哀しみを戒めに
お互いの気持ちが落ち着いた所で、珠希とグラジオは要塞の一角にある畑から土と堆肥を貰い、中庭へと急いだ。
場所は聖樹があった所で、根こそぎ倒れたお陰で程良い大きさと深さの穴が開いている。穴の底に堆肥を入れ、土を充填したら持ち寄った白薔薇を手早く植え付けた。
この薔薇はロマーノで精霊ロザリアンヌから餞別にと頂いた一輪だ。キトリアに到着した頃から切り口付近に根が生え、試しに挿し木の処理をしていた。魔王に拉致され、きっと枯れてしまっただろうと諦めていたが、連れ去られてからの十日間、スイバが甲斐甲斐しく世話をしてくれたらしい。お陰でしっかり根が張り、植え付けても問題無いほどに生長。精霊王グノムジカもそれを見越して、根が乾かないようにしてくれていた。
「では行きます」
珠希に少し離れてもらい、薔薇を中心に結界魔法の展開式を描いたグラジオは、仕上げにと指先を剣の刃で切って滲み出た血を垂らす。
瞬間、魔法陣がカッと光を放ち、薔薇の蔓が急成長。逃げるように駆け出した二人を追い立てるように、茨は建物内部の隅々にまで張り巡り、忽ち要塞を覆い尽くすやその棘で何人たりとも足を踏み入れることを禁じた。
「…ふぅ…これで大丈夫でしょう…」
要塞の外に脱出し、グラジオはほっと安堵。薔薇の勢いが思いの外、激しかった為、冷や汗を掻いた。
そうと言うのも賢者としての好奇心から、スイバの一族が得意とする植物生長促進魔法の仕組みを聞き、それを真似た式に混ぜ込んでみたのだ。
多少の助けになればとの軽い気持ちであったが思いの外、上手くいった。否、上手く行き過ぎた。
元より精霊から授けられた薔薇なのもあるだろう。危うく自分達まで絡め取られてしまう所だった。
「さ、早く行きましょう。一騎の勘違いを正さねば…」
物思いに茨に覆われる要塞を見上げていた珠希を抱き上げ、グラジオは少しの誂い混じりに待たせていたダンテへと歩み寄る。
皆は既に北東へと出発し、残るは自分達のみ。傷に障らぬよう相棒の後ろに繋がる船へと彼女を下ろし、荷物の固定を今一度確認。
手早く彼がダンテに跨り、出立の準備を進める中、珠希も砂塵避けのスカーフをしっかり巻き付け、出発の身支度を整えた。
「では…!」
短い掛け声と共にグラジオは砂避けの兜を被り、威勢良く手綱を鳴らして出発。
同時に発動した船底の風魔法により船が砂面を滑り出した。
駆け足からスピードを上げたダンテは、ゆっくりと飛び上がり、その翼が日差しに輝く。
見る見る遠くなる魔王城を、珠希は名残惜しむように振り返った。
過酷な砂漠の地、張り巡らされた茨もいつまで持つかは分からない。
それでも打てる手は打っておきたかった。
例え、もう人が寄り付くことが無いにし てもあの要塞を、過去の過ちを―――、魔族も人族も苦しんだ歴史を忘れ去らないようにしたかった。
「クローヴァルト…、貴方達の哀しみを世界から忘れさせたりなんてさせないから…」
己へと言い聞かせるように、珠希は密かな決意を呟く。
砂漠に吹き抜けた風はその想いに応えるように、茨に芽吹いた若葉を鳴らした。
先発隊とは夕方には合流出来た。
彼等が野営に選んだのは丁度、岩場にあるオアシスで、皆、水辺を囲うようにゲルのようなテントを展開。既に夕餉の支度も終わっていた。
「「「えっ!じゃあマジで彼氏って事!?」」」
焚き火を囲んでの夕餉の席、やいのやいのと魔族女子に囲われ、珠希は質問攻めに遭っていた。
予想はしていたが要塞に結界を張っている間、一騎が先行隊に余計な伝達をしたらしく、良からぬ噂が流れてしまっていた。
合流して早々に事実確認に入ったシルルにはキッパリ誤解だと弁明し、共に火消しに奔走。噂を流したご当人はきっちり締め上げたが、一度立った火の気と煙の処理は中々厄介だった。
「何々?どこまで進展中?」
「デートとか何処行くの?」
「キスした?もしかして、キスの先まで…!?」
「何処に惚れたの?告白どっちから?」
投げられる質問の何とキャピキャピしたことか。あんたら中高学生か、と突っ込みたい。
皆、実年齢的にはお祖母ちゃんどころの話では無い筈なのに、投げられる問いは初心な若者である。
「失礼。あまり我が国の聖女を困らせないで頂けますか?」
背後から歩み寄り、グラジオは助け舟のつもりで毅然と介入。
気持ちは有難いがこのタイミングでは、飛んで火に入る何とやらだ。
「あらあら、本命来たわよ〜?」
案の定、獲物を前にしたように彼女等の目が光る。
