過去と呪い
精霊フェニシスからの頼みを引き受けたものの、どう動くべきかと珠希は考え倦ねた。
サイペルス一派からの警護のため、部屋の外に一歩でも出ればシーラが引っ付いてくるし、ひと思いに魔王と話せないかともシルルに相談したが、それは難いと断られてしまった。
曰く、魔王はとてつもなく気紛れで、出陣の時以外は全く住まいの塔から出てこないらしい。配下に用がある時も使い魔の猫や烏を遣いに寄越すだけで魔王軍でもその姿を見たことが無いという者もいるそうだ。
「成程、だからあちこち猫ちゃんが歩いてるのか…」
部屋の片隅で昼寝をしていた黒猫を撫でつつ、珠希は納得。
ここでの生活も気付けば十日目。暇潰しにあちこち回って見ている内に大体の組織体制と運営形式を把握した。
先ずとして、ここでは今いる要塞の中で務める内職、要塞を取り囲むように点在する野営地で日々軍事訓練に勤しむ外職に分かれている。
内職の構成は大体三百人程度。殆どが元奴隷や迫害を受けて他国から逃げてきた者、もしくは魔王軍により助け出された―――と言うより捕虜として連れて来られて居着いた者だ。業務は主に外職が鹵獲した武器や食糧の管理や衣類の洗濯修復など。要は兵站管理だ。また要塞の隅にある牧場と畑で家畜家禽に野菜を育て、魔王軍に属する全員への食事の提供や生活物品の納品なども行っている。
対して、外職の構成は一拠点当たり千人規模の一個連隊。こちらも元は奴隷や難民だが、以前の荒んだ生活から物盗り暴力沙汰が癖付いた荒くれ者が多く、詰まる所、素行が悪くて内職から弾かれた者が多い。幹部にもなれば武に優れた人格者だが、底辺は破落戸と言っても過言ではない。最後の三貴将サイペルスの一派はその最たるものだ。
「全く、何でサイペルスが三貴将なんだか…!魔王様も実力主義が過ぎるわ!」
「ディジタリアさんも昔はあんなじゃなかったのにねぇ。前は一緒にドレスを作ったりもしたし」
「あれでしょ、エレウシネとの破局…!」
「あー!確かに。あの頃からよね!人の皮を被ったり奇行が目立ち始めたの…!」
「確か今の顔になった頃からだったかしら?ぱったり戻らなくなって…」
「そうそう。丁度、魔王様に鞍替えして…」
「エレウシネも素直になれば良かったのにねぇ!」
暇潰しに畑や牧場の仕事を手伝いつつ、珠希は内職の魔族たちから聞き取り調査を決行。
捕虜と言う建前なので仕事については思いの外、あっさり許可された。
加えて井戸端会議感覚で聞いてみれば、出るわ出るわの噂話と愚痴大会。お陰で内部の様子が把握できて来た。
先ずとして現在の魔王軍はやや不安定な状況らしく、最後の三貴将サイペルス率いる破落戸派閥と内職の総括である女官長シルルの内政派閥が衝突気味。これまでにもサイペルス派とシルル派で度々衝突はあったらしいが、当時のサイペルス派は三貴将とは名ばかりの捨て駒兵扱い。その上、穏健派で魔王からの信頼も厚かった三貴将エレウシネが制裁に入るなどして均衡を保っていたらしい。
しかし、十年程前にグラジオによりエレウシネが討たれてからパワーバランスが崩壊。聖女エリカの皮を被り暗躍していた三貴将ディジタリアが長らく不在であったことも起因して、サイペルス一派はエレウシネの配下を呑み込んで、一気にシルル派に台頭する巨大派閥へと成長。
結果、内職と外職での衝突が頻発し、魔王クローヴァルトは双方の監視と威圧を強化。以前にも増して要塞のあちこちに使い魔を配置し、目を光らせているそうだ。
(感覚で言えば、事務と技術職がバトって、社長がお灸据えてる感じか…)
休憩時間に入り、お茶の準備をしながら珠希は頭の中でかつての職場に状況を変換。
正直、事務のおばちゃんのご機嫌は損ねるなと先輩に警告されてきた身からすれば、サイペルスが阿呆に思えてならない。事務方は縁の下の力持ち。資材の取り寄せや車両のあれこれ、契約書類も事務の方がいなければままならずいつも感謝で頭を下げていた。ここで言えば兵站管理の部署に喧嘩を売れば必要物品の配給を止められかねない。喧嘩を売るだけ損である。
「…そう言えば、ここって皆、成人ばかりなんですね。小さい子がいないと言うか…」
ふと気付いた事を口にし、珠希は淹れたお茶を啜った。
魔王軍が発足して少なくとも百五十年は経過している筈だが子供の姿はない。全体を合わせれば八千人はいる大所帯だし、同じ種族同士もかなりいる。いくら人族よりも長命で、その分出生数が少ないとしても恋愛の一つくらいはありそうなものだ。
「私達、もう子供が産めないのよ」
苦笑いで一人の魔族が答えた。
思わぬ返答に珠希が面を食らう中、彼女達は徐に上衣を持ち上げたり捲ったりして腹を見せた。
皆、同じような入れ墨が施されていた。
「避妊の呪印。今じゃ禁術らしいけど、ここの女の殆どはこれを施されちゃっててね。奴隷や虐げられていた時代の名残り…」
「解呪しようにも時間が経ちすぎてるし今更、子供作ろうとも思えなくてねぇ…。まあ、こんな環境じゃ子育てそのものも難いから」
諦めを含む理由説明に言葉を失った。
なんてことを聞いてしまったのかと後悔した。
「ちょっとタマちゃん、そんな顔しないで?貴女のせいじゃないんだから…!」
「そうよ、単に時代が悪かっただけ。命があるだけねぇ」
「今更、人族だからって恨んだりなんてしないわよ。サイペルスの馬鹿じゃないんだから」
次々に頭を撫で、彼女達は気に病むことではないと慰める。
けれど、その優しさが余計に苦しかった。
「んま、願うならそうね…、どうか伝えて貰えれば嬉しいわ」
はたとそう告げられ、珠希は俯いた頭を上げた。
目を向けた彼女達は笑みを浮かべながらも何処か精悍な眼差しをしていた。
「ここに私達がいたって事…。歴史から葬り去られたら、私達の受けた地獄まで無かったことにされちゃうから」
「そうね、タマちゃんが苦しく思うなら、その思いと一緒に私達を忘れないで。それが私達を虐げた奴らへの復讐になるわ」
「珠希ちゃんが私達のことを伝えて頂戴。私達がどうして魔王様に仕えることになったのか…、何故、魔王軍が存在することになったのかってね…」
掛けられた言葉に、珠希は涙を禁じ得なかった。
こんな優しくなんてしないで、恨まれ蔑まれていれば良かったとさえ思った。癒えることのない傷を負わせた人族。その人族の世話を焼くなど、どれほど苦しかったことだろう。
こんなことなら罵詈雑言を浴びせ、冷遇してくれれば良かった。
彼女達は解っていたのだ。
間もなく聖女珠希の奪還という大きな武力衝突が起きようとしていることを―――。火種となる己を、それでも甲斐甲斐しく受け入れてくれた彼等の矜持に、敬意を持って珠希は感謝を繰り返し伝えた。




