ある盗賊の事情その一
悪い奴にも事情があります。
たたし、だれも忖度してはくれません。
娼館の用心棒~ルシア〜の第2話です。
バァンの予感はよく当たる。
それは自分に及ぶ危機に関することだ。
程度の差こそあれど首の後ろがチリチリするくらいから吐き気やめまいなどであった。
とくに、自分の生命がかかる場合などは、間違いなく奇妙な予感とともに、身体中に倦怠感が走り、行動すらまともにこなすことが出来なくなるほどになる。
前にも、まだ領主軍に兵士として徴収されていた時、この予感に苛まれ、出陣間際のドサクサに紛れて些細な揉め事を起こし、領主から営倉入りを言い渡されその出陣から逃れた事がある。
結果は、領主軍は大熊の討伐ということでの出陣だったが、地龍に出迎えられそれも三頭もの群で、領主を含む多くの僚友は帰ることがなく、わずかに生き残り逃げ帰った徴収された農民がそのことを報告してきた。残されていた領主の一族や領民は大いに混乱したが、あとの祭りであった。
逃げ出した一部の兵士達のあとを追いかけて来た怒り狂った地龍に攻め寄られ街は、ほぼ壊滅の憂き目にあった。
辺境において、地龍などの巨大な魔物は、災害でしかない。
バァンは、からくも営倉から脱出して逃げ出すことに成功していた。
多くの知り合いは、丸ごと地龍に飲み込まれ、食い散らかられ、岩を重ねて作られた砦や領主館は巨大な地龍の爪によりあまりにもあっさりとつぶされ多くの民が住む街は破壊尽くされ隅々まで壊滅させられた。
遠くからその様子を自身の目で確かめたバァンは、心からその予感に感謝した。
その後も、その予感に大小の差はあれどほぼ外れることはなかった。
領主軍からの逃亡は、左腕に付けられた焼印からいつかはバレる。
営倉入りになるようなことをしでかした身で、所詮は徴収された農民の一人である、扱いなどたかが知れている。
当然のごとく、バァンは裏側の世界の住人となった。
もう農民として故郷に帰るなどということはありえなかった。
多くの知人を失い、あまつさえ自分の兄もあの地龍によって失ったのだ。
たとえ田舎に戻ってもその扱いは知れていよう。
きっかけは、営倉で知り合った兵士の一人だったが、運が悪かったのかその男は盗賊としてやり始めた直後に、商人の護衛に斬られその傷がもとであっさりと死んだ。
商人たちの護送は大概が大規模な隊商を組んでいるため、その護衛もかなりの腕前を持つ者も多い。
そこでも予感は、バァンを助けてくれた。
その時は、朝から前日の酒が抜けず頭痛を抱えていて、足がもつれるほどで役に立たないと仲間内の頭から、「お前は分け前は無しだ。」と宣言され根城に放置されていたのだった。
商人への襲撃は曰く、美味しい仕事だったのではあったが、バァンは前日から微妙に首の裏側かチリチリと痛みどうにか翌日の襲撃をサボる口実を探っていたのだ。
こんな感じの時の対処法は、慣れたものである。
バァンは安酒をたらふくに飲み、やけにテンションを高く振舞っていた。
当然、二日酔いは激しく、行きたいというバァンの訴えはこっ酷くなじられ軽く痛めつけられた上で置いていかれたのである。
襲撃は完全に失敗に終わり、頭の一人は斬り殺され、多くの盗賊の仲間が捕らえられたり斬られたりして、わずか数人だけが逃げ帰ってきた。
逃げ帰った中に、バァンを仲間に誘った元兵士もいたが、案の定背中を斬られていて、逃げ帰ったその日のうちに死んだのである。
すぐに逃げ帰った根城は捨てられ、生き残った盗賊とバァンたちは別の根城に逃げ出して難を得た。
その後も大小様々な出来事がバァンを巻き込み、あるいは巻き込みバァンは予感を信じて今まで生き残ってきた。
地龍に出迎えられるほどの脅威ではなかったが、選択肢を間違えていたら何度も首が身体から切り離されていたことは、間違いのない事実である。
