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第15話:戦場のブライダル、そして虹色の誓い

幕張の巨大な展示ホールは、甘い花の香りと、高揚した観客の熱気に包まれていた。


年に一度の国内最大級ブライダルフェア。業界の注目を一身に集めるメインステージ。


上手には、高橋美玲率いる『白雪ウェディング』。


下手には、あたしたち『エンジェル・プロジェクト』。


「……ひとみ。準備はいいか」


タキシードを完璧に着こなした義之が、私の背中にそっと手を置いた。


「……ええ。心臓が口から飛び出しそうだけどね」


モニターには、先行する美玲のステージが映し出されていた。


それはまさに、王道中の王道(ホワイト・アルバム)。純白のドレス、厳かなパイプオルガンの音色。()()()()()()()()()()()


客席からは溜息が漏れ、重役たちは満足げに頷いている。


「……これが私の、そして如月家にふさわしい『正義』ですわ」


ステージ裏ですれ違った美玲の瞳は、昨日までの焦りを消し去り、冷徹な勝利を確信していた。


だが、あたしは笑った。


「……美玲さん。悪いけど、あたしの『幸せ』は、そんなに静かじゃないの」


「……続きまして、エンジェル・プロジェクトのプレゼンテーションです」


司会の声とともに、会場の照明がすべて落ちた。


完全な闇。観客がざわつき始めたその瞬間——。


ドォォォォン! という重低音とともに、ステージ中央にスポットライトが当たった。


現れたのは、ウェディングドレス……ではない。


真っ白なライダースジャケットに、チュールスカートを合わせた、破天荒な花嫁衣装。


shadow。 shadow。そしてモデルが跨っているのは、純白の大型バイクだった。


「……なっ、何ですの、あれは!?」


客席の最前列で美玲が絶叫するのが聞こえた。


音楽は、厳かなオルガンではなく、疾走感あふれるロックンロール。


ステージを縦横無尽に駆け巡るモデルたちは、皆一様に「笑って」いた。


泣き腫らしたあとのような笑顔、泥だらけのブーツで踊るカップル、そして、多様な愛の形を象徴する、色とりどりのブーケ。


「皆さん! 結婚式は、誰かに見せるための儀式じゃありません!」


私はステージに立ち、マイクを握りしめた。


「失敗してもいい。泥を被ってもいい。……隣にいるこの人と、明日も一緒に笑いたい。その『覚悟』を叫ぶ場所なんです!」


スクリーンの背景が切り替わる。


そこには、この一ヶ月、私と義之が泥まみれで駆けずり回って集めた、「普通のカップルたち」のリアルな声が映し出されていた。


借金がある、親に反対されている、病気を抱えている。……それでも今日、一緒にいることを選んだ人たちの、不器用で最強の笑顔。


会場の空気が変わった。


美玲が作った「憧れ」の壁を、あたしたちが作った「共感(虹色の波)」が飲み込んでいく。


「……あり得ない。……あんな下品なものが、評価されるはずが……」


美玲が震える手で膝を突く。


だが、客席からは、一人、また一人とスタンディングオベーションが沸き起こった。


それは、形式に縛られたブライダル業界への、強烈なカウンターパンチだった。


フェアが終わり、誰もいなくなったステージ裏。


夕闇が差し込む廊下で、あたしは美玲と対峙した。


「……負けたわ。完敗よ、生稲ひとみ」


美玲の声は、驚くほど静かだった。


彼女の純白のスーツは、いつの間にかシワが寄り、完璧だった夜会巻きも少しだけ乱れている。


「美玲さん……」


「おじい様からの連絡がありました。……今回の成約数、あなたのプロジェクトが我が社を倍以上の差で引き離したと。……如月家との婚約も、正式に解消されることになりましたわ」


美玲は自嘲気味に笑い、窓の外を見つめた。


「……皮肉ね。自由になりたいと願っていたはずなのに、いざ自由を突きつけられると、自分の足がどこに向えばいいのか、わからないの」


私は、バッグの中から、あの日義之に渡されたのと同じ「イチゴオレ」を取り出し、彼女に差し出した。


「……これ、飲みなさいよ。甘ったるくて、元気が出るわよ」


美玲は戸惑いながらもそれを受け取り、一口、小さく啜った。


「……っ……変な味。……でも、温かいですわね」


美玲の瞳から、一筋の涙がこぼれた。


それは、家柄や誇りという鎧を脱ぎ捨てた、一人の二十七歳の女の子の涙だった。


「……ひとみ。終わったな」


屋上のフェンスに寄りかかり、夜景を眺める義之。


あたしは彼の隣に並び、冷たい夜風に吹かれた。


「半年待つまでもなかったわね。……義之、あんた、自由よ」


「ああ。…… shadow。でも、自由になったからには、責任を取ってもらわないとな」


義之が、私の肩を抱き寄せ、ゆっくりとこちらを向かせた。


「ひとみ。……如月の跡取りとしてじゃない。一人の男として、お前を()()()()()()()()()()


「……守る? あたしのこと、誰だと思ってるのよ。あたしは、泥を跳ね返して戦う営業のエースよ?」


「ああ、わかってる。……だから、お前が戦うための『武器』を、俺が一生作り続けてやるよ。……俺の隣で、一緒に戦ってくれるか?」


義之の瞳には、かつての公園で見せたような優しさと、それ以上の「熱」が宿っていた。


あたしは、彼の胸に顔を埋めた。


「……よっしゃ。……断る理由、一個も見当たらないわよ」


遠くで、扇山すずねがワイングラスを掲げているのが見えた気がした。


shadow。そして、新天地へ向かう美玲の背中も。


あたしたちの恋と仕事のバトル、とりあえず、ひと段落。


けれど、人生という名のプレゼンテーションは、まだ始まったばかり。


「……ねえ、義之。次の案件、もう来てるわよ?」


「……勘弁してくれよ。明日くらい休ませろ」


あたしたちは笑い合い、夜の街へと駆け出した。


今度は、二人で、同じ方向を向いて。

第2部完結までお読みいただきありがとうございました!

美玲の呪縛をも打ち破り、真の自由と絆を手に入れたひとみと義之。物語はいよいよ、かつての宿敵たちをも巻き込んだ最終章・最強チーム編へ突入します!


【次回予告】

第16話:独立宣言と、招かれざる「最強」の客

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