お忍びデート
皇都に滞在を始めて五日目、暗澹たる思いで相棒ダンテの背に乗り、復興の進む皇都を眺めるグラジオの姿があった。
聖樹復活の成功報酬である大金を祖国ヴォタニカリアに送金する手続きも完了し、本来ならば帰路に就く筈であるが、オルタンシア帝の宣言通り皇都の関所は封鎖され、出立することが叶わない。
正直、ヴォタニカリア一行は暇を持て余していた。
部下達には城の修繕や皇都復興の手伝いを言い付け、珠希とスイバも自主的に聖園の改修提案や城に張り巡らされた茨の撤去などに勤しんでいるが、グラジオ自身はオルタンシア帝からの依頼で皇都の結界の見回り。
表向きは賢者としての力量を見込まれての警備であるが、この国の人間には数少ない鮮やかな赤髪で容姿が目立つ事が原因である。
残念ながらキトリアでの騒動をルコールが貴族連中に吹聴した所為で、ロマーノ国内では魔王の器と言うレッテルをベッタリと貼られてしまった。
帰りはガザーニア帝から借りたままの双頭竜の馬車で帰るつもりではあるが、キトリアや祖国ヴォタニカリアでも今後の世間の目がどう向いてくるか分からない。
(…これではエリカ探しどころでは無いな…)
自嘲気味に肩を竦め、城に戻るべく手綱を返す。
頬を切る冷えた風は、四面楚歌だったフィーユ半島での日々を呼び起こした。
あの頃に比べれば地位も武力も身に付けたが、敵意を持って向けられる人目の鋭さだけは未だに肝が冷える。
―――いっそ、誰も己を知らない世界に行けたなら。
そう何度願ったか分からない。
「…おーい!グラジオ様〜ぁ!!」
前向方向より、何やら雄叫びが聞こえる。
はたと我に返って下に目を向ければ、城の一角のテラスから珠希が手を振っていた。
どうしたのかと相棒の首を叩いて急ぐよう促し、旋回しながら接近。彼女の側に降り立とうとして、その周りの光景に思わず笑った。欄干を埋め尽くす大小大きさ様々な雪だるま。しかも収まり切れずに床にまで並べている。よく見れば、その後ろでスイバも大きな雪だるまを作っていた。
「何をしているんです?」
雪だるまを壊さないようにテラスへと着地し、何とも可愛らしい周囲を見渡す。
「暇だったんで遊んでみました!」
そう即答する彼女は年甲斐も無くドヤ顔。
テラスに面した部屋を見てみれば、彼女の護衛に就けた部下達がお茶の用意をする女官達と談笑していた。
「本当はオルタンシア陛下とお茶会の予定だったんですが会議が長引いてるらしくて…」
そんな理由に頷いて納得しつつ、あまり外にいては冷えるので中へと誘導。
楽しく遊んだ彼女の手はすっかり冷えて赤くなっていた。
「あまり雪に燥ぐと風邪を引きますよ?」
呆れ混じりに忠告しつつ、暖炉の前に連れて行って風魔法で湿った裾や髪を乾燥。
落ち着いた紺の装いなので汚れは見えないが、全く良い大人が困ったものだ。
「ごめんなさい。つい楽しくなっちゃって…!」
そう言って珠希は舌を出してお茶目に反省。
女官が差し入れてくれたお茶を頂きつつ、冷えた指を温めた。
「あ。そう言えば、グラジオ様は明日って予定あります?」
はたと思い出したように彼女は訊ね、グラジオは軽く首を振った。
皇都の封鎖が続く限り、明日もやることと言えば結界の見回りか、鍛錬を兼ねた部下との手合わせくらいだ。
「特段はありませんが…、何かお困りで?」
そう答えると珠希はニッと口角を上げ、悪戯じみた笑みを浮かべた。
「もしよければ一緒に観光しませんか?市場の方は通常営業みたいですし、陛下の結界のお陰で街は安全ですから」
耳打ちするように口元に手を添えて彼女は誘うが、グラジオは酷く困った顔をした。
正直、ロマーノの人混みを歩くには抵抗がある。護衛ならば部下を当てたい。
何か断るに角の立たない言い方は無いかと考えていた時だった。
「はい、これ」
そう言うと同時に、ダンクシュートを決めるが如くズボッと頭に何かを被せされた。
触ってみれば、円筒状の毛皮の帽子だった。
「この地域の伝統的な帽子です。これなら髪の色も隠せますし温かいです…!折角ロマーノまで来たんです。お土産の一つも買わずに帰ったら勿体ない…!」
ニッと笑って珠希は無邪気に誘い続ける。
実に強引。でも、今の彼にはそれが救いだった。
「分かりました。そこまで言うなら、ご一緒しましょう…」
口では仕方なくとばかり。
呆れたように笑いながらも彼女からの初デートの誘いにグラジオの胸はときめいていた。
翌日は雪がちらついていた。
一段と冷え込む街を歩く人々は寒さに俯き、早足で過ぎていく。
そんな光景を眺めながら、珠希は隣の温もりに胸を高鳴らせていた。
今日はお忍びデート。持ってきていた私服にコートを着込んで、市場で食べ歩きのつもりだ。折角、知らない所に来たなら、その土地の味覚を味わってみるのが旅の醍醐味である。
「寒くありませんか?」
「はい、グラジオ様が温かいので…!」
エスコートしながらグラジオは細々と珠希を気にかけ、その優しさに冗談めかして答える。
事実、握り合う手は手袋越しでも温かい。
照れてはにかむ横顔はこちらと同じく嬉しさを隠し切れていなかった。