盗賊と呼ばれる裏側の世界の住人は、微罪でも捕まれば殺されるか鉱山送りにされるし、世界は人の認識を超える出来事があまたあり、こっそりと住み着いた人の営みなど小さな虫のように当たり前のように踏み潰されるのが現実である。
それでも、盗賊としての生活は慣れてしまえばそれ程悪いものではない。
食い物はなかなか潤沢にあったし、農民としての日々の大変な作業やつらい開拓、突然現れる獣との戦いもなく、様々な理由により身を持ち崩した女達も多くいて、商品である攫った女たちに手を出す必要がないくらい不自由することもない。
なにより例の予感に従っていれば、生命の危機から逃れることなど当然のようにバァンにはやって来ないはずである。
数多い"戦果"ゆえにバァンにはいつしかあまり嬉しくない二つ名が付いていた。
そうであっても生命あってのことである。
"臆病者バァン"
の二つ名は、不快ではあったがそれを理解していた仲間も少数はいてそれなりの立ち位置を得ることに成功をしていたのだ。
なにより、バァンがいるということは、裏稼業とはいえ生きていられるという免罪符のようなものであるからであり、ことに及ぶ前に多くの仲間がバァンの動向を確認するのがいつもの事になっていた。
そんな中で、それは起きた。
いつものように、手に入れた"商品たち"を奴隷商人や、盗賊相手の商人に渡りをつけ、それなりの対価を得た盗賊仲間は、一つの情報を得た。
秋の収穫を迎え、多くの街では商品が集まり税も当然のごとく徴収されていた。
これは盗賊達どころか、どこぞの子供でも知っていることである。
辺境に数多く存在する人の街の一つ、女神新教の教都のディバンもその一つで、教都などと大袈裟な名の割にはただの港街でしかないが、それなりの人が暮らし、周辺には小さな町が点在して、賑わいも捨てたものではなく、領主達が住む都や商都と比べれば差があろうが、辺境において中心的な役割を担っている。
当然、集まる税や、商品も数多くあるはずであり、それを守る軍も代官を置いてあり、兵も常駐しているはずである。
ただ、女神新教との兼ね合いもあり、領主は軍を最小限の数でまかなっており、代官を置いて政治を行なっていた。
それでも、数にして百人の兵士と政務を司る者も入れれば、二百人近い所帯でありその上、女神新教の教都ゆえの教徒兵と言われる教団の兵士も存在していて、とても大きいとはいえ盗賊ごときが狙える街ではない。
だが情報は、複数の伝手から教都の祭典のため、"女神信教"の本殿への"新教"の奉納がありほとんどの教徒兵が出席するために不在であり、春先に起きた王国の"不幸"のため代官が、副代官を執行官に命じ、貯め置いた税を納めるために常駐している兵の七割もの数を割いて、女神新教の教徒兵の集団と共に"森林越え"をして都に向かっているというものである。
当然"森林越え"である以上、これはやむを得ない行為であり、納付の税の過多からいっても仕方がないことではあった。
それでも秋を迎え、近隣からも街からも税は過不足なく集まってくる。
情報は、副代官が率いてかつ持って行った納付品の数々、ではなく残ったほうのことである。
代官は、政務と秋の収税を終え、代官屋敷の倉庫にその全てを収めている、かつ副代官が行ったあと、港街景気が突然のように湧出し、港街には人が集まり、臨時に集まってきた納付税も馬鹿にならない量になっているというのだ。
港街景気は、この謎大陸の名物でもある船舶の"濃霧移転"であろう。
多分、西側の国のどこかの船団が、商品を積んだまま"濃霧移転"に巻き込まれて、運良く内海に逃れられ、ディバンの港に入ってこれたため、膨大な商品や魚が悪くなる前に捌いた結果であろう。
内海に流れ込む大河のため、港街近隣だけは遠浅が多い内海の中でも大きな船舶が着けることが出来るくらい水深があり、"濃霧移転"に巻き込まれた船舶にとっては数少ない安全な港なのだ。
