突入
禍々しい大扉を前に装備を整え、出立の準備を済ませたヴォタニカリアの一同はそれぞれの竜に跨った。
今朝までの予定では魔王軍の本拠地に乗り込む珠希救助隊は精鋭揃いの千人を超えていた。
しかし、奇襲によりキトリアから派遣される予定であった援軍は街の防衛と復旧の人員へと転じ、残ったのはグラジオと彼率いるヴォタニカリアの騎士七名に一騎、シャスタを含めた、たった十名―――。あちらに残っている駐屯兵がどれほどかも未知数とあり、状況は絶望的とも言えた。
「全員、もしもの時は迷わず離脱しろ。今回の目的はあくまで藤崎女史の救助だ。魔王討伐は二の次。深追いは断じてするな」
部下達を前にグラジオは告げ、皆その指示をしかと受け止めた。
誰もがこの人数では魔王に勝てる訳が無いことは理解していた。
「グラジオ団長!」
はたと声が轟く。
誰かと思えばスイバだった。
汗を垂らし、息を乱して駆け寄ったその手には陶器の小瓶に挿された白薔薇が握られていた。
「あの、これを…!」
「ロザリアンヌ様の白薔薇?」
何故にこんな物を?と小首を傾げたグラジオであったが、様子を眺めていた大地の精霊王グノムジカは俄に目を瞠った。
『ほお…!お主も不帰の大地に行きたいのか…!』
歩み寄ったグノムジカはそう呟き、白薔薇へと手を翳す。
途端に陶器の花瓶が形を変え、鳥籠のような形状に変化した。
『これで気兼ねなく持ち運べるだろう…。連れて行ってやりなさい。きっと役に立つだろう』
そんな勧めにスイバは頼むとばかりに白薔薇を寄せ、グラジオは了承。
受け取った白薔薇を相棒ダンテの鞍に括りつけた。
『グラちゃん、一つ嫌な知らせ』
今度はサラマンダリアがそっと近寄ってきて気不味そうに耳打ち。
―――分身体を潰された。
その一言は途端に彼の心をざわつかせた。
「珠希は…」
『ごめんなさい、もう分からないの…。唯、最後に見えた様子ではまだクロちゃんは珠希ちゃんを殺す気がないみたいだった。だから…』
希望を捨てるな―――。
そう言葉を掛けるつもりだった。
「嗚呼、間に合った!グラジオ!!」
豪快な足音を立て、言葉を遮る声。
今度は誰だと目を向け、瞠目した。
ガザーニア帝であった。
「陛下…!」
ダンテの背から降り、兜を取って仮面に戻しつつ、どうしたのかとこちらからも駆け寄る。
「グラジオ、受け取れ…!餞別だ!」
そう有無を言わさず押し付けられた宝剣に、グラジオは呆気に取られた。
それは一騎の持つエルダの聖剣に並ぶ伝説の御剣。キトリア帝国が誇る秘宝中の秘宝だった。
「陛下、これは…!」
「お主なら使いこなせるだろう。武運を祈る。必ず藤崎女史と戻れ」
突き返されぬよう彼の胸に拳で剣を押し当て、ガザーニア帝は不敵に微笑む。
不器用な激励にグラジオはしかと頷くや剣帯の剣を引き抜き、授けられた御剣と入れ替えた。
「必ずや!」
颯爽とダンテに飛び乗り、そう珠希との帰還を誓った。
仮面を着け直して手綱を鳴らせば、ダンテの勇猛な咆哮が轟く。
一行は果敢に駆け出し、不帰の大地へと向けて転移門に飛び込んだ。
漆黒の亜空間を抜け、辿り着いたのは遺跡の要塞を望む砂漠の荒野だった。
もぬけの殻となった野営地には荒んだ魔王軍の生活が垣間見え、僅かに篝火を灯す三キロほど先の要塞の奥からは吐き気を催すほどの瘴気が漂っていた。
「ここが魔王軍の本拠地…」
「思ったよりも周囲は瘴気が薄いですね」
警戒を続けながらも一行は辺りを見回し、珠希が囚われていると思われる要塞へと駆け足。
駐屯兵との交戦を覚悟しながらであったが、その道中は静かなものだった。
誰一人として敵兵に遭遇せず、砂漠の生き物だけが呑気に徘徊。難なく要塞の約一キロ手前に辿り着き、一同はゴクリと生唾を飲んだ。
正門には警備の武装兵がちらほら見え、攻撃は仕掛けてこないものの既にこちらには気付いている様子である。
「一騎」
異様な静けさの中、グラジオが名を呼ぶ。
何かと騎乗するポポを寄せた一騎に、彼は小箱を差し出した。
「君にこれを渡しておく。サラマンダリア様の魔力結晶にいくつかの魔法を仕込んだ。もしもの時はこれで私を殺せ。標的に投げつければ発動する仕組みだ」
淡々と告げられた役目に絶句した。
