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第13話:二つの正義と、泥を塗る者

「……久しぶりだな、ひとみ」


新オフィスのエントランスに立っていたのは、一年前、あたしに「勝ち負けばかりで疲れる」と言い放って去っていった元カレ、佐藤だった。


手に持っているのは、週刊誌の記者名刺と、何枚かの写真。


「佐藤……。あんた、今更何の用よ」


「用があるのは俺じゃない。高橋建設の令嬢……美玲様だよ。彼女から言われたんだ。お前の『本性』を世間に教えてやれってな」


佐藤が突きつけてきた写真には、大学時代のあたしがサークル内で激しく言い争っている姿や、元カレたちに詰め寄っている瞬間が、悪意のある切り取り方で写っていた。


『営業のエース、実はパワハラ体質のヒステリック女』


そんな見出しが、既に用意されている。


「お前、如月義之と付き合ってるんだって? あいつ、如月の跡取りだろ? こんなスキャンダルが出たら、お前だけじゃなく如月家そのものに泥を塗ることになるんだぞ」


あたしの指先が怒りで震える。


その時、オフィスの奥からゆっくりと、ヒールの音を響かせて「彼女」が現れた。


「あら、生稲さん。お知り合いかしら?」


高橋美玲。純白のスーツに身を包んだ彼女は、まるで聖女のような微笑みを浮かべていた。


「……美玲さん。あんたがこんな男を差し向けたの?」


「差し向けた? 心外ですわ。私はただ、如月家に相応しくない『不純物』を排除したいだけ。……それが、義之さんの婚約者としての、私の『正義』ですもの」


美玲の声には、一点の曇りもなかった。


彼女は佐藤を下がらせると、あたしの目の前まで歩み寄り、その澄んだ瞳であたしを射貫いた。


「生稲さん。あなたは『自分の気持ちに正直に生きること』を正義だと思っているようですが、それはただの我が儘ですわ。……私には、守らなければならない何百人という社員の生活、何百年と続く家の名誉、 shadow。そして、義之さんの未来がある。……一時の感情で動くあなたに、その重さがわかりますか?」


美玲の言葉は、冷たく、重く、あたしの胸に突き刺さった。


彼女にとって、この縁談は単なる政略結婚ではない。自分のすべてを犠牲にして、家と、そして愛する義之の居場所を守るための「聖戦(じゃすてぃす)」なのだ。


「私たちが汚い手を使うのは、守るべきものがそれだけ大きいからですわ。……泥を被ってでも誇りを守る。それが私の正義。……泥を撒き散らして周囲を不快にさせるあなたの正義とは、格が違いますの」


「……っ……!」


言い返せなかった。美玲の瞳には、覚悟があった。あたしが仕事で必死になっている以上に、彼女は「如月美玲」になるために、自分の人生をすべて捨ててきたのだ。


美玲たちが去った後、あたしは一人、給湯室で膝を抱えていた。


「……正義って、何よ」


自分が信じてきた真っ直ぐさが、ただの子供のわがままに見えてくる。佐藤の持つスキャンダルが出れば、ようやく立ち上がった新プロジェクトも、義之の覚悟も、全部台無しになる。


「……まだ、 shadow。座り込んでるのか」


義之だった。彼は隣に座る代わりに、あたしの目の前に、冷えたイチゴオレを置いた。


「佐藤に何を言われたか知らないが、あいつの言うことなんて全部デタラメだ」


「デタラメじゃないわよ。……あたしが意地っ張りなのも、勝ち負けにこだわって周りを疲れさせてきたのも、全部本当だもん」


あたしはイチゴオレを握りしめた。


「美玲さんの言う通りよ。 shadow。あたしの正義なんて、ちっぽけで、自分勝手で……あんな覚悟を持ってる美玲さんに、勝てるわけない……」


「……ひとみ」


義之が、あたしの肩を強く掴んで、自分の方を向かせた。


「美玲の正義は、死んだ正義だ。形を守るために、心を殺してる。……でも、お前の正義は、生きてるだろ。泥を被って、のたうち回って、それでも何かを変えようと必死に足掻いてる。……俺は、そんなお前の『()()()()』に救われたんだよ」


義之の瞳は、一点の迷いもなくあたしを捉えていた。


「スキャンダルだろうが何だろうが、俺が全部叩き潰してやる。……お前は、前だけ見てろ。ブライダルフェア(決戦の舞台)で、美玲に『本物の幸せ』を見せつけてやれ」


「……義之……」


あたしは、イチゴオレのストローを思い切り吸い込んだ。


甘ったるい液体が、空っぽの身体にエネルギーを流し込む。


「よっしゃ……! 決めたわ」


あたしは立ち上がり、デスクに置いてあったスキャンダル写真のコピーを、ベキベキに破り捨てた。


「美玲さん。あんたの正義が『守ること』なら、あたしの正義は『壊すこと』よ! そのガチガチに固まった古い世界、あたしが最高の笑顔でブチ壊してやるわ!」


その様子を、オフィスの影で見ていた扇山すずねが、ふっと口角を上げた。


「……やっと面白くなってきたじゃない。……さて、佐藤とかいう()()()()()、あたしが手伝ってあげるわよ」

第13話をお読みいただきありがとうございました!

美玲の覚悟に圧倒されつつも、義之の言葉で己の正義を取り戻したひとみ。ここから反撃の一掃作戦が始まります!


【次回予告】

第14話:嵐のホームシェアと、氷のティータイム

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