帰路の旅
不帰の大地を横断し始めて五日目、比較的順調にサパナ共和国へと向かっていた一団は、とうとう良からぬトラブルに遭遇した。
「ダイオウスナサソリだな…。私も実物を見るのは初めてだ」
灼熱の太陽が照り付ける丘の上、せせらぎの消えた渓谷に見える無数の蠢きにグラジオは顔を顰める。
黒光りする人丈の蠍の群れは、水を求めて獲物が迷い込むのを待ち構えていた。
「雷撃で一気に行きます?」
ポポに跨り、一騎は作戦を提案。
先に進むには蠍の群れる谷を通らねばならない。皆が安全に渡るには倒すしかない。
「いや、あれは土属性と聞く。一点集中なら兎も角、音で刺激するだけだろう。地形を生かして群れを挟み込み、炒め物にしよう」
流石は王子。お洒落に返しながら、手信号で控える部下に合図。
騎士達は素早く上流側と下流側に分かれて構えた。
「食欲の沸かないランチですね」
ユーモラスに零しつつ、一騎もグラジオの援護に入った。
「全体、ハサミと尾の毒に気をつけろ!」
竜の背に跨り、上空から火炎放射で一網打尽にしつつ、地上で蠍の逃げ道を塞ぐ部下に注意を促す。
暫くして丸焼きになった蠍の残骸を退かして道を開き、一行は漸く前進を始めた。
「何か甲殻類系の美味しそうな匂いしてません?」
「してるね…」
「腹減る〜」
丸焦げ蠍の傍らを進む人々は漂う香ばしい匂いに涎を飲む。
要塞からありったけの食料と水は持ってきたが、四百人もの大所帯では流石に限界があり一昨日から一回の量を調整している状態。メニューも変わり映えしなくなっていた。
「サソリって食えるのか?」
「食ってみる?」
「え〜、食べるのぉ?これをぉ?」
「うちの父はイケるし酒の肴になると言ってましたよ」
ジョークのつもりの会話が一転、そんな珠希の一言に皆が一旦歩みを止め、マジ?とばかりに奇異を向ける。
「お父さん、チャレンジャーっすね」
若干引き気味に一騎は一言。
「海外出張の多い仕事だったからね。中国で取引先の人と食べたらしい。昆虫料理の中では一番美味しかったってさ」
あっけらかんと彼女は回答。
丁度、昼時。
そう、皆、腹が減っていた。
「「「食ってみましょっか」」」
そんな声が揃った。
渓谷を過ぎてすぐの岩場地帯にて日除けのテントを張りつつ、一同は食べられそうな蠍の魔物の解体を始めた。
「お?結構身が詰まってる」
「良い感じに焼けてる…」
感想を述べつつナイフで硬い甲羅を剥がし、中身を一口大に切って鍋の中へ。
無論、数人が毒味をして危険がないかを確認。少し臭みがあるので香辛料やクズ野菜と一緒によく煮込んで火を通した。
「エビだね」
「エビですね」
「エールに合いそう」
「確かに。キンキンに冷えたやつ」
「もう少しパンチ利かせる?」
「いや、苦手なやつもいるから塩気を足そう」
「だったらお酢は?」
二度目の毒味と称して調理担当は先に頂き、雑談混じりに味を調整。
そうこうして出来上がったスープに皆が器を抱えて並んだ。
「はーい、アレルギーある人いる〜?いたら教えて〜!」
配膳係の珠希が念のため呼び掛ける。
すると、彼女の発言に魔族達のみならず騎士達も小首を傾げた。
「「「「アレルギーって何ですか?」」」
声の揃った質問に、彼女の方が耳を疑った。
「まさか、アレルギーを認知していない…!?一歩間違えれば死ぬのよ…!?蜂刺されで死ぬのだって大体重度アレルギー反応なんよ!?」
鬼気迫る警告に誰もが気圧される。
そんな様子を隣で見ていた一騎は、生暖かい目を向けた。
「藤崎さん、さてはハチに刺されて死にかけたでしょ?」
その指摘に珠希はギクリ。
あちこちから生暖かい視線が来ている。
呆れ混じりの空気に耐え兼ね、お茶目に口角を上げた。
「ん〜、血圧下がって死にかけはしたかなぁ〜?意識飛んだというか〜。まあ、横になって休んだら治ったから〜?」
あっけらかんと告げるも反省の色無しと見て近場にいたグラジオが何とも物言いたげな視線を送る。
そんな彼の元へと蟹歩きでそっと近寄った一騎はちょいちょいと手招き。
少し傾けられた耳に向け、若人は真剣な顔で囁いた。
「グラジオ団長、多分だけど藤崎さん、職人気質過ぎて無意識に無茶するタイプです。歯止め掛けるにも早く結婚しちゃった方が良さそうっす…」
「そうだな…、私も今、思ったところだ。常々危うい所はあったが…」
真剣な表情でグラジオは賛同。
おい、その話聞こえているぞ…、と言いたいが、言ったら言ったで彼に詰められそうなので黙った。一先ず変な所で意気投合しないで欲しい。
何はともあれ皆で昼餉にあり付き、蠍肉のスープに舌鼓。急ぎテントを片付けた一同は、見え始めたサパナ共和国へと再び進み始めた。
移動開始から一週間、予定ではキトリアより迎えがあるだろうとのことであった。しかし、いざサパナ共和国に面する岸辺に着いて見れば、はためく国旗の多彩なこと。迎えに来た軍艦の数たるや連れ立った四百人を難なく乗せ切った。
