決戦
闇夜に急襲の鐘の音が鳴り響く。
魔王が開いた転移の門はキトリアへと繋がり、雪崩込んだ魔王軍はスタンピードの如く。腹を空かせた狼の群れのように荒くれ者は街を襲い、民衆を恐怖のどん底に突き落とした。
「皆、城へ!急げぇ!!」
悲鳴が轟く中、警備兵の呼びかけに人々は王城へと逃げ込む。
明朝にも不帰の大地へと乗り込まんとしていたグラジオ等ヴォタニカリア近衛魔導騎士の猛者達は襲い掛かった魔族との交戦を余儀無くされた。
「全体下がれ!」
聖樹教会中央神殿上空、精霊ラズベリアの宿る聖樹を燃やし尽くさんと押し掛ける魔王の軍勢を捕捉し、相棒ダンテを駆るグラジオは声を張り上げる。
蜘蛛の子を散らすように部下が退避した瞬間、彼は掲げた剣を振り下ろし、龍の如き雷撃で軍勢を一掃。
燻る炎を鎮めんとその背後より水の精霊王を讃える言葉を唱えたキトリア皇太子アイヴィスは黄金の翼竜の背より天へと手を翳し、神殿周囲に激しい雨を降らせた。
「ラズベリア様はもう大丈夫だろう。グラジオ、父上達と合流しよう…!」
竜の手綱を握り直し、アイヴィスは急ごうと指示。
グラジオは地上の部下に神殿の護りを任せ、戦闘の続く王城へと急いだ。
「全く次から次へと埒が明かん…!」
戦斧を振り上げ、城門前に集る魔族にガザーニア帝は苦い顔。
騎士や兵士達が必死に市民の避難を促す中、君主自らも助太刀に入った―――のだが。
「嗚呼もう!父上!危ないから下がっててください!!そもそも病み上がりでしょう!?」
「陛下!もうお歳なんですから前衛に出ないでくださいましっ!!」
「また皇后陛下に叱られますよ!?」
「ここは僕達でやるから!父様は指示出しに専念して!!」
前衛で杖や剣を振るう第二から第四皇子、更には第二夫人にまで叱られた。
自らが虎の子落としで鍛え抜いた息子達に、魔法の腕を見初めて娶った才女であるが、緊急時も相俟って非常に当たりが強い。
途端にしょんぼりしたガザーニア帝は背後からポンポンと救護班に回った第三夫人カメリアに背を叩かれ、奥へと引っ込められた。
「…さて、どうします?転移門破壊しないとジリ貧ですよ?」
父帝が下がったのを確認し、飛び掛かった魔族を切り捨てながら第三皇子が意見を仰ぐ。
こうしている間にも転移門からは魔王軍が我先にと雪崩込み、街中から物資を掠奪し、市民に襲い掛かっている。
「そうは言っても俺達の魔力じゃあんなデカブツ無理ですよ?アイヴィス兄様とかならまだしも…」
氷魔法でバリケードを築きつつ、第四皇子は難色を示した。
転移門は縦横六メートルを超える。物理で破壊するか、発動者たる魔王を斃さない限り消滅しないが、どちらも骨が折れる。
「せめて兄上とグラジオがこっち来てくれればねぇ…」
杖で頭を小突きつつ、第二皇子は飄々と思案。
「今、どこにいるんだっけ?」
「中央神殿。さっき馬鹿でかい雷落ちたからそろそろ来るんじゃない?」
「ちょっと!話し込んでないの!市民の救助と避難が先!」
せっせと魔王軍とやり合う第二夫人アネモネは呑気な息子達に鬼の形相。
彼女のお叱りに皇子達は我に返って敵勢の討伐を急いだ。
そんな折だった。
「ほう…!キトリアの皇子達に殲滅の魔女と恐れられたアネモネ皇妃もおられるとは…!」
上空より翅音を携えた声が轟く。
目を向ければ、黒と黄色が目に鮮やかなトンボの魔族が役者の如く両手を広げて浮遊していた。
色合いからしてオニヤンマの魔族だ。纏う鎧から指揮官だろう。
「これは好都合!全員死んで貰おう!!」
実に無慈悲。
声高らかにオニヤンマ指揮官は宣告し、その部下たる魔族達をけしかけた。
「ちょっ!この数は流石に…!」
「嘘だろ…!」
「え、ちょっ、ど、どうする!?」
「狼狽えるな!剣を振るえ!!市民を護るの!!怖気づく暇は無いわよ!」
阿鼻叫喚の皇子達に、アネモネ皇妃は杖を構えて一喝。
全員が腹を括った刹那、両者を分断するように飛来した火炎が横切る。炎は天高く舞い上がり、火の鳥に変化した。
