第21話 大和タケル(9)
ベルに止めを刺そうとする化け物に、俺は勇敢にも立ち向かった。
いや、自分で言うのもなんだけど。
「邪魔だ、雑魚が」
けど、驚くほどあっさりと吹っ飛ばされてしまった。
当たり前っちゃあ当たり前なんだけど、やっぱり俺なんかじゃ敵わなかったか。
「くっ……ベル、逃げろ……!」
化け物の攻撃を横っ腹に受けて、息も絶え絶えになりながらもベルに必死で呼びかける。
でもベルは気を失ったままピクリとも動かなかった。
そして俺もなんだか意識が朦朧としてきて……
……気を失っていたのはほんの一瞬のことだったと思う。
物凄い衝撃音と光で目を覚ますと、化け物がこちらに背中を向けて何かやっているのが見えた。
「くっ……! 駄目……これ以上抑えられない……っ!」
これはミカエラの声!?
どういう状況か分からないけど、なんかヤバそうだ。
でも絶好のチャンスでもある気がした。
「うぅおりゃあぁぁ!!」
あちこち痛む身体を無理やり起き上がらせると、がら空きになった化け物の背中に力の限り刀を突き立てた。
化け物が苦しそうに唸り声を上げる。
やったぞ!
俺、化け物を倒しちゃっ――
「この……雑魚めがぁ……!!」
って、倒せてないじゃないかっ!!
ヤバっ……俺、死ぬかも……!
「よくやったぞ、若いの! はあぁぁ!!」
そこへ飛び込んできた爺さんの声。
何をしたのかよく分からないけど、目が眩むような青白い光が化け物の身体を包み込み、そして一気に弾け飛んだ。
やがて光が収まると、化け物はただの真っ黒な塊となっていた。
これで終わったんだと、ほっと胸を撫で下ろす。
「タケル様! ご無事でしたのね!」
ミカエラ!?
その姿……天使だよな、やっぱ。
ベルのは何か可愛らしい小悪魔って感じだったけど、天使の姿になったミカエラは、その……もの凄く綺麗で……
マズい、ミカエラが眼に涙を浮かべて今にも抱き付こうとしている。
今この状況で抱き付かれたら、さすがの俺もどうにかなっちゃうぞ!
「ちょっ……ミカエラ、ストッ――」
慌ててミカエラを制止しようとした俺の視界の端に、消し炭になったはずの物体がピクリと動くのが見えた。
それはみるみるうちに元の形へと姿を戻し、鋭く尖らせた腕を巫に向かって一直線に伸ばした。
「――っ! 危ない、イッチャン!」
化け物の突然の復活に、誰もが瞬時に対応できなかった。
そんな中で、いち早く巫の危険を察知したのはミサキちゃんだった。
身を投げ出すように巫に覆い被さったミサキちゃんの背中に、化け物の容赦ない攻撃が迫る。
「ミサキちゃん!」
そこからは全てがやけにスローモーションに見えた。
俺はミサキちゃんを庇おうと、2人の前に身体を滑り込ませた。
辛うじて間に合ったものの、間違いなく死んだな俺……
短い人生だった。
こんなことならミサキちゃんにちゃんと告白しておくんだったよ……
「大和君!」
ミサキちゃんの悲鳴が背中から聞こえる。
大好きな女の子の盾になって死ねるなら、それはそれで格好いい最期かもな……
今にも訪れるであろう“死”の恐怖に、ぎゅっと固く眼を瞑る。
しかしいつまで経ってもその瞬間は来なかった。
いや、いくら今際の際でスローモーションになってるからって、ちょっと焦らし過ぎじゃない?
どうせ死ぬんならさっさとしてくれよ!
……あれ?
本当に何も起こらないぞ。
固く瞑った眼をそっと開けてみる。
化け物の繰り出した腕が、俺の身体の寸前で止まっている。
そしてその化け物はというと、何も無いはずの空間に突如現れた穴から伸びた巨大な手に頭を鷲掴みにされていた。
「ぐっ……げぎゃあ~……っ!」
化け物が苦し気に悲鳴を上げる。
巨大な腕に持ち上げられ、宙に浮いた足をばたつかせていた。
「貴様……ワシの娘に何さらしとんじゃ~~~!!!」
空間に開いた穴が大きくなっていき、化け物を掴んでいた腕の正体が顔を覗かせる。
それはいつか夢で見た、黒々としたいかつい格好のおじさん(第1話参照)だった。
それまで戦っていた化け物が可愛く見えるほど、オーラというか迫力が半端ない。
「おっ、親父!?」
ベルが叫ぶ。
ベルの親父ってことは……あれ魔王か!?
まさか地獄の大王様を生で見る日がくるなんて……
「魔王の娘に手ぇ出してタダで済むと思うなよ。この落とし前はきっちり付けちゃるけぇのぉ!」
こ、怖い……色んな意味でっ……!
やたら巻き舌で凄んだ魔王にぎりぎりと頭を握り締められ、化け物が泡を吹きながら痙攣している。
そしてそのままゆっくりと穴の中に引きずられていった。
「こ……今度こそ終わったんだよな?」
異空間へ繋がる穴が完全に閉じると、辺りはしーんと静まり返っていた。
あまりの出来事に皆言葉もなく呆然と立ち尽くしている。
まぁ、何はともあれ……あれ?
なんだろう、視界がぐらぐらしている。
そういや、化け物に2回、その前にはベルにも1回吹っ飛ばされてんだよな。
それとついさっき死にかけた反動で、緊張の糸が完全に切れてしまった。
「大和君!」
ああ、ミサキちゃんの声が聞こえる。
朦朧とした意識の中で声が聞こえた方へと身体を向けた瞬間、膝が体重を支えられなくなって――
――むにゅ。
その場に前のめりに倒れそうになった俺を、何か柔らかいクッションのような物が受け止めた。
何だろう、この柔らかくて温かい感触。
さっき触ってしまったミサキちゃんの胸の感触に似てるけど、それよりも大きくて弾力があるような……
「……いい度胸してるわね、大和タケル」
頭のすぐ上で巫の声が聞こえる。
まるで冷水を頭からぶっかけられたように、朦朧とした意識が一気に覚めた。
俺が顔を突っ込んでいたのは、なんと巫の胸だったのだ。
「うわあっ! ご、ごめん巫!」
慌てて飛び退いたが、時すでに遅し。
巫の冷たい視線に、俺の背筋は凍り付いた。
あ、今度こそ俺、死んだかもしれない。
「おいおい、若いの。確かにイチコのおっぱいをくれてやるとは言ったが、もうちょっと節度ってもんがあるじゃろ」
「ち、違う! 俺は別に――ぶべらっ!」
爺さんの勘違い発言を訂正しようとした俺の顔面に、巫の右ストレートがめり込んだ。
綺麗な放物線を描きながら宙を舞う俺の身体。
この力があったら化け物にだって勝てたんじゃねーの?




