神様は仕事(サボり)上手
「ふぅ、すっきりしたぁ!」
風呂から上がった俺は冷蔵庫から冷水を取り出すとぐびっぐびっと喉を鳴らして飲んだ。
(くぅ~、これこれ!やっぱ風呂上りに一気飲みすんの気持ちいいよな!)
人心地がつき、給水までした俺はよっこらとスマホを立ち上げる。
先ほどのアップデートでクエストボードがどう変わったのか、見定めることにした。
『現在の依頼件数:289件』
(…?どういうことだ?こんなに依頼件数がある…ならここから選べばいいってことか?)
表示された件数の多さに驚いた俺は、更に驚くことになる。
(あれ?なんで依頼が出てこないんだよ。289件もあるってさっき出てたじゃんか)
焦りながら俺は更新ボタンを何度も押した。
(なんで…なんで依頼が出てこないんだ…!クソアプデだったってことか…?)
『えへへ~、ごめんね~。みんなインストールさせたら依頼も集まったけど、受注者も増えちゃったんだ~』
…
……
………
こんのクソ神~~~~~~!!!!!!!
怒りを露わにしても、きゃははと楽しそうな声が返ってくるだけだった。
俺は乗り遅れたんだ。
クエストボードという波に…風呂に入ってる間にこんなことになるなんて、誰が予想できるってんだよ…!
『キミが悪いんだよ~?仕事中に目を逸らしちゃダメってことさ~♪』
(なるほど、このクソ神は全部わかっててあのタイミングを選びやがったんだな)
苛立ちがキャパを超えた俺は逆に冷静になり、この状況を逆手に取れないかと思案し始めた。
そして一攫千金を目論むなら、この神からデバッグ代を毟り取ってやらなきゃならないことに気が付いた。
「なぁ、神様。さっき言ってた温泉には入れたのか?」
『え?うん!とっても気持ちいい温泉だったよ!確か下呂温泉だったかな?』
このクソ神は短時間に岐阜まで行ってたらしい。神様なら何でもアリってか?この野郎。
「いいッスね!下呂温泉、俺入ったことなくて…気持ちよかったですか?」
『すごく良かったよ…!熱すぎずちょうどいい湯温だったね!見てみて!お肌テュルッテュル♪』
「まぁ俺には神様は見えないし肌に触れることもできないから知りませんけどね。俺のお陰で入った温泉はさぞ気持ちよかったでしょうね」
吐き捨てた俺の言葉の棘に気付いたのか、神様があっと声を上げる。
『そうそう、忘れてたよ!キミがクエストボードを実現してくれたからボクは温泉に入れたんだよ!すごく感謝してる!お礼に、キミのために稼ぎやすいクエストをいくつか用意したんだ!一度見てみてくれ!』
必死に、それはもう真剣に慈悲を期待するような声で神が懇願し始めた。
『お願い…だからチクらないで…どうせキミが震源地だ。バレたら大神様はキミに尋ねられるに違いない…間違っても「何もしてないクセに俺に仕事を押し付けて温泉に入りに行ってました~」なんて密告されては困るんだよ…!』
この神様、本当にバカなんじゃなかろうか…
(機密情報なんじゃねぇの?大神様の存在とかさ。こういう転生物であるあるだろ。しかも取引を持ち掛けようとしてる俺に弱みを見せつけるなんて…どうなっても知らねぇぞ)
「じゃあ神様がそこまで仰ってくださるなら~。今回のアイデア代とデバッグ報酬、もらえませんか?」
『わかった!!言い値で払ってやろうじゃないか!!ただし、ボクがお金を出すのはちょっとやばくって、流石にそれはやりすぎっていうか?ほら、神様がお金作っちゃったら出所疑われちゃうでしょ?』
この神、こちらの世界を理解している。
だからこそ俺のこの要望も通るはずだ…!
「ふむ。それなら役所に俺専用の依頼を設置してください。もちろん支払いは役所払いで。それができるのが神様なんですよね?だって偉い人なんでしょ?」
『あ、あぁ!もちろんだともさ!だからそんな目で見ないでくれ…頼むからぁ…』
頼りない声で俺に泣きついてきた神様は、『神クエ』なるものを立ち上げてくれた。
どんな依頼なのかと思えば、しっかりと今回のデバッグについて報酬にしてくれるとのことだ。既に終えているのでCLEARとなっている。
(わかってるじゃないか、まさか知らないフリをしていたわけでは…?)
背後からゴゴゴゴゴゴゴと音が聞こえてきそうなほど威嚇した俺に、『ちゃ、ちゃんと報酬も弾むようにしてあるからぁ!』と泣きついてきた神が言った報酬を確認してみた。
『200人の利用を観測で成功報酬50万円』
マジか。ずっと本業の収入を超えられなかった俺は、初めて副業でここまで稼ぎを出した。
といってもこれは継続報酬ではない。今回のデバッグに対しての報酬でしかないわけだ。
あぶく銭のお陰で冷静になれた俺は、神にもう一つお願いすることにした。
「神様はどうしてクエストボードを作ったんだ?」
まぁこれまでの神の発言でだいたいは割れてるんだがな…
『えー?簡単だよ~、それがボクのお仕事だからさ☆』
「きっしょいから星出すなキモイ」
『キモイだなんて!!ひどい!!』
「で、神様のお仕事ってのを具体的に教えてくれませんか?コミットさせたいんで」
『おっ、更に貢献してくれるの~?うれしいなぁ!』
…こんのクソ神、嘘つけ。最初から利用する気満々だったじゃねぇか。
と顔に出ていたらしい。
『キミ、ボクの扱い酷くない!?』
「仕方ないッスよね、これからも俺にクエストボードのアプリは預けておいてサボろうとしてたんですから」
ギクッ
なんか効果音が聞こえたなぁ?