「ねぇ、どっちどっち?先に告白したの」
「いつから付き合ってるの?」
誂い混じりの問いに珠希は赤面。
対するグラジオはしれっと馴れ初めを口にした。
思い出してみれば、始まりはオルクトーフェでの一件から。そこから色々あった。
まさか、こんな素敵な人と想い想われる日が来るとは―――、全く異世界転移だけでも奇天烈なのに、何だかんだと世界まで救ってしまう事になるとは摩訶不思議な人生である。
「やぁん!素敵!」
「ロマンチック〜!」
二人の馴れ初めを根掘り葉掘り聞き取り、魔族女子達はキャッキャと賑わう。
何処の世界でも、どんな年齢でも恋バナは盛り上がるらしい。
「はいはい!皆、とっとと食べて寝なさ〜い!明日も大陸横断するのよ〜?」
そんな一角にシルルの叱咤が飛んだ。
皆、彼女の一声に慌てて食事を搔き込み、頬張っていそいそと寝支度へ。
砂漠の夜は寒さ厳しく、草木の絶えた不毛の大地とはいえ、こんな土地でも魔物や危険生物は存在する。皆、急いで各々張ったテントの中へと潜った。
次々と灯りが落ちて皆が寝に入る中、珠希達ヴォタニカリア一行はオアシス周辺に結界を展開。厳しい砂漠超えには睡眠不足は大敵。皆が良く休めるように警備した。
「珠希、そろそろ我々も…」
念入りに焚き火が消えたか確認をする彼女に、グラジオはテント前でアラビアンなオイルランプを翳しながら呼びかける。
既に周りは真っ暗。揺れる灯火に急いで駆け寄り、テントに入ろうとした時だった。
吹き抜けた風に煽られ、ランプの火がフッと消された。これはいかんとすぐに点け直そうとしたグラジオだったが、その横で何気なく空を見上げた珠希が感嘆の声を漏らした。
何だろうかと誘われた視線、降り注がんばかりの満天の星々が煌びやかに輝きを放っていた。
「これは凄い…、フィーユの星空以上だな…」
天地も分からなくなりそうな圧巻の光景に、彼も目を奪われた。
今日は新月で星の光だけなのに何と明るいことか。
「今までフィーユ砦から見る星空が一番だと思っていましたが…、世界は広いですね」
思わぬ感動に笑みを浮かべ、グラジオは珠希へと視線を移す。
すると彼女は柔らかな―――、けれど哀しげに笑みを浮かべ、コクリと頷いた。
「私もこんな綺麗な夜空は初めてです…、ニンファエアの人々はきっと、この空に感銘を受けて闇の精霊王を愛したんですね…」
「ニンファエア…、あの泉に沈められた墓標の人々でしたね。この辺りの先住民だったとか…」
そう確認するグラジオに珠希はまた頷き、悔しさを呑むように胸元に寄せた拳を、ぐっと握った。
「クローヴァルトが言っていました…。ニンファエアは彼を良きものとして敬ったから滅ぼされたと…、それがアラガーシャ神の意思なのだと…。結局、何も出来なかった私には、大逸れた事を言う権限はありません。でも、叶うなら…、クローヴァルトや魔王軍の人々が味わった怒りや哀しみを…、悲しい歴史を無かったことにさせたくありません。彼等がここで生きた爪痕を…、何故クローヴァルトが魔王にならなければいけなかったのか…、その真実を遺したいです」
その意思を訥々と述べながら、珠希は精悍な眼差しを向けた。
不意打ちで魔王に攫われてから、自分は何も解決できぬまま助けを待つしかなかった。沢山の人に心配を掛け、沢山の人情に助けられ、精霊フェニシスからの願いも結局、自分は何も叶えてあげられなかった。
魔王討伐という大きな舞台に立ち役を与えられながら、唯、傍観することしか出来なかった。何も出来なかったことが悔しかった。
だからこそ―――。
「成程…、それで要塞に結界をと…」
彼女の想いを悟り、徐にグラジオはその頬を撫でる。
大きな掌の温もりに珠希はそっと瞼を伏せた。
「はい…。私の元いた世界では戦災遺構という形で、過去の過ちや哀しみを後世に伝える場所がいくつもありました。あの要塞もそう出来ればと…」
充てがわれた掌に自身の手を添え、珠希は頬擦り。
無意識に甘えを見せた彼女に、グラジオは堪らずその身を抱き寄せ、緋色のマントの中へと閉じ込めた。
「私からも各国に呼びかけてみましょう。貴女の志は尊い。きっと多くの賛同を得られるでしょう…」
そう耳元で囁き、額へと敬愛のキスを落とす。
恥じらいを見せた珠希は小さく頷き、照れ笑いを浮かべた。
「どうか宜しくお願いします…」
述べた言葉は形式的。
けれど交わる視線は熱を帯び、自然と寄せ合った唇にキスを返した。




