第18話:正義の審判と、宣戦布告のキス
「……いよいよね。準備はいい?」
会場は、かつてひとみが泥を舐めさせられたあのダイコク商事のメインホール。
今日は美玲が主役の『キャリア・ルーツ』プロジェクトの正式発表会。けれど、客席の最前列には、黒塗りの車から降り立った如月会長が、威圧感を放ちながら鎮座していた。
その背後には、影のように控える「掃除屋」九条の姿もある。
「ひとみ、手が震えてるぞ」
義之が、舞台袖であたしの手を握った。
「……当たり前じゃない。相手は、この街の『王』なのよ。……でもね、不思議と怖くはないわ。だって、あたしの隣には、あんたがいるんだもん」
「——時間だ。行こう」
照明が落ち、美玲がステージに上がる。
かつての令嬢としての「借り物の自信」ではない、一人の女性として踏み出す、等身大の言葉。
「私は、家という檻の中で、自分の正義を殺してきました。……でも、ここにある仲間たちが、泥の中でも笑える強さを教えてくれたのです!」
美玲の熱いスピーチに、会場が感動に包まれようとしたその時だった。
「……茶番だな」
会長の低く、地を幾うような声がホールに響き渡った。
会長はゆっくりと立ち上がり、ステージ上の美玲と、袖にいるあたしたちを冷徹に見据えた。
「高橋美玲。お前が語る『自立』とやらは、我が如月家の慈悲の上に乗った砂上の楼閣だ。……そして、そこにいる生稲ひとみ。犯罪者の娘を祭り上げ、正義を説くとは……世間も甘く見られたものだ」
会場に動揺が広がる。九条が合図を出すと、モニターに「生稲ひとみの父、横領事件の全貌」という捏造された記事が映し出されようとした。
「そこまでよ、おじい様!」
あたしは、義之を止めてステージに躍り出た。
「そのデータ、もう古いですよ。……九条さん、昨夜すずねに渡されたUSB、中身を確認しなかったの?」
九条の眉がピクリと動く。モニターに映し出されたのは、父の不祥事ではなく……如月会長自らが署名した、三十年前の「工場用地の不当買収と、それを隠蔽するための偽証教唆」の音声データだった。
「な、何だと……!?」
会長の顔から、みるみる余裕が消えていく。
「あんたが『掃除』してきたのは、ゴミじゃない。……正義を語ろうとした、真っ直ぐな人たちの心よ!」
あたしは、九条が持っていた偽造書類を奪い取り、会場中にバラまいた。
「あたしの父は、あんたの身代わりになって消された。……でも、その血はあたしの中で生きてるわ! 泥棒の娘? 結構じゃない。あんたから『奪われた未来』を、あたしが全部盗み返してやるわよ!」
「……ひとみ!」
義之がステージに駆け上がり、あたしの肩を抱いた。
「会長。……俺は如月を継ぎません。俺が守るのは、この家の権威じゃない。……この女が笑える世界だ!」
義之は、全聴衆の注目が集まる中、あたしの腰を引き寄せた。
「如月を捨てる。……俺が今日から名乗るのは、『生稲義之』だ!」
そして、義之はあたしの唇に、激しく、 shadow。そして誓いを込めたキスをした。
フラッシュの嵐。どよめく観客。
会長は杖を握りしめ、顔を真っ赤にして絶叫した。
「……貴様ら、ただで済むと思うな! 如月の名を汚した罰を……!」
「……罰なら、もう受けてるじゃない。……ほら、後ろを見て」
袖から、すずねが不敵に笑いながら現れた。
ホールの入り口には、警察と検察の捜査員たちが、令状を持って立っていた。
「会長。あなたの『掃除』は、今日で終わりよ。……これからは、司法という名の『大掃除』が始まるわ」
崩れ落ちる会長。無機質な表情で、静かに姿を消そうとする九条。
美玲は、涙を流しながらも、しっかりと前を向いて拍手を送っていた。
一週間後。
事件は連日トップニュースで報じられ、如月家の独裁体制は崩壊した。
あたしたちのオフィスには、今日もまた、新しい依頼の電話が鳴り止まない。
「……ねえ、 shadow。義之。本当に『生稲』にするつもり?」
窓の外、晴れ渡った隅田川を眺めながら、あたしは隣の彼に聞いた。
「ああ。……まあ、婿養子ってやつだな。……その代わり、一生、お前の尻に敷かれる覚悟はできてる」
義之は照れくさそうに笑い、あたしの手に、あの「印章」ではなく、シンプルなプラチナの指輪を置いた。
「……正義。あたしの人生、これからが本当のプレゼンね」
あたしは、指輪をはめた拳を、高く突き上げた。
泥の中から咲いた、最高の虹。
あたしたちの物語は、まだ始まったばかり。
第18話をお読みいただきありがとうございました!
【次回予告】
第19話:祝杯のあとの静寂と、仮面の告白




