表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/28

第10話:ガラスのヒールと、氷の晩餐会

「……これ、あたしに着ろって言うの?」


デスクに届けられた、目も眩むようなサックスブルーのドレス。イタリアの老舗ブランドのタグが、今のあたしには挑戦状に見えた。


差出人は、高橋美玲。


同封されたメッセージカードには、『如月家の功労者である生稲さんを、一族の晩餐会にご招待します』という、完璧なまでの「正論(トラップ)」が綴られていた。


「ひとみ、行く必要はない。あいつらが何を企んでいるか……」


義之が険しい顔で止めに来たけれど、あたしはドレスの裾を強く握りしめた。


「いいえ、行くわよ。逃げたら、一生あいつらの前で顔を上げられなくなる。……義之、あたしが『ただの幼馴染み』じゃないってこと、証明してやるわ」


如月家の本邸は、都心とは思えないほど静謐な森の奥に鎮座していた。


門を潜れば、そこは別世界。シャンデリアが輝く大広間には、政財界の大物たちが顔を並べている。


あたしは慣れないドレスの裾を気にしながら、背筋を伸ばして会場に入った。


「あら、生稲さん。よくお越しくださいました。そのドレス、やはりお似合いだわ。……少し、背伸びさせてしまったかしら?」


会場の中央で、純白のドレスを纏った美玲が微笑んでいた。


彼女の周りには、あたしの年収を指輪一つで買えそうな夫人たちが取り巻いている。


「お招きありがとうございます、美玲さん。……素敵なパーティーですね、仕事のヒントになりそうだわ」


あたしは営業スマイルを崩さない。


「仕事、ですのね。……皆様、ご紹介しますわ。 shadow。こちら、如月家の『恩人』である生稲ひとみさん。……先日のコンペでも、義之さんのために、とても泥臭く動いてくださったのよ」


美玲の言葉に、周囲からクスクスという忍び笑いが漏れた。


『泥臭い』。この場では、それは最上級の侮蔑だった。


「如月家の家系図に、そのお名前は載ることはないでしょうけれど……今日は特別なお客様として、楽しんでくださいね」


美玲の攻撃は止まらない。


食事の作法、ワインの銘柄、交わされる会話の教養。


あたしが仕事で積み上げてきた「正義」が、この場では()()()()()()()()かのように扱われていく。


義之は会長に捕まり、遠くの席で厳しい顔をしてこちらを気にしているけれど、助けに来ることはできない。


「……ふう」


耐えきれず、バルコニーの冷たい空気を吸いに出た。


「……何が社交界よ。バカバカしい」


握りしめたシャンパングラスが、微かに震える。


「……情けない顔だな。営業のエース様が」


聞き覚えのある声に振り返ると、そこには、なぜか給仕のフリをした扇山すずねが立っていた。


「すずね!? なんであんたがここに……」


「異動の前に、如月家の動向を探りに来たのよ。……それより、あの子の言いなりになって、黙って笑ってるつもり? 昔のあたしなら、今頃あの子のドレスに赤ワインをぶっかけてるわよ」


すずねは冷ややかに笑い、あたしの手に一枚のメモを握らせた。


「これ、会長が一番気にしている『裏の資産運用』のデータよ。……美玲の家、高橋家が裏で動かしている不透明な金の流れ。……使い方は、あんた次第よ」


「……すずね、どうしてあたしに……」


「勘違いしないで。……あたしは、自分を縛り付けたこの『古い世界』が、あんたみたいな無鉄砲な女にかき乱されるのが見たいだけよ」


すずねはそう言うと、闇に溶けるように去っていった。


会場に戻ると、ちょうど美玲が義之の隣で、親族一同に向けて挨拶を始めようとしていた。


「……本日は、皆様に大切なご報告がございます。義之さんと私、来月の——」


「ちょっと待ってください!」


あたしの声が、静まり返った広間に響いた。


美玲の表情が、初めて一瞬だけ歪む。


「……生稲さん、お行儀が悪いですわよ。今は私が——」


「美玲さん、おじい様に報告すべきことは、他にもあるんじゃないですか? ……高橋家が、如月家の名を借りて進めている、海外への不正送金の件について」


会場が凍りついた。


会長が、手にした杖を畳み付け、義之が目を見開く。


「……な、何を言っているの!? 根拠のない……!」


「根拠なら、ここにあります。……義之が守ろうとしているこの家を、あなたたちが食い物にしている。……それが、あなたの言う『相応しい』振る舞いなんですか?」


私は、美玲の目の前まで歩み寄り、彼女の左手のダイヤモンドを見据えた。


「私は泥臭い女ですよ。……でもね、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の。……美玲さん、あなたの負けよ。この半年、待つまでもないわ」


あたしは、呆然とする美玲を置き去りにして、義之の元へ歩み寄った。


「義之。……あたし、このドレス、やっぱり似合わないわ。……公園に、行かない?」


義之は一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに吹き出すように笑った。


「……ああ。行こう。……会長、失礼します。俺は、俺が選んだ『正義(じゃすてぃす)』と共に行きます」


義之が私の手を力強く引き、如月家の豪華な門を飛び出した。


後ろで美玲の絶叫が聞こえた気がしたけれど、もう関係ない。


夜の街を、ドレスの裾を翻して走る。


ガラスのヒールなんて脱ぎ捨てて、裸足で。


あたしたちの、本当の戦いは、ここから始まる。

第10話をお読みいただきありがとうございました!

ついに如月家の本邸で美玲の鼻をあかしたひとみと義之。しかし、これによって名門・如月家を完全に敵に回すことに……!


【次回予告】

第11話:孤立無援の戦場と、騎士の帰還

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