降ろされた荷の数々は、内浦の漁港で売り買いされ、協定により普通よりも少ないと言えど、莫大な金額が港街には落ちたことだろう。
それは、納付された税も同じである。
代官屋敷の倉庫の中には、想像を絶する量のものが、運び込まれ収まっているに違いない。
その上、それを守る兵士は普段の三割、政務を執る者も夜なら格段に少ない。
いや、兵士とて人間。
休んでいる者もいれば、用があり詰める事が出来ない者もいるだろう。
倉庫の中のものは、盗賊をやっていても十年は遊べるだけのものがあるはず。
盗賊団は沸き立った。
集めれば盗賊団とて百人以上はいる。
それに情報は生物だ。
当然、さっき知ったこととは言え、すぐに他の海賊や窃盗団にも流れるはずである。
盗賊団の頭連中は、即断した。
いつもなら、少しは気を使い様子を見るバァンへ、相談も気も配らず盗賊団全員に、かつ知り合いの山賊達にまで法外な報酬を約束して即刻押し入る決断を下した。
もちろんバァンにも、一時から付けている女を介して、絶対命令という形で同行を指示した。
バァンの顔色は、あまり変化なく、
「あー…。わかった。」
とだけ、いつものように女に伝え、いつもより少しだけしっかり武装をしろよと、女に伝え話を了解した。
わずかな病人や怪我人を除く全ての盗賊団が召集され、夜が更けるのを待って動き出した。
百数十人の盗賊団は宵闇を以外なくらい慎重にディバンの港街に山側から忍びだした。
"森林"を堂々と進める者がいないのは当たり前ではある。
ここには"主"がいる。
"主"は巨龍である。
奴を刺激したら、例え軍が万の兵を揃えても相手にすらならないのは、子供でも知っている常識である。
ただし、ほぼ寝ていてよほど騒いだり、敵対しない限りは"森林"でおとなしくしているという。
誰かが調べたわけでもなく人間の願望に近い事らしいが、暴れたという噂もまだ聞いた事はない。
とは言え、相手は龍であり、人智の想像の上の生物である。
いつ、突然暴れて盗賊団に牙を向けるやもしれない。
だが、盗賊団は気だけは、盛り上がりはやっていた。
いつもなら当然の如く、バァンをよく見ている数少ない知人や、バァンと情を交わした女達ですら、しっかりとバァンの様子を確認していなかった。
バァンは当たり前のように、盗賊団の中央付近を皆と供に少しだけ重装備で進んでいた。
気がはやる盗賊団の面々の中、よく見る者がいればバァンはいつもより冷静で、かつ慎重に進んでいるのに気がついたはずである。
(冗談じゃね…こりゃ、地龍三頭相手よりヤバいぜ、背中が悲鳴を上げている…。)
それが、バァンの正直な気持ちだった。
確とした意味もないことだったが、これまでバァンを死のアギトから引き上げてくれたのはこの予感だつた。
(絶対どこかで、抜けねぇと間違いなく死ぬレベルだ。でも逃げがバレれば、今ここで仲間にやられるのは間違いない。 相手が悪すぎる。 会ったこともないが"主"と正面からやり合うようなもんだ。)
目を皿のようにして、様子を伺いつつ盗賊団と供に進む。
女に「いつもより少しだけ重装備をしろよ。」と言ったのは、やはり情がなせるものである。
もしかしたら、生きて逃げられるかもしれない。
そう思ったから、ついつい余計な事とは思いつつ、女には言ってみた。
まず、無理筋だろうと思う。
女もすでに、欲に目がくらみ手に入れられるであろう数々の財宝に気が行っているのが、話を聞いただけで分かった。
かなり前に手に入れた、鉛や鋼をふんだんに使ったらしきゴツい鉢金を少しだけずらし直す。
緊張している。
頭を覆う皮の兜の鉄を入れた部分を手で触り、何度か位置を確認する。
仲間が通ったあとの草の折れ曲がったあとを、やけに慎重に音を立てないように進む。
この話が聞こえて来た時には、すでに頭がチクチクとしていた。
