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勇者、キトリアへ


 同じ異世界人で聖女の珠希が魔王に攫われ、遠征中のグラジオ率いるヴォタニカリア一行も壊滅的な被害を受けたとの報が齎されたのは事件発生の翌々日だった。


「じゃあ、ディジタリアは斃したんだな?」


 ヴォタニカリア国内に出回った号外新聞を手に聖剣の勇者の一騎は、新聞を持ってきた護衛兼従者である山猫獣人シャスタ・ディジーに再度の確認を取った。


「はい。瓦礫の中から死体も確認され、聖女エリカの正体であったことも証言が取れているそうです」


 淡々と述べるシャスタに一騎は安堵混じりに溜息。

 正直を言えば、聖女エリカがディジタリアである事は知っていた。

 しかし、ディジタリア討伐戦が起きるのは当面先である筈だった。だから周囲には混乱を避けるために伏せていた。

 向こうの世界でプレイしたゲーム上のシナリオでは、聖女エリカは聖職者を操ってプレイヤーを足止めの上、聖樹教中央神殿からもまんまと逃げ遂せる。対峙できるのは魔王討伐戦のクライマックスで、中ボスとして魔王城で待ち構えており、驚くグラジオに対して自らがディジタリアであることを明かしてバトルが始まる仕様だった。無論その場には新たな聖女(珠希)は居ないし、魔王は終始玉座に鎮座して動かない筈だった。


「それで、グラジオ団長の容態は?」


「命に別状は無いそうですが、聖女殿が攫われたことにかなり憔悴しているらしく…」


 返ってきたのは、かなり不味い答えだった。

 シナリオがこのまま魔王討伐戦に進んで行くとして、不帰の大地に攻め入るにしてもグラジオが精神的に弱っていては魔王に憑依されてしまう。それこそ小さな羽虫が蜘蛛の巣目掛けて飛んで行くようなものである。


「シャスタ、俺達もキトリアに行こう」


 新聞をテーブルに投げ、一騎は意を決して戦女神エルダの聖剣を剣帯に差し込む。


「行ってどうするのですか?」


 淡々とした問いに、壁に掛けていたマントを取ろうとした手を止めた。


「今の貴方ならもう分かるでしょう?これまで三度の討伐遠征に参加し、どれほど鍛錬を積もうと…、結果は変わらなかったのではないですか?」


 追撃するシャスタは、精悍な眼差しで彼を捉えた。

 言いたいことは痛いほど分かっていた。

 ヴォタニカリアにやって来て約半年。初っ端に珠希にシバかれ、生意気だと騎士団にシゴかれ、色々と苦い経験をしながら身体も精神も鍛えてきた。

 来た時とは自分でも変わったと思う。成長出来たと実感がある。

 それでも―――、肝心な聖剣は眠ったままの鈍らのまま。己の力は、あってもせいぜい並の騎士くらいだろう。


「…それでも放っては置けないよ。魔王が聖女を攫うなんてイレギュラーだ。藤崎さんにもしもの事が遭ったら、最悪の未来を変えられなくなる。俺は聖剣の勇者なんだ…!」


 ぐっと拳を握り、迷いを振り払うようにマントを引っ手繰る。

 今更だ。来た時からシナリオは崩れていた。どうせならしない後悔より、した後悔だと―――、何事も場数を踏めと職人気質な彼女にも言われた。


「………、あちらには今、火の精霊王が居るそうです」


 マントを着ける中、溜息混じりにシャスタは告げ、一騎は目を剥いた。

 ゲーム上では、精霊王は名前と絵姿しか登場せず神と同等の存在だった。特にサラマンダリアは武器を強化し、瘴気を浄化する能力すらも持たせるチートキャラだった。


「なら、行くしか無いな…!」


 年相応に一騎は生意気にニッと笑った。

 善は急げ。

 フットワークの軽さが自分の強みだと、彼はグラジオ達と合流すべくキトリアへと走り出した。




 時は一騎が珠希拉致の報を受ける前日、グラジオ達が魔王に叩きのめされた直後に遡る。

 神殿から火の手が上がっているとの近隣からの通報により現場に駆け付けた皇室騎士団は、その惨状に言葉を失った。

 先ずとして神殿内にいた聖職者八十一名の内、高位神官三十七名が各自の寝室で殺害されているのが発見された。その全ての遺体が神官の証したる身丈の大杖に縛られ、鋭利な刃物で心臓を貫かれている状態であった。

 生存者であるシナモニア教皇の証言によれば、彼等はディジタリアに投降を促した為、魅了魔法に掛かった同胞三十三名に寝込みを襲われたとのことである。

 またこの三十三名は突入したグラジオ達と交戦。半数がその場で粛清されたが、残りは聖女エリカを讃えながら自爆攻撃に自らの命を捧げた。

 生き残った聖職者はシナモニア教皇の解呪魔法により難を逃れた者のみ。彼等は死者を弔う墓地礼拝堂で身を潜めていた所を保護され、間もなく魔王襲来により重症を受けたガザーニア帝やグラジオ等の治療に尽力した。


