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雨降り蛙


 小気味良いリズミカルな鋏の音が木霊する。

 聖園に点在する低木の刈り込みを始めて、かれこれ半月。

 以前の世界ではヘッジトリマーもしくはそのままバリカンと呼ばれる刈り込み用の機械で四日もあれば終わった仕事量の作業であるが、人海戦術が基本のここでは一転、かなりの重労働だ。

 愛用の使い慣れている物とは言え、そこそこ重みのある刈り込み鋏を一日中、持っているせいで腕はパンパン。筋肉痛の嵐。

 流石に音を上げて、腕を休ませる目的で草刈りに作業内容を変えたりもしているが、その分、進みは鈍足。文明の利器の素晴らしさを痛感する日々である。


「聖女様、本当に宜しいのですか?」


 雨の日のこと。隣接する宮殿の一角にある宮廷魔導師達の研究室にて、そこの長であるアカンサス魔導師長は戸惑いを隠せなかった。

 召喚された時、聖女様が〜!と叫んでいた髭長で黒いローブの老人である。

 彼等の眼の前には珠希が乗っていたオートバイがあった。


「ガソリンの無いこちらでは、置物でしかありませんから…、魔道具開発に役立ててください」


 そう答え、鍵を差し出す。

 現在、宮廷魔導師達に頼んでマナをエネルギーとして動くブロワーやヘッジトリマーなどの機械の開発を依頼している。

 しかし、この世界にはガソリンもなければエンジンの概念も無い為、今回、エンジン他機械構造の参考としてオートバイを提供した。

 元の世界の技術を応用すれば造園に限らず農業や工業の発展にも繋がるとの考えからである。


「ありがとうございます。必ずやご希望の品をお作りいたします」


 そう感謝を述べて恭しく鍵を受け取ったアカンサス魔導師長共々、魔導師達は深く頭を垂れる。

 年季の入った中古でも、彼等にしてみれば貴重な異世界の遺物だ。

 興味津々ながら魔導師達はバラす前に手を合わせ、その様に珠希は少しの寂しさを感じつつ、この世界の役に立つ事を願った。


(正直、欲を言えば、電動バッテリー式で作れると有り難いけどなぁ…)


 研究室からの帰り道、聖園の見回りをしつつ珠希は考えに耽った。

 元の世界では近頃、充電池式電動農業機械が急速に普及し始めていた。

 一昔前は発電機に邪魔な延長コードを引きずりながらで、作業中にうっかりコードを切ってしまったり馬力も弱かったが、長年の企業努力により、ガソリンエンジン式よりも軽く静かで馬力も遜色無く、排ガス独特の臭いもない作業が実現。

 元の職場でもガソリン価格の高騰に伴い、ヘッジトリマーはバッテリー式へとシフトチェンジしていた。

 しかし、こちらの世界ではそもそも自動機械の概念が無いに等しく、正直驚いたが魔法はあれどもRPGゲームによくある魔石も存在しない。元の世界で言えば、電池そのものの概念がないのだ。

 故に、充電式バッテリーの開発まで辿り着くには相当な時間がかかるだろう。


(…まあ、魔法至上主義の世界だからなぁ…。あ、と言うか、そもそも聖女が持つという神聖力も私、持ってる感じがしないし…)


