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第11話:孤立無援の戦場と、騎士の帰還

「……嘘でしょ。これ、全部うちの案件なの?」


翌朝、エンジェルハートカンパニーのオフィスに入った瞬間、あたしを待っていたのは歓声ではなく、凍り付いたような静寂だった。


デスクの上には、キャンセルや見直しを求めるメールのプリントアウトが山積みになっている。そのすべてが、如月家と繋がりのある企業ばかり。


「生稲、何をしたんだ!」


部長が血相を変えて飛んでくる。


「ダイコク商事の案件以外、君が担当しているすべてのプロジェクトにストップがかかった。……如月会長から直接、圧力がかかっているんだぞ!」


「それは……!」


言い返そうとしたあたしの背後で、重い足音がした。


義之だ。彼もまた、いつも以上に険しい顔をしていた。


「部長、ひとみは関係ありません。……すべては俺の独断です。彼女への処分は待ってください」


「如月君……! 君だって無事じゃ済まないぞ。本社の役員会が君の更えるを審議し始めているんだ!」


義之は黙ってあたしの前に立った。その背中は昨日よりも少しだけ小さく、けれど鋼のように硬く見えた。


「ひとみ、屋上へ行こう」


冬の風が吹き荒れる屋上。


「……ごめん、義之。あたしがあんな大騒ぎしなきゃ、あんたまでこんな……」


「謝るな。あそこで声を上げたお前を、俺は誇りに思ってる」


義之は街並みを見下ろしながら、ポツリと言った。


「…… shadow。でも、祖父さんを甘く見ていた。如月家の力は、俺たちの想像以上にこの街の経済(システム)に根を張っている。……このままだと、お前は()()()()()()()()ことになる」


「あたしのことはいいわよ! でも、あんたは如月家の跡取りなのよ? 戻る道まで失って……」


「道なら、自分で作るさ」


義之は笑ってみせたが、その瞳には隠しきれない疲労が滲んでいた。


あたしたちは、勝ったはずなのに。正義を貫いたはずなのに。


待っていたのは、居場所を奪われるという残酷な現実だった。


その時、あたしのスマートフォンが震えた。


表示された名前を見て、息が止まる。


『恵比寿幸夫』


「……ここなら、誰にも邪魔されません」


恵比寿さんに呼び出されたのは、彼が個人で所有しているという会員制の書斎だった。


そこには、驚いたことに、 shadow。扇山すずねも座っていた。


「すずね!? あんた、異動したんじゃ……」


「……仕事の引き継ぎが終わらなくてね。それに、この『お坊っちゃま』に泣きつかれたのよ」


すずねは退屈そうに爪を眺めているが、その横には大量の資料が積み上げられている。


「生稲さん、 shadow。如月君。……状況は把握しています」


恵比寿さんが、真剣な眼差しで切り出した。


「会長のやり方は、ダイコク商事の理念にも反する。……私は、君たちの『正義』をここで終わらせたくない」


「恵比寿さん……でも、どうやって? 会長と敵対すれば、ダイコク商事だって無事じゃ……」


「だから、正面から戦うのはやめましょう」


恵比寿さんは、一枚の契約書を差し出した。


「ダイコク商事の完全子会社として、|新しいマーケティングユニット《新天地》を立ち上げます。……リーダーは生稲ひとみ。そして、実務の統括として如月義之を招聘したい」


「え……?」


あたしと義之は顔を見合わせた。


「如月家の傘下ではない、独立した組織です。……これなら、会長の圧力も届かない。……そして、 shadow。扇山さん。君には、そのユニットの『毒』になってもらいたい。……外部コンサルタントとしてね」


「……ふん。面白そうじゃない。あの美玲って女の泣き顔を、もう一度拝めるならね」


すずねが不敵に笑う。


「恵比寿さん……どうして、ここまでしてくださるんですか?」


あたしの問いに、恵比寿さんは少しだけ寂しそうに、でも優しく微笑んだ。


「……君が、私ではなく彼を選んだ理由を、もっと近くで確かめたいと思ったんです。……それに、私は『面白いビジネス』の味方ですから」


その夜。いつもの公園。


あたしたちは、久しぶりに温かいココアの缶を握りしめていた。


「……あたしたち、首の皮一枚で繋がったわね」


「ああ。……でも、これからはもう、幼馴染みのごっこ遊びじゃ済まないぞ」


義之が、真剣な顔であたしを見つめた。


「ひとみ。……半年後の約束、覚えてるか?」


「当たり前じゃない」


「……半年後、俺たちがこの新しいプロジェクトを成功させて、如月家をも黙らせる結果を出したら。……その時は、俺の隣に正式にいてほしい」


義之の言葉が、冬の夜空に溶けていく。


「……よっしゃ。受けて立ってやろうじゃない!」


あたしは、空になったココアの缶を……今度はメキッと、()()()()()()()()()


「……相変わらずの握力だな」


「うるさいわね! これがあたしの、やる気の証拠よ!」


暗闇の中から、こちらを監視する黒いセダンの影。


そして、その車内で怒りに震える美玲の手には、一枚の写真が握られていた。


あたし達の新しい戦いは、まだ始まったばかりだった。

第11話をお読みいただきありがとうございました!

恵比寿さんの救いの手により、最高のメンバーで新プロジェクトが始動します。しかし美玲の執念もまた、牙を剥こうとしており……!


【次回予告】

第12話:新しい屋根の下と、忍び寄る「白」

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