『全く、休む隙無しね!』
文句を垂れる火の鳥は忽ち乙女の姿へと変身。やはり火の精霊王サラマンダリアだった。
しかも救援に来たのはそれだけではなかった。
『フォッフォッフォ!楽しきかな可笑しきかな!人族に加勢など西北戦争以来ぞ!』
花咲き誇る大杖を突きながら朗らかな笑い声を轟かせるは大地の精霊王グノムジカ。
その歩みと共に草花を伸ばし、驚く魔族を蔦で締め上げ、絡め取った。
『あれ?グノムジカ、西北戦争ってキトリアとロマーノの建国のきっかけになった戦いだよ?四百年前くらい?そんなになる?』
グノムジカの背後より、街を焼く火薬の火の粉を消し去る旋風を携え、現れたのは風の精霊王シルフェイド。
ふわふわと空を浮遊しながら首を傾げた。
『そうとも?あの戦いに干渉し過ぎたが故に、儂は翁の姿しか取れんようになったのだからのぉ!』
今や懐かしいと笑いながら、グノムジカは豊かな髭を撫でる。
元来は掟破りの罰であるが、今の姿は存外気に入っていた。
『これ!昔話をしておる場合かっ!?悠長に構えとるとまた罰を食らうぞ!赦しを得たのは夜明けまでぞ!』
氷の茨と水の龍で軍勢を蹴散らし、水の精霊王アンディレイネは不機嫌そうに檄を飛ばす。
叱られるシルフェイドとグノムジカであるが、双方気怠そうにハイハイと答え、それぞれ開かれた転移門へ。
その次の瞬間であった。
轟音を伴い、鋭い銀の風に斬り刻まれ、一つは木っ端微塵の灰燼に。もう一つも鋭き茨に締め壊されて瓦礫の山には可憐な花が咲き乱れた。
『奏でよ!我が眷属共!慮外者どもを在るべき大地に追い返せ!』
声高らかにグノムジカは唱え、どこからとも無く烏やフクロウ、コウモリにネズミ達が集結。
夜を這うその眷属は夜明けを告げるが如く、慄く魔族を残る転移門へと追い立てる。
「ぐぅっ…!こうなったら!」
精霊王の助太刀に手も足も出ず敗走する自軍に、オニヤンマ魔族は彼方の上空より苦々しく顔を歪め、市民の避難が続く城に注目。
そうして、中庭にて怪我人の手当に追われるキトリアの姫君達に目を付けた。
急降下の上、オニヤンマ魔族は前衛の皇子等の猛攻を掻い潜り、中庭に飛来。補給や後援部隊を潰すのは戦の常套手段だ。
轟く悲鳴にニヤリと微笑み、背の翅から超音波を鳴らす。
咄嗟に障壁を張って回避する者もいたが殆どが鼓膜を破かれ、憐れに倒れた。
「さてさて…、キトリア皇族の血肉は魔力が豊富と聞く…」
動けぬ民衆を踏みつけ蹴り飛ばし、悍ましい言葉を吐きながら逃げ遅れた姫を捕らえる。
轟く甲高い悲鳴に悦に浸り、喉笛に喰らい付かんとした時だった。
タタタッと軽快に駆け寄る足音。
刹那、閃いた聖なる切っ先は姫を鷲掴む腕を刎ね、可憐な御身を掻っ攫った。
「ったく、悪趣味な野郎だぜ!」
気障な台詞を吐きながら、全力疾走でバクバクの心音と息切れをひた隠す。
シナリオ通りなら今の一撃で灰に出来た筈だ。
やはり聖剣は目覚めない。滴る汗が情けない。
それでも本命ヒーローはこうでなくては。
駆け付けた勇者一騎は気丈にニッと笑みを零した。
「ほうほう!かの聖剣の勇者が!お初にお目に掛かる!その命も頂戴しよう!!」
腕を切り落とされたにも関わらず、顔色一つ変えぬままオニヤンマ魔族は愉しげに宣言。
駆け寄った手負いの兵に姫を任せ、一騎は眠り続ける聖剣を構えた。
「いざ!」
先制を仕掛けた魔族は鋭い虫足を振り翳す。
叩き込まれた剣裁きでそれをあしらい、鎧の隙間に狙いを定めて喉元へと切っ先を突き立てる。
瞬間、飛び退いた魔族は翅を展開。彼の実力に勘付いたのか空へと逃げ、再び超音波の広域攻撃に出ようとした。
「ポポっ!!」
その名を呼ぶと同時だった。
魔族の背後、日の出の光を背負う生成りの翼のセルヴスドラゴン。
鷲の如き鉤爪は構えた腕を小枝を薙ぐかのように容易くもぎ取り、片目の複眼を掠めた。
