第189話 言葉じゃ届かぬその想い
「……どういうことかしら」
「言ったままの意味」
当然だろうと言わんばかりに、さらっと答える増倉。
椎名が一人一人の表情を見渡していく。
重い沈黙が流れる。そして、再度椎名が問う。
「私の何が変だっていうの」
「本当に自覚ないんだ……教えてあげる」
「おい、増倉」
「止めないで杉野。これは必要な事でしょ?」
その言葉に、俺は固まってしまった。
たぶん、心のどこかでは分かっていたのだろう。そのことを真正面から言えるのは増倉しかいないことに。
そして、テーブルを挟んで二人が向かい合う。
「はっきり言葉にしてあげる。香奈の性格も演技も気持ち悪いぐらい中途半端ってこと」
「ずいぶんな言いぶりね……」
「言うだけ感謝してほしいぐらいだけどね」
挑発する増倉をじっと睨む椎名。
他のみんなは固唾を呑んで見守っていた。
「私のどの辺が、中途半端だというのかしら」
「香奈。自分で個人賞取る気ないでしょ」
その言葉に一瞬椎名は驚いたような表情になったが、すぐに真剣な表情に戻る。
対して核心を突いた増倉は飲み物を一口飲んで、すまし顔だった。
「そんなつもりはないわ」
「嘘。諦めているのが演技で分かるもん」
「……」
増倉の言葉を確認するように、椎名はみんなの顔をうかがう。
そして、他のみんなもそう思っていることを察したのだろう。
怒気が徐々に増していったのだろう椎名の醸し出す雰囲気がとげとげしくなっていく。
「みんな心配してたってわけ」
「なら、それは杞憂よ。私は諦めてなんていないわ」
「口では何とでも言えるけどね」
「止めて頂戴。こんな時に喧嘩をしたくないわ」
「そう! それ! 前の香奈なら売られたらどんな喧嘩でも買っていたのに、今は冷静すぎる」
「……だとして、何が悪いのかしら」
「気づいているんでしょ。それで演技に支障が出ているって」
その言葉に椎名は何も言い返さなかった。
もしかしたら彼女自身、心のどこかで気づいていたかもしれない。
苦々しいような、重い空気が流れる。
みんなの心配と不安が入り交じる中で、静寂を破ったのは樫田だった。
「……補足、というわけじゃないが演出家として言うなら、椎名の演技は劇全体として考えた時、問題になるわけじゃない。アベレージは保たれているし、観ていて変に感じることもない……ただ、言ってしまえばそれは、演技に個性がないって話ではあるが……」
椎名は表情を崩さすに、ただ黙ってその言葉を聞いていた。
それが、逆にみんなの不安を加速させる。
「……そう。樫田も……いえ、みんなもそうなのね」
自分を納得させるような呟きをする。
再び椎名は増倉に向かって異を唱える。
「だとしても……例え私に変化があっても、私自身は最高の演技を目指しているわ」
「うん。まぁ、いいんじゃない? 本人がそう言っているし、この話はこれで終わって」
増倉は飽きたのか諦めたのか、涼しい顔でそうまとめた。
みんな何か言いたげながらも、どう言葉にしたものを迷っている感じだった。
俺自身も、今この場でこれ以上椎名の話を広げていいものか、判断がつかなかった。
そうして、静かに解散となった。
――――――――――――――
「杉野も、そう思っていたの?」
みんなと分かれた後、遠回りして駅に向かう途中で椎名がストレートに聞いてきた。
何の話、とは思わない。分かっていた。
そして俺の答えは決まっていた。
「ああ、俺からしても、今の椎名は賞を取る気はないんだろうなって思える」
「っ!」
強い衝撃を受けたような硬い表情になる椎名。
ひょっとしたら、俺からそう言われたのが予想外だったか、あるいは心外だったのか。
それでも、俺も一役者として譲れないものがあった。
「……俺には、椎名の変化が良いか悪いかなんて分からない。けど、今の椎名の演技からは、どこか諦めを感じる」
「……諦め……そう。そうなのね……」
「椎名?」
立ち止まり、拳を強く握る椎名。
もうすぐそこは駅だというのに、周りには誰もいない。
静かな線路沿いで、俺たちは止まった。
「……どうして、言ってくれなかったの?」
「……」
目が合う。椎名の瞳には悲しみが宿っている。
胸の奥に貫かれたような鋭い痛みが走った。
それでも、いやだからこそ、俺は心からの言葉を伝える。
「色々あったからかしら?」
「……違う。今の椎名に言っても届かないからだ」
「そんなことは」
「あるよ。それぐらいは俺でも分かるよ」
「だからって……」
椎名の言葉が止まる。
ああ、そうだな。だからって言わないのは違うよな。
たぶんそう言おうとしたのだろうっと思った俺は諭すようにゆっくりと話す。
「椎名。俺の想いを伝えるのは簡単だ。けど、それを椎名の心に届かせることは難しい。分かるだろ? 人に想いを届かせることの難しさ」
「……ええ、そうね。それは分かるわ。でも杉野。私は、あなたの言葉ならきっと」
俺は首を横に振る。
違うよ椎名。それじゃダメだ。それで変わったとしても悪化するだけで、解決へと至らない。
椎名は今にも泣きそうな表情で俺を見てくる。
でも、こうなったからには俺が言えることは少ない。
「……分かっているはずだ。他人の言葉に頼っているうちは成長しないって。今だ。今ちゃんと自分と向き合うからこそ、人は成長できるって」
かつて俺は自分の渇望と向き合っていた。確かに色んなやつの言葉が助けにはなった。
けど、やっぱり最後は自分自身でしか、解決できない。
「…………分かったわ」
「椎名……?」
「杉野は、私を助けてくれないのね」
涙を流しながら、震えた声で椎名はそう言った。
そして、俺が何かを言う前に駅へと走り出す。
「椎名!」
「ついてこないで!」
踏み込んだ一歩が、伸ばした手が止まる。
椎名はすぐに駅の方へと消えてしまい、俺はただ呆然と立ち尽くしていた。
『私を助けてくれないのね』
そんな言葉が耳の奥で繰り返し鳴り響いた。