 元の世界とのギャップや己の異質さに戸惑いつつ、はたと水路を詰まらせる木の葉の集積を発見。

 何の気無しに両手を入れ、木の葉を除去しようとした直後だった。

 グニャッと木の葉の中に異質な柔らかさ。

 驚いて鷲掴んだ木の葉を芝生に放り投げれば、中からソフトボールくらいの立派な蛙が飛び出した。


「か、蛙?」


 驚いた拍子に尻餅をついた珠希の眼前、飛び出した緑と黒の水玉模様の蛙は文句を言うようにゲコゲコと喉を鳴らす。

 すると、その声に呼ばれたようにあちこちから同じ模様の蛙が集まり、怒ったように更にゲコゲコ。

 その鳴き声はどんどん大きくなり、不思議と小雨だった雨も本降りに。

 気付けば蛙は彼女を取り囲むように集っていて、唯ならぬ様子に珠希は身の危険を感じた。


「えっと…、怒らせちゃった?」


 引き攣り笑いで、そう訊ねた瞬間である。

 鷲掴んでしまった蛙が、かかれ!とばかりに一声を上げ、それを合図にけたたましく鳴きながら他の蛙が一斉に珠希へと飛びかかる。

 あまりの大群に珠希は絶叫。咄嗟に身を窄めて、目を瞑った。

 刹那、遠くから聞き覚えのある声が轟き、同時に風の壁が珠希の周囲を取り囲む。間もなく閃光の雨が蛙の脳天を貫いた。

 完膚無きまでに蛙は地面へと叩きつけられ、何処となく香ばしい臭いを放ちながら丸焦げになった大群に、珠希は呆気に取られた。


「聖女様!」


 そんな声にはっと目を向ける。

 駆け付けたのは、ローレン王子と彼によく似た偉丈夫だった。


「聖女様、お怪我は?!」


 すっかり腰を抜かした珠希にローレンは駆け寄り、風の防壁を解きながら手を差し伸べる。

 丸焦げ蛙の死屍累々の中、危機を脱したとばかりに陽の光が差し込んだ。


「こ、腰を抜かしただけです。みっともなくて申し訳ない…」


 何とか立ち上がり、珠希は苦笑い。

 そんな傍らで、王子と一緒に来た偉丈夫は呪文詠唱もなく火炎で蛙の死骸だけを焼き払って消し炭に。

 芝生や石畳は焼くこと無く、かつ跡形もなく消えた蛙に、珠希は目を丸くした。

 この世界では詠唱無しで魔法を使える者は【賢者】と呼ばれ、魔法を極めた達人らしい。

 ヴォタニカリアでは現在、アカンサス魔導師長の他、もう一人しか居ないそうで―――。


「繁殖期の雨降り蛙(レインフロッグ)の群れに出会すとは災難でしたね」


 そんな声がけにハッと我に返った。

 何者か検討の付き始めた御仁に、珠希は緊張の色を見せた。


「お初にお目に掛かります。この国の第一王子グラジオと申します。遠征でユグドラシルに出向いていた為、ご挨拶が遅れました。面目無い」


 快活に握手を交わし、王子グラジオは深く頭を下げた。

 金髪碧眼の美青年なローレン王子に対して、鮮やかな赤髪に榛色の瞳が印象的なワイルドな男前だ。

 侍女アリスからの情報によれば、彼はローレン王子の父違いの兄で、ヴォタニカリア随一の強さを誇る近衛魔導騎士団の長を務めている。

 人望も厚く君主たるに相応しい人格者だそうだが、少々複雑な事情から王位継承権を失っているらしい。


「危ない所をお助け頂き、恐縮です。藤崎 珠希と申します」


 会釈で応えつつ珠希は営業スマイル。

 すると、グラジオ王子は何かに気付いて自らの外套を肩にかけてくれた。


「こんなに濡れては身体を冷やします。ローレン、早く部屋にお連れして差し上げなさい」


 そんな一言を添え、グラジオ王子はローレン王子に珠希を頼むや足早に何処かへ。

 間もなく何かに気付いたローレン王子は微かに目を泳がせながら、彼女の部屋へと誘った。


「ひゃ!聖女様!?」


 部屋に戻るや雨に濡れた珠希にアリスは騒然。

 ローレン王子に感謝を述べて早々、すぐに奥のバスルームへと連行され、そこで気付いた。