本当に分かりやすい神だな。こんなんで下界?探索してて大丈夫か。絶対どっかでボロ出すだろ…
天使クンってのが監視についてるっぽいから、下界に降りるのも禁止してそうだけどな。
「俺、神様にこんなに貢献してるのに、お付きの方に怒られちゃうんですかね?はぁ、ショック~」
ここが神のウィークポイントと見定めた俺は、がっくりと肩を落としてみせた。
『あっ、そ、そんなことないよ!ボクの方からお願いしてるってちゃんと天使クンには伝えておくからさ!』
「そんなことしたら俺、その天使サマの観察対象になっちゃいません?」
『はうあ!そう!そのことなんだけど、ひとつお願いがあって…』
「なんすか?」
内心キターーー!!と思っていることは隠しながら、神のわかりきったお願いを促す。
『天使クンが来た時に、ボクが温泉に行ったことを内緒にしててほしいんだ…』
心なしか小さく見える神様に、
「で?見返りは?」
と容赦なく次を促す。
『もちろん!内緒にしててくれるなら、ボクの加護をキミに授けようと思うんだ!なかなかいないよ~?神様に直接加護をもらえる人間なんてさ♪』
「その加護ってなんなんですか?場合によっちゃ、それって更に天使サマに監視されちゃいません?」
『まぁ天界の目印としても使ってるんだけどさ、この加護があればキミが今まで遭った不幸な巡り合わせを止めてあげることができるよ!逆に良い人間と巡り合わせるようになっていくんだ!』
ん?こいつ、俺が今までどんな目に遭ってきたのか知ってるのか?
『キミの背中に、こんなアザが出てたりしないかな?それが不幸の連鎖を生む魔法陣になっていて、ボクはそれの調査に降りてきたんだよね』
「いや、背中なんか普段見ないッスよ…しかもアザ?ってどんな…」
言い終わる前にイメージを脳に直接叩き込まれたようだ。
目の前が白く霞んで、頭が夢の中のようにふわふわとする。
『蛇が自分の尻尾を齧ってる、通称ウロボロスの環だね。聞いたことないかな?』
「聞いたことあるも何も、マンガの世界じゃ有名なマークじゃないですか…!なんでそんなものが…確か死と再生を意味するとかなんとか…」
『そう。通常、ウロボロスの環を刻むということは、世界の不幸値が極端に上がりすぎることを防ぐために生け贄に施すものなんだ』
「は?生け贄?」
『本来ならそれはまだ先。世界の不幸値はまだまだ耐えられる状態だったんだ。それをとある悪魔が遊び半分で天使を誑かし、人間に施させたんだ。それも、適当に選んだ人間にね。キミのこと探すの大変だったんだよ~。何しろ、悪魔が直接キミに接触してたんだからね。隠蔽魔法もご丁寧にかけちゃって、10年もキミを探してたんだから』
「10年ってことは…」
(待てよ、美菜に出会ったのも10年前じゃないか?まさか美菜が悪魔だった…?)
さーっと血の気が引いていくのを感じた。
『あっ、大丈夫、今回の悪魔は捕まえてるよ!尋問した時に言質も取ってる。悪魔と人間でも交尾したら子供ができちゃうんだけど、林クンは避妊対策万全だったからどんなに誘惑魔法使っても靡かなかったって、それが面白くてつい長い間遊んじゃったって言ってたよ~♪』
(何が大丈夫なのかと思えば、そっちの話かよ!
確かに避妊はしてたから大丈夫とはいえ、美菜が時折良い匂いさせてたり露出度の激しい下着を着たりしてたのはそういうことだったのか…)
そう思うと更に血の気が引いて、あの時気分に流されなくて良かったと自分の理性を褒め称えた。グッジョブ、俺。
『天界は今回のことを補填するために、キミに幸運を授けようってことになったんだよね。そしたらちょうど運悪く変なのに絡まれてるみたいだったからさ~、自制して飛び込まない賢い子なら、望む物をひとつ与えようかなって思ったんだよね~♪』
なるほど。この神も人で遊んでたわけだな。悪魔と性根は変わらないじゃないか!
『そんなこんなで、普段ボクの仕事である地球の不幸値を可視化するってのと一致したのもあって、キミに直接接触を試みたってわけさ☆』
「だから星はキモイっつってんだろ、やめろ」
『またキモイって言った~~~!!』
「わざとらしく泣いてんじゃねぇ!要は俺をおもちゃにして遊びながら、自分の仕事を一任して自分はサボろうってことじゃねぇか!」
『『『ごもっともです』』』
ーーー眩い光が突然1Rのアパートに降り注ぐ。
神様は林のことを「賢い子」と言っていますが揶揄です。
というか騙される時点で賢いと思っていないのでバカにしています。それでも気付きを持って省みることができる子、という意味で「賢い子」を使いました。
気付いても後がないと振り返らず、己を省みない人はたくさんいますからね。
あの時点で戻ってこれた林は、何にでも飛び込むタイプだからこそ急ブレーキをかけられるメンタルの持ち主でもありました。




