えていた。
その夜。
公園のベンチで、あたしたちは言葉を失っていた。
「……美玲さんが、次の敵なんて」
「……あいつ、最初から計算してたんだな。……俺たちが会長を叩くのを待って、その隙に心臓部を奪う」
義之が、悔しそうに拳をベンチに叩きつける。
「……よっしゃ。……いいわよ、美玲さん。あんたが『女王』になりたいなら、あたしがその玉座、根こそぎひっくり返してやるわよ!」
あたしは、空になったコーヒーのカップを、……今度は潰さずに、義之に預けた。
「……義之。戦いは、これからが本番ね」
「……ああ。今度は、本当の『欲』を持った奴らが相手だ。……気合を入れ直そうぜ、社長」
二人の背後。街灯の影で、消えたはずの九条が静かにこちらを見ていた。
彼の隣には、冷たい笑みを浮かべた美玲の姿があった。
「……ジャスティス。……《《本当の地獄》》へ、ようこそ」
ここからが「真の完結」へのカウントダウン。
第20話は「美玲の仕掛ける『経済的包囲網』!新会社が倒産の危機に!?」
第19話をお読みいただきありがとうございました!
【次回予告】
第20話:女王のチェックメイトと、不渡りの雨