「…胸を貫いての磔…、何か魔王軍なりの意味があるのかも知れんな…」


 宮殿に戻って手当を受けた後、寝室にて近侍より報告を受けたガザーニア帝は、豪奢な寝台の上で物思いに髭を撫でた。

 不幸中の幸い、身に着けていた鎧と手にしていた斧が盾となり軽傷で済んでいた。若かりし頃に鍛えた感覚がまだ健在であった模様である。


「それで、グラジオの様子はどうだ?目は覚ましたか?」


 書類を返し、改まった様子で安否を確認。

 他の騎士達は既に意識が戻り、神官からの手当で回復に向かっているが―――。


「いえ、残念ながら…、特段に瘴気火傷が酷く、まだお目覚めにはなっておりません。サラマンダリア様が無毒化を行っておりますが、回復には時間が掛かるかと…」


 その返答にガザーニア帝は落胆の溜息。

 一瞬ではあったが、まるで個人的な恨みでもあるかのように魔王はグラジオへと集中的に瘴気をぶつけていたのが見えた。

 魔王にとって見れば、グラジオは好敵手ながら待ち望んだ新しい肉体であり、あれほど痛めつけても何一つ得はない。寧ろ、死んでしまっても可笑しくはなかったし、そうなれば肉体の持ちは非常に悪くなる。何より、あの時あの中で一番警戒すべきは元同族のサラマンダリアの筈であったが―――。


「全く魔王の行動は不可解ばかりだな…」


 また髭を撫でながら、深まる謎に眉間の皺を濃くした。

 これまで何度と無く魔王の軍勢とは交戦してきたが、その目的がはっきりしていた衝突はオルクトーフェの襲撃くらいだ。

 彼等の侵略方法は、まるで魔物の大量発生や集団暴走だ。ある日、突然世界の何処かに現れては、その地にあった人の営みを消し去るように破壊の限りを尽くす。聖樹を枯らして精霊を殺すこともあれば、聖樹にだけは手付かずで終わることも多々。

 言い換えれば、魔王軍という災害のようだった。


「不可解なのは貴方様もです!」


 唐突に怒りを含んだ大声が轟く。

 ビクリと肩を揺らした皇帝の前、その貴婦人は扉の前で仁王立ち。

 カツカツとヒールを鳴らし、鬼の形相で歩み寄った。


「あ、アベリア…!お、おお、我が皇后よ!今日の具合はどうだ?顔色は良さそうだな?」


 途端に跳ね上がった心拍と動揺を、いつもの台詞じみた挨拶ではぐらかし、必死に笑顔を繕う。

 しかし、少年時代からかれこれ半世紀を連れ添う正妻には誤魔化しは通用しなかった。


「ええ、とんでもないサプライズのお陰で飛び起きましたわ…!大変に肝が冷えましたわよ?騎士を連れて魔王の配下…しかも三貴将の討伐ですって?」


 逃げ道を塞ぐようにでんっと寝台に座り込み、皇后アベリアは襟元を正す振りして胸倉を掴む。

 君主が助けを乞うよりも先に、その様を見た近侍はそっと退出。

 皇后の逆鱗に触れた時の苛烈さは、獅子帝の異名を持つガザーニア帝ですら気圧される具合だ。ここに務める者は皆、宥めに入るだけ火に油を注ぐと痛感していた。


「いや、あの…これはだな…っ…」


「ええ、ええ。解っていますとも。どうせ、魔王軍討伐は皇帝の責務だとか宣って、お気に入りのグラジオさんと汗を流したかったのでしょう?今や貴方と武術で渡り合えるのはアイヴィスとグラジオさんくらいですものねぇ?最近はあの子に相手にしてもらえないから、つまんなかったんですもんねぇ?」


 段々とキツくなる襟元に、タラタラと冷や汗が滲む。

 怒りはご尤も。図星だし、絶対に怒られるのは分かっていた。だから黙っていた。

 尚且つ、心労を掛けるのは忍びなかった。

 元より病弱で現皇太子である嫡子アイヴィスを出産して以来、床に伏せることが増えたアベリア皇后はガザーニア帝の意向で表舞台から離れ、今は離宮で療養生活を送っている。

 しかしながら、キトリアの国母としての責務を全うすべく、虚弱な身体に鞭打って属国や有力貴族から迎えた三人の側室やその子供達と協力し、それぞれの強みを活かせる采配を下して裏から国を支えている。

 時にはこうして無茶ばかりする夫の行動を諌め、猪突猛進な彼を止める唯一にして最大の抑止力でもあった。


「母上、あまり興奮するとまた血を吐きますよ?」


 そんな呆れ混じりの声に、目を向けたガザーニア帝はほっと安堵。振り返ったアベリア皇后は間が悪いとムッとした。

 彼等の息子であるアイヴィス皇太子である。


「全く…、賢者のグラジオと共闘したいのは分かりますが、父上ももう年なんですから…。現場は私に譲ると仰ったばかりですよ?そもそもあまりグラジオを贔屓しては国の威信に関わります。廃嫡されているとは言え、彼はヴォタニカリアの王子なのですから」


 今ほどの安堵も束の間、妻以上のお灸を据えてきた息子に、ガザーニア帝はタジタジ。

 普段は味方なだけあって諫言が耳に痛い。尚且つ、近頃は後継者として政務補佐をさせている手前だ。

 二人からくどくどとお叱りを受け、獅子帝はシオシオと萎れた。


「失礼致します。陛下、グラジオ様がお目覚めに…」


 駆け足で戻ってきた近侍は開口一番、吉報を届ける。

 齎された朗報にガザーニア帝は途端に顔色を明るく変えたが、それから間もなく、彼等は惨状を目の当たりにすることとなった。

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