激痛と飛び散る体液に、魔族は途端に怖じ気付いて急降下するも隼の如きその翼の速さと機敏さには到底敵わず。
はっと気付いた時には既に一騎の間合いに誘い込まれていた。
「無念…!」
そう呟かれた直後、オニヤンマ魔族は呆気なく首を刎ねられた。
「ポポ、助かった。やっぱすげぇなお前…」
刀身の血を拭ったマントを外しつつ、一騎は駆け寄るポポの首をワシャワシャと撫でる。
褒められたポポは嬉しそうにピィと一声。
敵とは言え、礼節を尽くせとのグラジオの言い付けに従い、仕留めた魔族の亡骸にマントを掛けた。
「一騎様!」
駆け寄る声に振り返り、ほっと安堵。
キトリア皇都に到着して間もなく、ヴォタニカリア一行の助太刀に入ってもらった従者のシャスタが、依頼通りグラジオ達を連れてきてくれた。
「一騎、何故ここに…?それにポポも…」
戸惑った様子でグラジオは擦り寄るポポを撫でる。
見間違いかとも思ったが、角に嵌められた認識証の銀細工と手綱に刻まれた珠希の名前から彼女の相棒に間違いなかった。
「すみません、藤崎さんが攫われたって知って、居ても立っても居られなくて…。ポポは女王陛下が貸してくれました。城のセルヴスの中で一番速いこいつなら、きっと役に立つだろうって…」
理由を話しつつ、剣を鞘に納める。
未だ目覚めぬ聖剣に彼らの心中は複雑なものだろう。
「…成程。そうだな…、ポポのスピードは珠希が見出したからな…」
主人を探すようにキョロキョロと当たりを見回すポポに、グラジオは微かに声を震わせた。
ヴォタニカリアを発つ前、珠希は暇を見つけては熱心にポポに乗る練習に励み、騎士達も驚くほどに騎乗が上手くなっていた。
その上、鎧兜を纏う騎士の竜としては体躯が華奢過ぎて役に立たないとされていたポポは、実際はその小振りさが機敏な動きを可能にし、飛行速度ならどの竜にも負けないことを証明した。
正直、彼女自身も時速百キロを超えるその速度にビビること無く、寧ろ楽しんでいたのだから大したものである。
「グラジオ!大体片付いたぞ!」
大声を張り、皇太子アイヴィスが手招き。
呼び立てにグラジオは手を上げて応じつつ、一騎とシャスタに一緒に来るよう手招きした。
天高く登り始めた陽の光が、落ち着き始めたキトリア皇都に夜明けを告げた。
街を望む城の監視塔より、グラジオ率いるヴォタニカリア騎士団一行、一騎とシャスタは尚も禍々しく開かれた最後の転移門を確認。もうあちらから魔族が攻めてくる様子は無いが、それでも不帰の大地への道は閉じようとはしなかった。
「残るはあの門だけだ。生憎、精霊王様方はもうこれ以上の干渉は出来ないらしくてな…」
転移門とその前に集結した精霊王達を指差しながら皇太子アイヴィスは告げ、一同にどうする?とばかりに視線を送る。
桁外れの魔力を誇るグラジオならば転移門の破壊も多少の手助けがあれば可能だろう。
けれど、そこに存在する巨大な門はまるで不帰の大地に彼等を誘っているようでもあった。
「寧ろ好都合です。皆、行けるな?」
振り返りながらグラジオは告げ、控えていた猛者達は精悍な顔で静かに頷いた。
一騎もシャスタも覚悟は決まっていた。
「我々はこのまま不帰の大地に乗り込みます。後方部隊の手配をお願いします」
一瞬たりとも迷わぬ決断である。
最愛の人を救い出す為とは言え、生きて帰れるかも分からぬ戦いだと言うに―――、何と勇ましいことか。
その清々しさにアイヴィスは微笑み、承知したと頷いた。
「任せろ。サパナ共和国にも協力を要請した。途中で門が閉じても迎えに行けるように万全を期す」
それはまるで魔王討伐を成し遂げる事を確信しているかのような口振りだった。
「宜しくお願いします。では…」
軽く会釈の上、グラジオは気合を入れるかのように小脇に挟んでいた螺鈿の仮面を手に取る。
歩み出す勇猛な足取りに猛者達が続く中、抑え切れぬ激情を内に抑え込めるように嵌め着けた仮面は忽ち兜へと変形。榛色の眼より鋭い眼光だけを放った。