話が本決まりになった時には、首がひきつるように痛み、女から、
「すごい財宝がいっぱいあるのは間違いないらしいわよ。」
と聞いた時には、背中まで痛みだしていた。
なめした皮を三重に重ねた自慢の胸当てが、膝当てや肘当てに使っている鉄を挟み込んだ部分がやけに頼りなく感じる。
靴だって盗賊にしては特別製だと自負していたが、今はもっと逃げ足が速くなるような軽くて丈夫なやつにすればよかったと、本気で悩みだしている。
未知の恐怖というのは、いつも想像の斜め上にいる。
この予感を持っていても、決してバァンは真の強者という物の力というものを身体の何処かには感じることにしていた、安全弁だなんて思ったこともない。
無事に、まだ真の闇を迎える前に、ディバンの街の灯りが見える位置に盗賊団の先頭が着いたようだ。
暗く広い内海には、浅瀬の魚を捕る漁師の船が、魔導灯を吊して漁をしている。
港の方は所々に吊された灯りが照らしまだ明るいはずだ。
多くの飲み屋や食い物処、船乗りを誘う店々の灯りはこれからも稼ぎどきとばかりに明るいはずだ。
バァンの位置から街の灯りはまだ見えないが、盗賊団の面々が一番の難所を越えたらしく少しだけ弛緩した雰囲気からそんな様子が見て取られる。
腰に挿した短刀と、自分の主力の武器である手斧がやや頼りなく感じるのは、気の所為かもしれない。
盗賊団は、もう少しだけ藪を抜けて、代官屋敷のある丘の上の崖にある林まで出て、数刻待って行動するはずだ。
そこで、軽く齧りものを取り、水や薄めた酒を含み、気分を高めていく。
そこから一気に降りて、屋敷や倉庫に突入する。
下手に偵察をだして警戒されないように、今回は全て一気にやる予定だ。
仲間にはこの街の地理に詳しい者もいるはずだ。
奪った後の登り口や、もしもの際の逃げ口もわかっているはずだ。
バァンも一度だけだが、この街に来た事がある。
坂の多い、石畳が敷き詰められた手の込んだ街だった。
奪って得た金で、誘われて遊びに来たのだった。
辺境の街というが、バァンが知ってる街ては一番大きな街である。
食い物も酒も美味い物が揃っていて、女も綺麗処が多くいた。
女神新教の教都という割には、やけに砕けた街であった。
名物は、内海の一番端にある岩山で、そこには女神の像が掘り出されている。
幾年もの年月をかけて掘り込められた物だろうか、街を見渡すように岩山と供にそびえているという。
残念なことにバァンは遊びに来たのも夕時に着いたわけだったし、出たのも翌日の夜だったため見る機会がなかった。
そして今も暗闇の中だ。
盗賊団の先頭が崖に到着して、待機し始めているようだ。
バァンたちも、慎重に進み所定の位置に着くことが出来た。
盗賊団にしては、充分統率のとれた集団だと思う。
各々に飲み物や齧りものを手に出すあたりはやはり盗賊だろうと思わざるをえない。
バァンも背の高い草の中に膝を曲げてしゃがむ。
背の背嚢から水が入った筒を取り出し、少しだけ喉を潤す。
その瞬間、背後の高い木の上に獣の気配を感じた。
夜でも活動する獣や魔物は多くいる。
高い枝の上に居るであろう獣は、集団でいるものは襲わないと言われている。
はたしてそれが事実かどうかはわからない。
暗闇ゆえに獣の姿も形も鳥なのかもわからない。
だから気にしないようにすることにした。
数刻が過ぎ、明け方近くまだ暗い時分になったら突入するだろう。
打ち合わせ通りに崖を降りたら屋敷や倉庫に向かうはずだ。
……そうしたら、俺は逃げ出す。
躊躇はしない、こんな化け物相手にかかるなど以ての外だ。
ひたすら、逃げる。
それが俺のやり方だし、そうして生きてきたのだ。
地龍三頭より恐怖を覚える相手など、まともに相手をしてはいけないのだ。
バァンは、誰にでもなくそう誓った。
襲われることが罪だとほざく奴がいます。
ほざいているだけです。