「捕虜とは言え、我が国の聖女を丁重に持て成した人々です。無礼なきよう通達してください」
捕虜として収容される人々を見送り、軍艦の艦長らにグラジオはよくよく釘を差す。
今や魔王討伐を成したグラジオはこの世界の英雄であり、その言葉を無視することは誰も出来なかった。
敗者が勝者に冷遇されるのは世の常。人と言う生き物は相手が下と見るや、驕り蔑み人道に反した言動まで平気で及んでしまう弱さを抱く。故に自らが肉体のみならず精神も鍛え抜いた部下達を二人ペアでそれぞれの船に同乗させた。一人では周りに唆され、魔が差すこともある。
―――全ては珠希がこれ以上、傷付くことの無いように。
騎士として一人の男として、彼女が望まぬことが起きぬよう徹底的に目を配った。
「…治りは順調ですが、恐らく痕が残るかと。体力が回復次第、神殿での治療をお勧めします」
いよいよ軍艦が舵を取り次々とサパナ共和国へと向かう中、キトリアより手配された貴人用の客船にて珠希は船医の手当を受けた。
サイペルスから受けた足の傷は、出血こそ無いもののまだ痛々しい状態。まあ、どでかい杭が刺さったようなものだから仕方ない。元より枝に引っ掛けたり棘が刺さったり、ブユやら蜂やら虫さされの痕だったり、機械の刃に触って病院沙汰になったり、あちこち古傷だらけ。傷跡の一つ今更だ。
「すまないね。神官は皆、皇都に回してしまって手配が間に合わなかった」
気品客室に運ばれて間もなく、挨拶に来たキトリア皇太子アイヴィスは珠希の怪我に胸を痛めた。
本を正せば、父帝が中央神殿に彼女を引っ張り出さなければ、聖女エリカこと三貴将ディジタリアと蜂合わせることも魔王に攫われることも無かった。
この件を母皇后から問い詰められた父曰く、珠希の実直な性格なら神殿に立ち寄っている火の精霊王サラマンダリアは必ず気に入り、何かしらの加護を与えるだろうとの魂胆だったらしい。その上で、四大精霊王のお墨付きを得た彼女を聖樹教を言い包めてキトリア皇家の養女に迎え、更にはその婿としてグラジオをヴォタニカリアから引き抜こうとも画策していたとか―――…。
全く我が父ながら大国の君主らしい強かさである。そもそもそんな事をしたらヴォタニカリアのマーガレット女王は黙っていないし、国家の同盟関係すら揺るがす大事になるだろう。全く以て、彼女が無事に戻ってきて良かったとの一言に尽きる。
「いいえ、ご心遣いだけで十分です。我々の為にこれほどの人員を手配くださり感謝します」
微笑みを浮かべ、珠希は慇懃に感謝を述べる。
本来ならば敵軍の残党として粛清されても可笑しくなかった魔族達を、こちらの一声で受け入れてくれたのだ。文句などある訳がない。
「礼には及ばない。何より貴女のお陰で、魔王討伐に漕ぎ着けたようなものだ。国に戻ったら改めて礼をさせて欲しい。グラジオも大義だった。父上のお気に入りのお前ならやってくれるとは思っていたが…!」
爽快な笑みを浮かべ、アイヴィスはグラジオの背を叩く。
照れ臭そうに微笑む彼の傍ら、珠希はふと俯き、その顔に影を差した。
「…珠希、どうしました?」
様子に気付いたグラジオは、慌てたように膝を折って背を擦る。
彼の甲斐甲斐しさを有り難く思いつつ、珠希は意を決した。
「アイヴィス皇太子殿下、恐れながらガザーニア皇帝陛下と《《公的に》》お話する機会を頂戴する事は叶いますでしょうか?」
告げる言葉はつい早口になった。
理由は緊張だけではない。自分がどれ程、大逸れた事を頼もうとしているか解っていた。だから恐れをなした。
「そうだな…。公的となると、すぐには出来ないが貴女の頼みなら調整してくださるだろう。個人的にならキトリアに戻り次第、父の方から…」
「それでは意味が無いのです…!」
「珠希…!」
堪らず異議を唱えた彼女をグラジオは咄嗟に抑えた。
あまり言葉が過ぎては不敬になる。
自分から訊ねて来た時点で、彼は彼女の真意に気付いていた。
「珠希、その話は私から陛下に通します。大丈夫。あの白薔薇が暫くは護ってくれる筈です」
そう諭し、それ以上の言葉を制した。
志は有れど彼女は政治には疎く、立ち回り方を知らない。ここは一国の王子である自身が表立った方が良いと判断した。
「藤崎女史は何を焦っておられるのかね?」
小首を傾げ、アイヴィスは敢えて踏み込んだ。
最凶と恐れられた魔王に真正面から立ち向かう度胸の据わった彼等だが、それ故に無闇に大国に喧嘩を売るような愚かさは無い。だから、その想いの蓋を自ら開けに行った。
「…その…っ…、………」
「…珠希、ここは私の口からでも?」
何から説明しようか考え倦ねて口籠る彼女にグラジオは助け舟。
困り果てた珠希は、恐縮の様子で小さく頷いた。
「その方が粗相が無いかと…」
そう零し、塩を被った青菜の如く己の向こう見ずさと不甲斐なさに縮こまった。