「団長…、まさか死ぬ気じゃ無いですよね…?」
慄きながら一騎は訊ねた。
正門へと向き直ったグラジオは、目を向けることもなく唯、もしもの保険だと答えた。
それが更に不安を助長した。
「行くぞっ!!」
「「「応っ!!!」」」
グラジオの号令に返された猛者達の咆哮。
駆け出した竜の爪が鳴り、地響きが轟く。
「早くお前のご主人様を助けに行くぞ…!」
ポポの首を叩いて加速する一騎は、その言葉で己を奮い立たせた。
シナリオの強制力を思えば、きっとこのまま魔王との衝突は避けられない。
本当は怖かった。
けれど、逃げられない。
気持ちの整理なんてする暇もなかった。
武者震いする拳を握りしめ、勇者たれと己を律した。
「散っ!」
槍を構えた武装兵の待ち構える大門を直前に、グラジオの声が轟く。
騎士達は援護に備えるべく四方へと散開し、グラジオ自身は抜刀の上、正面突破で立ち向かってきた兵を薙ぎ払いながら隔てる門や扉を魔法の火炎でこじ開ける。
途端に敵方から奇襲を知らせる警笛が鳴り響くも、彼等は内部の避難を呼びかけるばかり。
明らかにこちらへの敵意がない事を不審に思ったグラジオは、背後に続く一騎とシャスタを制止。
要塞の中央地点、メインフロアの大階段を前に相棒の足を止め、辺りを見回した。
「…ようこそいらっしゃいました」
穏やかな声が響き、大階段の上よりゆらりと翅を広げた白い蛾の魔族が静かに眼前へと舞い降りる。
それに続いて通路という通路、扉という扉からぞろぞろと現れたのは女ばかりの多様な魔族数百人。彼女等は敵意が無いことを示すように手にした武器や装備を手放し、頭巾や外套などさえも剥ぎ取った。隠しているものは一切無いと―――、過去、理不尽に虐げられてきた彼女達流の強烈な意思表示だった。
「魔王城総括女官長シルルと申します。珠希様をお探しですね?どうぞこちらへ」
最初に現れた白蛾魔族は慇懃に頭を垂れるやそう名乗り、床スレスレの低空飛行で右の回廊へと誘う。
警戒を続けながらも後に続いたグラジオ達は、中庭へと連れ出された。
上空で待機していた部下の騎士達は、グラジオが手を上げて出した集合の合図に、機敏に反応。音もなく楽園のような泉の側に集結した。
「珠希様は昨晩、あの塔へと向かわれたまま戻られておりません。恐らく魔王様と共に居られるかと。我々は制約によりこの先には進めません。どうぞ、ここより先はお覚悟をお持ちください」
泉の先に見える廃墟を指差し、シルルは淡々と告げた。
魔王討伐への脅しとも取れたが、怯えるような口元や強張る手の動きから他意は無いと察した。
「承知した。案内ご苦労」
端的に言葉を返し、グラジオは迷う事なく泉に設けられた飛び石へと踏み込む。
瞬間、泉が凍りつき、竜が進むに十分な道を構築した。
「全員、渡ったな?」
泉を渡り切り、グラジオは全員を確認。
ここまで戦闘らしい戦闘もなく皆消耗した様子はない。
早く珠希を奪還せねば―――。
急ぐ心を抑えながら、廃墟の塔へと向かおうとした矢先だった。
『…来たね』
その声に、誰だ!と誰もが身構える。
塔への道筋、黒い翅を弱々しく広げて立ちはだかったのは精霊フェニシスだった。
今にも倒れてしまいそうな存在に誰もが面を食らった。そもそもこんな所に精霊が居るなど思っても見なかった。
『これが…、僕に出来る…最初で最後の贈り物だ…』
疲れた微笑みを浮かべ、フェニシスは彼等に両手を翳し、祝詞を唱える。
瞬間、香しい異国の花の薫りが彼らを包み込み、一騎の腰元の聖剣が眩い光を放った。
「聖剣が…!」
光り輝く聖剣を抜刀し、一騎は目を瞠った。
唯の黒刃であった刀身が煤を落とすように白銀に染まり、特徴の無かった柄が翼を広げた不死鳥の形へと変化。
溢れ出す神聖な気配は、邪気を払う唯一無二の聖剣であることを誰もに知らしめた。
『どうか、その剣で父の…魔王クローヴァルトの魂核を貫き、その魂を浄化してほしい…、頼んだよ?』
廃墟の塔の向こう、燦然と輝く陽が照り付ける砂丘を指差して、役目を終えたとばかりにフェニシスは微笑む。
瞬間、精霊はその姿を精霊蟲へと崩して辺りに散り、その儚き様に一騎は思い新たにグラジオ達と共に指し示された砂丘へと急いだ。