 今日は作業休止でいつもの作業着ではなく、薄手のブラウスだった。

 雨に濡れて肌に張り付いた生地の下からは、ばっちり下着が透けている。

 きっとグラジオ王子はこれに気付いたのだろう。


「…きっと雨降り蛙(レインフロッグ)の雌を刺激してしまったんですね。今時期は産卵を控えて攻撃的ですから…」


 湯浴みと着替えを済ませて、髪を乾かしてもらいながら、アリスは事の顛末を聞いて眉を下げた。


 この世界では魔法を使う生き物とそうでない生き物が存在し、特に人を害する生き物のことを魔物と呼ぶ。

 先程の蛙はその魔物に該当し、鳴き声で雨を降らす魔法を使う。一匹二匹なら小雨程度の雨だがこの時期は繁殖のため雌の周囲には大量の雄が集い、大雨を呼んで大洪水を起こすこともあるのだとか―――。


「雨降り蛙(レインフロッグ)は綺麗な水辺を好むので、昔からよく聖園に出たそうです。唯、地域によっては珍味扱いなので庭師のラウラセアは駆除ついでにしばしば焼いて食べたりしたそうで…」


「…まあ、水っぽい鶏肉だって言うからねぇ…」


 そんな昔話に珠希は苦笑い。

 ここだけの話、以前の仕事先では庭木の柑橘やビワなどの果樹を切ることもよくあって、丁度実っていたりすると施主さんのご厚意でその実を頂いたりもしていた。

 施主さんからすれば熟れて落ちて腐るくらいなら貰ってくれとのスタンスで、こちらにとっては嬉しいお土産であった。

 こちらの職人も仕事中の収穫?を楽しんでいた模様である。


「でも、そうなるとこの数年はよくあの蛙の害を受けなかったね。水路とかは汚れていたけど、水は綺麗だった訳だし…」


 そう話しながらはたと珠希は疑問に気付いた。

 ――庭師ラウラセアは定期的にあの蛙を駆除していた。しかし、この数年は全く駆除が行われていなかった筈である。

 それにも関わらず何故、これまで目立った水害を受けなかったのか―――、疑問はそれだけではなかった。


「実を言うと、ラウラセアが粛清されてからは、グラジオ殿下が密かに魔物掃除を行っていたそうです。今回、聖女様を襲った蛙は恐らくグラジオ殿下の遠征で逃げ遂せたものかと…」


 そんな返答に珠希は口元に手を当てがい、考え込んだ。


「…ねえ、アリス」


「はい?何でございましょう?」


「グラジオ王子の遠征っていつから始まったの?」


「えっと、今年の初春ですね。何でも普段は深い森や山で暮らしている筈の竜種まで現れたそうで、あまりの大軍にユグドラシルの討伐部隊だけでは手に負えなくなったそうで…」


 その返答に、気付いた可能性は確信に変わった。


「その魔物の集団暴走って、ロマーノの先帝であるアザレオ帝が崩御した直後だったりする?」


「そ、そうです…」


「アリス、悪いんだけど過去の記録とか新聞って何処で確認できる?」


 訊ねながらも珠希は座っていた椅子から腰を上げ、掛けてあった聖女のマントを羽織る。

 一刻も早く事実を確かめねば―――、導き出された事実が真実ならば即刻、女王へと報告せねばならなかった。


(…確か聖女エリカは魅了魔法の能力持ちだと言っていた…、ともなれば!)


 アリスの案内の元、宮殿の図書室へと駆け込み、珠希は魔法や魔物の本に聖女エリカが召喚されてからの約三十年分の記録書や新聞を掻き集める。


「聖女様、纏め終わりました」


「ありがとう」


 作業開始から僅か一時間。

 テーブルに並べられた時系列のフローチャートと参考資料は驚愕の事実を証明した。


「…聖女様…これっ…」


「うん、かなりヤバいね。とんでもない冤罪…、いや、国家転覆計画だよ…」


 うち震えるアリスの肩を抱き、気付いてしまった事実に珠希は深い溜息を零した。

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