第188話 心配する二年生
「終わった?」
「ん、ああ、終わり、ました……」
増倉の質問に俺はなぜか敬語になってしまった。
いやだってこれは仕方ない。椎名と増倉が揃っている時は、だいたい何かがある時だ。
ちなみに轟先輩はいつの間にか消えていた。逃げるの早いなあの人。
「二年生で話し合いたいのだけど、いいかしら?」
「そういうことか、問題ない」
椎名の言葉を聞いて、俺はなんとなく話すであろう内容が頭に浮かんだ。
即答すると、二人は他のみんなが集まっている方へと歩き出した。
俺はカバンを持って後に続く。
「来たか」
「どうする? どこで話す?」
「この辺って何あったっけ?」
「駅近くにカフェとかあるけどー、この人数だとねー」
合流すると、どうやらどこで話し合うかで悩んでいるようだった。
確かに七人って、難しいんだよなぁ。たいていのテーブルって基本が四人席、大きくて六人席だもんな。
「なら、カラオケでいいんじゃない? 駅の向こう側にあったはず」
「そうね。この人数なら、それが良いと思うわ」
増倉の提案に、椎名が賛同した。
それはとても珍しいことだったが、大会前日の今そんなことを気にするだけの余裕はなかった。
みんなも、どこかせわしない様子だった。
「じゃあ、とりあえず移動するか」
特に反論がないことを確認すると、樫田がそうまとめた。
俺たちはこうして、文化ホールを後にした。
――――――――――――――
駅向こうのカラオケ屋に着くと、俺たちは二十七番の部屋に入った。
七人にしては少し手狭だったが、まぁ仕方ない。
来る途中のドリンクバーから持ってきた飲み物片手に、俺たちは適当な順番で座った。
軽く一口飲んだ後、おもむろに樫田が口を開いた。
「増倉。話し合いたいってことで集まったが、内容は春大会のことでいいんだよな?」
「うんそう。もちろん」
「具体的には?」
「なんていうか、最終確認? リハーサルもしたことだし、何か問題とかないかなって」
大雑把な言い方をする増倉だった。けど、俺が予想した内容ではあった。
リハーサルが終わって、あのまま解散というわけにもいかないだろう。
「樫田、あなたが言ったんじゃない。話したいこと確認したいことは向き合うようにって」
「分かっているよ。ただの確認だ。で、誰か気になることとかあるか?」
椎名の言う通り、これは樫田が言ったことでもあった。
対して樫田は、落ち着いた様子のままみんなへと投げかけた。
俺は持ってきた炭酸ジュースを一口飲んで、考える。
今、最も気になること。色々があるがまず話すなら――。
「とりあえず、池本のことじゃないか?」
俺が初めに口に出したのは、後輩のことだった。
みんなも思うところがあったのだろ、一斉に話し出す。
「ま、そこだよな。どうなん? リハーサルではなんとかなったけどさ」
「だねー。正直一番の心配要素だよねー」
「声はギリギリ、だと思う。人が入ると声吸われるから、もう少しボリュームは必要」
「そうね。さっきのリハーサルでの声量以上を本番で出さないとよね……」
「樫田、演出家的にはどう?」
「ま、声量の問題はギリギリだが気にする必要はない。やれるだけのことはやった。問題があるとするならメンタル面の方だ」
「メンタル面?」
俺の聞き返しに、みんなの視線が樫田に集まった。
樫田は向かいにいる俺の方を見ながら説明する。
「リハーサル。池本は完全に場に呑まれていた。杉野のお陰で功を奏したが、池本のメンタル面の弱さが露呈したとも捉えることが出来る」
「そうだけどさ、また杉野がカバーすればいいんじゃん」
「大槻。考えてみろ、本番の舞台上で池本が台詞を飛んだり噛んだりしたとき、杉野がいればアドリブでフォローすることはできるが、本人がそれを自覚したときのメンタルはどうなると思う」
「そりゃ、まぁ……」
大槻の言葉が詰まった。
そして雰囲気が重くなる。みんな簡単に想像がついてしまったのだ。
セリフが飛んだり噛んだりしたとき、役者は自分のペースが乱れたり不意に現実を自覚したりする。要は集中力が切れて、役に入れない状態になるのだ。
元の状態に戻すには、自分自身で精神や心を制御するしかない。
おそらく、今の池本にそれは難しい。
「それに、春大会は独特な雰囲気がある。もし客が冷めたり場の空気が重かったりしたときはそれだけでメンタルに来るからな」
「経験のない池本が、それに耐えられるかって話ね……」
「でも、そういう雰囲気にしないようにすればいい話でしょ」
「簡単に言わないで頂戴」
「だって、何のために練習してきたの。最悪のパターンを考える必要ってある?」
睨み合う二人。椎名の心配も増倉の強気な意見も、どちらも理解できるものではあった。
リハーサルを経たことで、池本が本番にあまり強くないことが分かった。懸念すべきことである。ただ一方で増倉の言う通りでもある。イメージが大切な役者にとって、最悪のパターンを考えるということは、それそのものが雑念に過ぎない。
「落ち着け。もう明日明後日の話だ。今から何かしようってわけじゃない。しいて言うなら、他校の劇を観て池本が変に感化されてないか見守ることぐらいだろうな」
樫田が二人を注意する。
椎名と増倉はお互いに目をそらして、それ以上は何言わなかった。
樫田の言う通り、もうここまで来たら見守ることぐらいしか出来ないのだろう。
「……あー、そうだ。池本は見守るとして田島の方はどうだ!?」
重い雰囲気に耐えられなかったのか、大槻が話を変えた。
田島というワードに、みんなの視線が俺に集まった。
「……大丈夫だよ。田島は本番では本気を出す」
俺は短く、そう答えた。
男子たちは俺の言葉に納得しているのか笑顔だったが、女子たちはどこか不安げな様子だった。
しかし、それ以上の追及はなかった。
「他、何かある奴いるか?」
「そんなに心配はしてないけどー、金子はどうー?」
「木崎先輩いわく、特に問題はないそうだ。機械の操作もタイミングも音量もリハーサルで一通り試せたし、後は本人の感覚の話だ」
「ならよかったー」
山路は樫田の説明に安堵した。
まぁ、さっきのリハーサルでも特に何事もなかったし金子は大丈夫だろう。
これで一年生については話したことになる。
となると残る心配は――。
静かに、けれどしっかりとみんなの視線は椎名へと向けられていた。
「……何かしら?」
気づいた椎名が誰へとなく質問する。
何て言おうか悩んでいると、増倉が答える。
「それ、本気で言ってる?」
「だから、何のことかしら」
「……はぁ、別に。樫田的にも問題ないんでしょ?」
「あ、ああそうだな……問題ない」
「?」
突然話を振られた樫田は言葉に迷いながらも、増倉の言葉に頷く。
椎名は不思議そうな顔で周りを見たが、みんなが気まずそうに目をそらす。
それがいけなかったのかもしれない。
「いったい何の話?」
少し怒りの混じる声で、椎名が聞いてきた。
それに対して、増倉は我慢できなくなったのか椎名を真っ直ぐに見て、言う。
「最近の香奈が変って話」




