シルルの決断
精霊の死を目の当たりにして泣き疲れたのだろう。気絶するように眠りに落ちた彼女を抱え、グラジオは要塞へと赴いた。
端から敵意が無かった彼らだ。予想通り、駆け付けた魔王城の人々は傷だらけの彼女を見るや血相を変えて駆け寄った。
「サイペルスのくそったれ!なんてことを…!」
「確か三番砦に化膿止めあった筈!」
「ちょっと!戻ってきた奴らに言って医療品取り行かせて!!」
「治癒魔法使える人いる〜!?」
大騒ぎで部屋へと彼女を運び、女官達は甲斐甲斐しく世話を焼き始める。
敵地とは思えぬ賑わいに、グラジオ他合流した騎士達も面を食らった。
「失礼します、グラジオ様。少しお話出来ますか?」
静々と歩み寄り、声を掛けたのはシルルだった。
慌ただしい場所では難だと案内され、やって来たのは中庭に面した廊下。丁度、聖樹があった場所の前で泉が見渡せる位置である。
「クローヴァルト様をお救いくださったこと、心から感謝申し上げます」
深々と頭を下げ、開口一番、彼女は感謝を述べた。
曰く、元々彼女はヤマト皇国北東部の隠れ里に暮らしていた少数種族で、その身から上質な絹を作り出せることから里から攫われ、家畜も同然で海を越えた東帝国に売られたそうだ。売られた先は貴人達が足繁く通う遊郭で、白い見た目も相俟って余興の見世物にもされた。
奇異の目に晒されながら、休む間もなく絹を作らされる過酷な日々に精根尽き果て掛けた頃、時の皇帝に憑依し国を滅ぼさんとした魔王クローヴァルトに拾われたのだと言う。
そうして、同じように魔王に拾われた者たちとこの砦を築き、気付けば百年―――、国と言うには粗末ながら、虐げられた者たちの居場所となり、ここを守ってきたそうだ。
「精霊フェニシス様も亡くなられ、ここも時期に砂漠に呑まれるでしょう…。我々も潮時と言うものです」
暗闇に呑まれる中庭に目を向け、シルルは憂いげに告げた。
倒れた聖樹の下では、仲間が涙ながらにその撤去作業を執り行なっていた。
そのままにしては泉に浸かった葉が腐り、泉を濁らせる。恩人である魔王が守り愛で続けてきたニンファエアの眠る泉を汚す訳にはいかない。聖樹もそのままにするのは忍びなく、形見分けとしてその木っ端を分け合おうと決めた所だった。
「行く宛はあるのですか?」
はたとグラジオは訊ねた。
シルルは溜息混じりに首を振り、自嘲気味に肩を竦めた。
「元より要塞勤めは皆、魔王様と運命を共にする覚悟でおりました。所詮、我らは奴隷上がり。底辺階級の嫌われ者です。獣人や竜人はまだしも、私のような虫系魔族になど引き取り手がありましょうか…」
残酷だが現実だった。
魔王クローヴァルトが討たれた瞬間、付けられた監視の呪縛が退かれ、彼等は解き放たれた事を悟った。同時に、それはこの魔王城の終焉宣告でもあった。
行く当て、帰れる故郷がある者は良い。
長年ここに勤めて来たシルル達は正直、途方に暮れていた。生き永らえ、ここを離れることなど考えたことも無かった。
不帰の大地最後の精霊であったフェニシスも死に、魔力は時期に失われる。土地は衰退し、環境の過酷さは増すばかりだ。
「総勢何百名でしょうか?」
「逃げ帰ってきた外職を含めれば四百程ですが…?」
答えつつもシルルは首を傾げた。
聞いた所で、何だというのだろう。
「各国に受け入れを申請しましょう。キトリアやサパナで一旦、捕虜として身柄を預かることにはなりますが、事情を話せば何人かは受け入れて貰えるでしょう。特にユザなら…」
「魔王軍の我々を?ご冗談を。捕虜の後は?また奴隷に戻される可能性もありましてよ?」
「奴隷制度は半世紀も昔に廃止されています。ユザ共和国の成り立ちをご存知ありませんか?」
「ええ、存じております。しかし、水面下では未だに取引されているのが事実では?これだけの大人数、全員が無事に真っ当な職に就けると?」
段々と強まる口調に、グラジオの顔が曇る。
選択肢が無いことは解ってはいたが、素直に応じることを矜持が赦さなかった。
魔王軍に属し、悪の泥道を進む事を選んだのは自分達だ。その道しか無かった者もいるが、それでも魔王クローヴァルトの配下であることに誰もが少なからずの誇りを持っていた。
彼は世界の敵役だった。
その役を演じながら、世界の歪に落とされ虐げられてきた者たちの居場所となってくれた。
皆がそれを悟り、理解していた。だから魔王様と呼び慕った。
魔王である彼を彩る悪役として、どんな結末だろうと自身らを蔑み、否定した世界に爪痕を残したかった。
それがここにいる者たちの復讐であり、配役なのだと自負していた。
「…この城と運命を共にするつもりですか?」
拳を握り、グラジオは問うた。
こちらはたった十人。珠希を入れても十一人だ。通ってきた転移門は魔王を斃した時点で消滅してしまった。自力でキトリアへと帰還するにも、捕虜として四百もの人々を連れて行くのは無理がある。隣国サパナ共和国に向かうにしても、ここは一面砂漠の大地。要塞内の物資では途中で飢えに苦しむだろう。
「元よりその覚悟です」
気高くシルルは吐き捨てた。
残酷なまでに躊躇いがなかった。
「…駄目…、駄目だよ…」
か細い声がその決断に異議を唱えた。
驚いて振り向けば、シーラに肩を担がれて、珠希が歩み寄ってきていた。
「珠希…!」
今にも倒れそうな身を抱き締めるように支え、グラジオは眉を顰めた。
包帯の上からも分かるほどに熱く、息も荒い。額には汗が噴き出していた。
「シルルさん…、クローヴァルトは貴方達に殉じて欲しかったと思う?」
案ずる彼を押し除けるように、珠希はシルルと向き合う。
全身痛くて泣きそうだった。気を抜かぬよう拳を握り、刃を食いしばる。
満身創痍の彼女からの問い掛けにシルルは、ハッとした。
「皆さんが瘴気で苦しまないよう、あの塔で独りで居たがったのも…、態々離れた場所でグラジオ様達を迎え撃ち、最期を迎えたのも…、皆の為を想ってじゃないの…?」
切実に珠希は畳み掛けた。
考えを改めてほしいかった。
「お願いっ…、クローヴァルトの想いを…、フェニシス様の願いを…無為に…しないで…っ…」
そう渾身の想いをぶつけた直後だった。
目の前が眩み、意識が遠退く。
咄嗟に抱き止めたグラジオの腕の中、珠希は気絶。流石に限界だった。
抱き上げられた彼女の閉じた瞼からは、涙が溢れていた。
「部屋に戻りましょう。兎に角休ませないと…」
話を中断し、グラジオは踵を返す。
その時だった。
「…シーラ、全職員に要塞放棄の通達を」
その指示に、シーラのみならずグラジオも目を剥いた。
「直ちに要塞内及び各拠点の物資を確認して掻き集めて。家禽、家畜も移動手段以外は全て食用に転換。最低でも十日は持つように手配を。長旅になるわ。四百人が露営できるよう万全を期して」
毅然とシルルは指示を続ける。
よし来た!とシーラは頷くや駆け足で各部署へ。
グラジオも安堵の笑みを零した。
「感謝します!」
短くそう告げた彼は、颯爽と駆け戻って行った。




