第22話 巫イチコ(5)
なんでミサキはこんな男のことが好きなのかしら?
間抜け面で眠る目の前の大和タケルを見下ろしながら、私は大きな溜息をついた。
ここは私の家の客間。
気を失ってしまったこの男をここまで運んで来て寝かせているのだ。
まったく、情けないったらありゃしない。
1度や2度吹っ飛ばされたくらいで気絶してんじゃないわよ。
まぁ、最後に止めを刺したのは私なんだけど……
そりゃあ、一応命の恩人(?)だし、弱いなりにあの化け物に果敢に立ち向かった勇気とかは認めなくもないけど。
「うぅ……ミサキちゃん……」
大和タケルが気を失ったままうわ言のようにミサキの名前を呼んでいる。
しかも図々しく下の名前で!
なんだ、こいつもミサキのことを好きなんじゃない。
押しに弱いミサキが他の男に流されてしまわないように悪い虫を排除してたけど、この男の気持ちに関してはノーマークだったわ。
っていうか、両片思いだなんて今時あり得ないんですけど。
つまり、この男は私を助けに来たんじゃなくて、あくまでもミサキのことだけを心配して来たってことよね。
命がけで私達の盾になろうとしたのも、単にミサキを庇っただけだったわけか。
……なんか腹が立ってきたわね。
今のうちにもう一発ぐらい殴っておこうかしら。
「イチコ……ちょっといいか?」
不意に後ろから声を掛けられ、私は思わずビクっと身体を震わせた。
振り返ると妙に暗い表情のベルとミカエラの姿があった。
ちなみに2人の姿は元(って表現していいのか分かんないけど)の人間の姿に戻っている。
「……タケル様、まだお目覚めになりませんの?」
ミカエラの様子がちょっとおかしい。
大和タケルのことを心配しているんだろうけど、どちらかというとまだ目覚めてほしくなさそうに聞こえる。
こんなことになった責任もあって私が介抱してたわけだけど、正直代わってもらえるなら代わってほしい。
けど、ミサキのためにもこのコは近付けない方がいいのかしら。
っていうか、その肝心のミサキは何してんのよ?
なんか向こうの物陰から様子を窺っているような気配は感じるけど……
「……イチコ?」
「え、ああ、何かしら?」
ベルは変わらず暗い表情のまま、何か言いにくいことを言おうとしているかのようにもごもごと口ごもっている。
「……わたくし達、お別れを伝えに来たのですわ」
いつまでも切り出そうとしないベルに痺れを切らしたように、ミカエラが衝撃的な発言をした。
お別れって、一体どういうこと!?
「……アタイら、人間界で“力”を使っちゃいけないことになってるんだ。それを破ったから、もうこっちの世界にはいられない」
ベルが一層沈んだ表情でミカエラに続いた。
「……それなのに私を助けるために?」
2人の暗い表情を見たら、物凄く申し訳ない気持ちになってきた。
ベルはまだしも、大して仲が良いわけでもないミカエラまで、私を助けるためにそんなリスクを冒したなんて。
「それはお気になさらないでくださいな。たとえ信じる神は違っても、困っている人を見捨てては天使失格になります」
まぁ、それはそうなのかもしれないけど……
「そうだぜ。別にイチコのせいなんかじゃねーよ。だいたい、あの馬鹿はアタイらの身内みたいなもんだったんだ。アタイの方こそ、イチコに謝らねーと……」
やっぱりそうなのね。
でも、あの悪霊とベルが同じようなものだとは到底思えないけど。
「本当は人間に悪さするような悪魔なんて、今はほとんどいやしねーんだ! アタイだってイチコのこと、大切なダチだって思ってる! だから……だから……アタイらのこと、嫌いにならないでくれ……」
今にも泣きだしそうに声を震わせるベルに、思わずこっちまでぐっときちゃった。
自慢じゃないけど、友達と呼べるような存在なんてミサキぐらいしかいないのよね。
だからこんなにも真っ直ぐに想いをぶつけられることに慣れてないのよ。
「……馬鹿ね、嫌いになるわけないでしょ。アンタは私の恩人なんだから」
私、こんなキャラじゃなかったと思うんだけどなぁ。
自分でも気付かない内にベルに情が湧いてたみたい。
それなのにこれでお別れなんて……!
