第192話 先輩の言葉 そして始まる 春大会3
みんなが集まり、いよいよ春大会が始まる。
市民会館の前には、開場を今か今かと待つ高校生が溢れていた。
まるで一種のお祭りのようだった。
だというのに、俺の心には焦燥感が募るばかりだった。
分かっているんだ。さっきの椎名の言葉は演劇部員として、そして先輩として仲間や後輩に心配かけないようにするための言葉だって。
大会に集中する。それは間違っていない。
けど、けどよ! 椎名! お前はそれでいいのかよ!
今すぐに問いただしたかった。
しかし、状況がそれを許さなかった。
楽しそうな仲間やどこか緊張している池本や金子を見ると、事を荒立てなくない椎名の気持ちが痛いほど理解できてしまった。
我ながら矛盾している。
「はいはーい! では全員集まったので朝礼を始めます! おはようございます!」
駐車場の隅に集まった俺たちは輪になった。轟先輩が元気よく号令をかける。
色んな気持ちを抑えながら、俺は現実を見る。
それぞれの思いを胸に返事をする。
『おはようございます』
「うんうん。いい返事だ! さて、気分の昂っている者、緊張している者、楽しみで仕方ない者。人それぞれだと思います。ですが! 基本的な事を忘れてはいけません! 他校やホールの人には礼儀良く、マナーを守ること! そして観劇するのも勉強です。桑橋高校演劇部として恥ずかしくない行動をするように!」
『はい!』
部長としての轟先輩の言葉に自然と背筋が伸びる。
浮かれて忘れがちだが、これは部活であり、学校行事の一環だ。
そんな基本に立ち返っていると、轟先輩が話を続ける。
「私たちの劇は今日の三番目、お昼後です。一番初めの劇が終わったら移動しますので、気を抜かないように! そして行動はてきぱきとね! ……もうすぐ時間なので一言ずつ。二年生! 期待しています! 一年生! どうか楽しんで! それでは、ハブアグッドデイ!」
満面の笑みで轟先輩はそう言った。
楽しんで。そう言われたはずなのに俺の心は、先輩たちとの最後の劇だ、と寂しさを叫んでいた。
「……開場の時間だね」
「よし! じゃあ行こうか!」
木崎先輩が時間を教えてくれた。それを受け、轟先輩を先頭に移動を始める。
すると、津田先輩が俺の横にやってきた。
「杉野、随分と困っているじゃないか」
「……分かりますか?」
「そりゃお前、分かるわ」
軽く笑いながら、津田先輩は俺の背中をポンっと叩いた。
他のみんなは数歩先を歩み、俺と先輩の話は誰も聞こえない距離まで開いた。
「お前さんは時折ナーバスだからな…………けどな。一ついいか?」
「何ですか?」
「オメーは主役だろうが」
真剣な顔が、力の入った声が、俺の心臓を貫いた。
予想外の言葉に、俺は思わずその場で止まって津田先輩の顔を見る。
「お前が下向いているだけで、士気が下がるんだよ」
「それ、は……」
津田先輩も立ち止まり、俺を睨みつける。
返すことができなかった。
その通りだ。そんな当たり前のことを俺は――。
「なんかあったのは分かる……でもな。お前はみんなに期待されているんだ」
「期待、ですか?」
「ああそうだ。みんな本気で杉野がいれば何とかなるって思ってんだよ」
「そんなことは」
「ある。だから胸張って前向け。辛くても困っていても、虚勢ぐらいは張れ。役者だろ」
そう言って、今度は俺の肩をポンっと叩いた。
俺の心臓を貫いた言葉が、優しく体中を巡る。
忘れていた本質を思い出させてくれた。
いつだってそうだ。友達が道標を示してくれて、先輩たちが歩き方を教えてくれる。
先輩になったところを見せたいのに、俺はずっとこの人たちの後輩だ。
「ありがとうございます津田先輩」
「よせよ、照れくさい。さ、行くぞ」
俺の言葉を聞いて、表情を見て満足したのか、津田先輩は歩き出した。
それに続いて、俺もホールへと入場する。
中を見渡すと入って左奥の方にみんなが集まっていた。
ちなみに高校演劇の大会ではそれぞれの高校ごとに場所が指定されている。
津田先輩は他の先輩たちのいる奥の方へと行った。
俺は樫田たちの方へと近づく、すると大槻と山路が話しかけてきた。
「お、来た来た……なんだ、大丈夫そうじゃん」
「だねー。津田先輩に発破かけられたー?」
「まぁ、そんなところだ」
俺がそう答えると、二人は安堵したのか笑顔になった。
どうやら、心配かけてしまったようだ。
「心配して損したぜ」
「頼むよ―、もう本番なんだから―」
「分かっているよ」
そんな二人の声を背に、樫田の横に俺は座った。
樫田はパンフレットを見ていたので、何気なく聞いた。。
「始めってどこだっけ?」
「……一校目は陰松だな」
「そっか……」
陰松高校は、駅であった桜井さんが所属している高校だ。
そして昨年度、秋の地区大会を突破した高校でもある。
この地区じゃあ一番の強豪校だろう。
そんなことを思っていると、後ろから大槻が話しかけてきた。
「陰松ってアレだろ、ほら樫田の、あの、名前何だっけ?」
「桜井さんでしょー。駅で陰松が集まっているのをちらっと見たよー」
「そうか。まぁ、お手並み拝見だな」
「何で上から?」
表情こそ変わっていないが、俺はどことなく樫田が内心穏やかでないように感じてならなかった。
それを知ってか知らずか、大槻たちが話を進める。
「いきなり、本命って感じだな」
「だねー。どことなく、他の高校も注目しているっていうかー」
「そうなんすか?」
山路の横に座っていた金子が、興味を示して話に乗ってきた。
そのまま大槻と山路が、陰松高校について説明をする。
俺はこっそりと樫田へ話しかける。
「……樫田」
「俺は大丈夫だ。お前の方はどうだ?」
「……分からない。けど、迷ってもいられない」
心配したつもりが、逆に心配された。
俺の答えを聞いて、樫田が何かを言おうとしたとき、ホール中に声が響いた。
それは、春大会の始まりを告げる声だった。
みんな静まり返り、マイクを持って舞台上で注意事項を述べる教師の言葉を黙って聞いていた。
遂に、春大会が始まるのだった。




