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第12話:新しい屋根の下と、忍び寄る「白」

「……ちょっと、なんであんたの荷物がここにあるわけ!?」


恵比寿さんが用意してくれた新ユニットの拠点。それは都心のタワーマンションの一室をオフィス兼住居として改装したものだった。


セキュリティ万全、仕事に没頭できる環境。そこまでは良かった。けれど、リビングのソファに当然のような顔で座り、パソコンを叩いている義之を見て、あたしは声を上げた。


「如月家を飛び出したんだ、住む場所がないのは当たり前だろ。それに、会長の刺客からお前を二十四時間守るには、これが一番効率的だ」


義之は画面から目を離さずに淡々と言った。


「効率的って……あたしたち、一応男女なのよ!?」


「今更何を言ってる。……それとも、俺が隣にいると仕事に集中できないほど、意識してるのか?」


義之が意地悪く口角を上げる。


「い、意識なんてしてないわよ! 誰があんたなんか!」


顔が火照るのをごまかすように、あたしは自分の荷物を空いている部屋に放り込んだ。


幼馴染みというぬるま湯から、一つ屋根の下という沸騰寸前の鍋(デス・ゲーム)に放り込まれた気分。


私たちの「新生活」は、最悪で最高な形で幕を開けた。


翌朝、新ユニット『エンジェル・プロジェクト』の初会議。


メンバーはあたし、義之、そして外部コンサルとして参加する扇山すずね。


「はい、お遊びはそこまで。……生稲さん、最初のクライアントが決まったわよ」


すずねがタブレットをテーブルに滑らせた。


「……『白雪ウェディング』。国内最大手のブライダル企業ね」


「ブライダル? あたしたちの最初の仕事が、結婚式のプロモーションなの?」


「ただのプロモーションじゃないわ。……ここ、実は高橋美玲の実家が筆頭株主を務める企業の関連会社よ。……わかる? 向こうから首を突っ込んできたのよ」


すずねの言葉に、室内の温度が数度下がった。


「……美玲さんの。……あたしたちを、自分たちの土俵に引きずり込もうってわけね」


「おそらく、このプロジェクトを失敗させて、あたしたちの評価を地に落とすつもりだろうな」


義之が腕を組み、険しい顔で資料を読み込む。


「よっしゃ……! 望むところよ。あいつらが用意した舞台で、あいつら以上の最高な『幸せ』を形にしてやるわ!」


数日後。打ち合わせのために訪れた『白雪ウェディング』の本社ビル。


そこで待っていたのは、予想通り、担当者として座っている高橋美玲だった。


彼女は以前の儚げな令嬢の仮面を脱ぎ捨て、冷徹なビジネスパーソンの顔をしていた。


「生稲さん、義之さん。……あのような無作法なパーティーの後でも、仕事を受けに来る勇気だけは評価しますわ」


美玲は、冷たい紅茶を啜りながら続けた。


「今回の条件は一つ。一ヶ月後の大型ブライダルフェアで、新規成約数を前年比百五十パーセントにすること。……できなければ、このユニットの予算はすべて凍結。……もちろん、義之さんは実家に戻っていただきます」


「百五十パーセント!? そんなの、無理難題じゃない!」


「あら、営業のエースなのでしょう? 情熱があれば、数字なんて後からついてくるのではなくて?」


美玲の嘲笑が部屋に響く。


その時、義之が美玲の前に一歩踏み出した。


「美玲。……お前は、この仕事を復讐の道具に使っているのか」


「復讐? まさか。私は、あなたにふさわしい場所を教えて差し上げたいだけ。……泥だらけの女と、泥だらけのオフィスで夢を見るなんて、如月の名が泣きますわ」


美玲の視線が、あたしと義之の間に落ちた。


彼女は、あたしたちが同じ屋根の下にいることを、既に知っている。その瞳の奥には、ドロリとした黒い嫉妬が渦巻いていた。


帰り道。


重い沈黙を破ったのは、義之だった。


「……ひとみ。無理だと思ったら、すぐに言え。俺が別の方法を——」


「無理なわけないでしょ! あの女の顔、見た? 完全に勝ち誇ってたわよ。……あんな顔、二度とさせないんだから!」


あたしは義之の手をギュッと握った。


「あんたの『自由』は、あたしが守るって決めたの。……ねえ、義之。今夜は徹夜よ。あいつらが想像もできないような、最高に破天荒な結婚式を企画してやるわ!」


義之は一瞬驚いた顔をした後、ふっと柔らかく笑った。


「……ああ。そう来なくっちゃな」


オフィス……兼、二人の家に戻ると、すずねがワイン片手に待っていた。


「遅かったわね。……美玲の刺客、他にも動いてるわよ。……生稲さん、あんたの元カレ、覚えてる?」


「え……? 誰よ、急に」


「あいつが、美玲に買収されたみたい。……あなたの『恥ずかしい過去』を売るためにね」


忍び寄る「白」の執念。


仕事、恋、そして過去。


あたしを囲む包囲網は、確実に狭まっていた。


「……上等よ。()()()()()()()()()()()()()()()()!」


あたしは、テーブルに置かれたクリスタルガラス(高級品)を、……危うく握りつぶしそうになって、義之に止められた。


戦いのゴングは、もう鳴っている。

第12話をお読みいただきありがとうございました!

同居生活のドキドキも束の間、美玲の容赦ない刺客と不穏な過去がひとみを襲います!


【次回予告】

第13話:二つの正義と、泥を塗る者

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