「イチコ……っ!」
ベルが泣きながら抱き付いてきた。
何だろう、この安っぽい青春ドラマみたいな展開……
まさか自分がこんなクサイことやるなんて思ってもみなかったわ。
「ベル、そろそろ行きますわよ」
私の胸で泣きじゃくるベルを促すようにミカエラが立ち上がった。
彼女は彼女で、無念そうな眼差しを大和タケルに向けている。
「ちょっと、もう行くの? こいつにお別れ言わなくていいわけ?」
てっきりミカエラの方はそのためにここに来たんだと思ってた。
ミサキのためを思ったらこのまま行かせた方が良かったのかもしれないけど、さすがにそこまで冷酷にはなれない。
それはそうと、なんでこの状況でこの男は呑気に間抜け面浮かべて寝てるかな!
「ちょっと待って。今からこの馬鹿叩き起こすから」
「あっ、いえ……いいんです。確かにタケル様にお別れをと思いましたけれど、やはり直接伝えるのは心苦しくて……」
……そうか、このコも本気でこの男のことを想っていたのね。
普段からグイグイ迫ってはいたけど、どうもそれが逆に嘘っぽく感じてたのよね。
ベルとの勝負のためにこの男を落とそうとしてただけだと思ってたけど、どうやらそうじゃなかったみたい。
やっぱり私にはこういう色恋沙汰は向いてないのね。
なんでこの男がそんなにいいのかさっぱり分からないし。
……あれ?
そういえばこの2人の勝負って、天使と悪魔の代理戦争じゃなかったっけ?
勝負が流れたら、人類を巻き込んだ全面戦争になるとかならないとか……
「その点ならご安心ください。今回の事でわたくしも悪魔に対する見識を改めました。確かに邪悪な存在も多くいるみたいですが……」
ええ、今さっき殺されかけたものね。
「その一方でこのベルのように、友人のために自らを犠牲にできる者もいるのだと分かりましたわ」
それは私も驚きだわ。
悪魔とか悪霊って聞くと、ぜったいあっちの方のイメージだものね。
まさか悪魔が神社の娘を助けに来るなんてね。
しかも、最後の最後で私達の命を救ったのが魔王って……
「アタイも、まぁ……今さらこいつと殺し合いする気はねえよ。一緒にルール破ってまで手ぇ貸してくれたわけだしな」
ベルは何だか照れくさそうに頭を掻いた。
本当に悪魔なのかしらこのコ。
「では……もう本当に行かねばなりませんので」
ミカエラが立ち上がる。
それに合わせてベルも立ち上がった。
まだ名残惜しそうにしているが、本当に時間がないのだろう。
「待って。あの、本当に……ありがとう。2人のおかげで私も、おじいちゃんも死なずに済んだわ」
命の恩人だというのに、随分あっさりしたお礼の言い方だと自分でも思う。
本当なら地面に頭を擦り付けても足りないくらいだというのに。
どうも私にはコミュニケーション能力というものが欠けているようね。
「礼なんていらねーよ。ダチを助けるのは当然の事だろ?」
それなのにベルは私の事を友達だと言ってくれる。
良くも悪くも悪魔に好かれる体質なのかしら、私って。
「そうですわ、お礼には及びません。邪悪なるものから人々を護るのが我らの務めです」
あ、こっちは友達だとは言ってくれないのね。
まぁ別にいいけど……
「じゃあな、イチコ。短い間だったけど、人間の生活も楽しかったぜ」
そう言ってベルはミカエラと並んで部屋を出て行った。
その背中は何となく「見送りは無用」と言っているように見えた。
「……さて、と。ミサキ、いつまでコソコソと隠れてるつもり?」
2人が部屋を出て行って、しばらくしてから私はふすまの向こうに隠れているはずのミサキに声を掛けた。
姿は全く見えないけど、多分宙に浮き上がるくらいビクってなったわね。