「…いらっしゃーい!エールもスピリッツもあるよー!」
元気な酒屋の声に後押しされながら、昼時で賑わう市場へ。
焼ける肉の匂いに誘われて、樽型ジョッキの地酒と串焼きを手に近場のベンチへ着席。二人でジョッキをコツンとぶつけ、豪快に外気で冷えた酒を喉へと流した。
「「ん〜旨ぃ!」」
アルコールで焼ける喉と胃に痺れ、唸るように出た一言。
見事に揃って思わず吹いた。
お互いザルなのは承知。だから遠慮は無用。冷え切らない内にと串焼きに齧り付き、また酒を呷る。
自身の豪快さはいつものことだが、王子でもある彼の飾らない姿は新鮮だった。
「たまにはこう言ったラフな食事も良いですね…」
「でしょでしょ?あ、次は何食べましょっか?まだグラジオ様は物足りないでしょ?」
「そう言う珠希さんは甘味が良いのでは?」
「あら、ご明察…!」
あっという間に食べ終わった串焼きの棒とジョッキを片付けつつ、他愛も無く言葉を交わす。
その刹那だった。
焼き菓子片手に子供達が脇を走り抜け、驚いた拍子に珠希はグラジオと接触。その衝撃で被っていた帽子が外れ、鮮やかな赤髪が露わとなった。
「ごめんなさい!怪我はっ?」
帽子を拾って被せつつ珠希は大慌て。
案の定、気付いた周囲の目がこちらへと集中した。
「私は大丈夫ですが…、どうやら気付かれたようです」
ざわめく周囲にグラジオは顔を曇らせる。
集い始める民衆に騎士の顔へと戻り、彼女の手を取った。
「ここは逃げます?」
握られた手を握り返し、珠希は悪戯じみた笑みを浮かべて訊ねる。
何だか楽しそうな彼女に、グラジオはニッと不敵な笑みを零した。
「逃げましょう…!」
それが合図だった。
運動会でピストルが鳴らさせたように二人で全力ダッシュ。雪を蹴り、無邪気に通りを駆け抜ける。
傍からすれば初々しい恋人達。年齢的にはやや薹が立っているけれど、酒の力もあって気にしなかった。
長閑な路地に逃げ込み、笑い混じりに一呼吸。熱りが冷めるのを待ちながら、ゆっくりと歩幅を揃えて街を散策した。
途中、雑貨屋さんを発見。そろそろ新しい手拭いが欲しかったのもあって入ってみれば、可愛らしい小物を一杯取り揃えていた。ヴォタニカリアで待つナズナやアリスにとマトリョーシカに似た瓢箪型の小物入れを買い、自身も絵柄が可愛い薄手のスカーフを買った。アレンジすれば手拭い代わりになるだろう。
会計を済ませて商品を包んで貰っている間、ふとグラジオに目を向ければ、レジ横のアクセサリーをチラチラと窺っていた。どうやらペアのブレスレットを選んでいるようだ。
「私、こっちが好きです」
悩んでいるようなので助け舟。
お金を出してもらっている手前ではあるが、好みはちゃんと伝えた方が良いだろう。
ロマーノ土産なので雪の結晶を象ったものを選んだ。
「バレてしまいましたか…」
こちらが選んだブレスレットを取りつつ、彼は困ったように微笑む。
普段はスマートなのに、こういう所は可愛らしい。
「やっぱりちょっとお腹空きましたね。何処かお店に…」
雑貨屋さんを出て間もなく、珠希はもう少し食べたいお腹を擦った。
ついでを言うとトイレも行きたい。
「…あちらに喫茶店がありますね。入りましょうか?」
一本外れた路地に看板を見つけ、グラジオは小首を傾げた。
渡りに船である。
少し強くなった雪から逃げるように喫茶店へと駆け込み、静かな店内にホッとした。他のお客は疎らである。
エプロンの女将さんの案内で奥の席へと進み、紅茶とサンドイッチ、お勧めのケーキを注文。間もなく珠希は化粧直しとの名目でトイレに離席した。
用を足して身なりを整え、急ぎ足でグラジオの下へ。
しかし、席には人だかりが出来ていた。
「ちょっと、ごめんなさいね?通してくださる?」
途端に戦闘態勢に入り、慇懃ながらに席に集る者を威圧しながら駆けつける。
まさか絡まれているのではなかろうか―――。不安に駆られながら戻った珠希の目に飛び込んできたのは、先程購入したペアブレスレットをテーブルに置き、喫茶店の女将や常連客からあれこれ指南されるグラジオの姿だった。
しかも髪と目の色が黒くなっている。魔法で一時的に変えたようが、前に聞いた話だと変装魔法は高度な技術と魔力を継続するためかなり疲れるらしい。
「あのねぇ、追跡魔法なんて子供じゃないんだから…!」
「いや、しかし…」
「それなら護身用に氷結魔法とか雷撃とかは?」
「おお、それ良いじゃねぇか」
「あー、成程」
「多重付与もできんなら光魔法で警報灯とか?」
「お、それも良いね」
「名案です…!」
和気藹々と彼等は意見交換。
どうやらブレスレットに魔法を付与しようとしていたらしい。
「嗚呼、珠希さん…」
漸くこちらに気付き、グラジオは苦笑い。
こっそり魔法を掛けるつもりが見られてしまった。
「…掛けるなら身体強化とかって出来ます?いざって時はダッシュで逃げるので。変なのに絡まれたら逃げるが一番!」
力瘤を立てつつ、珠希は真顔で質問。
斜め上の回答に彼のみならず他の客達も破顔一笑。そりゃそうだと皆、膝を叩いた。
「はい、おまたせー!」
そうこうしていると蝶ネクタイのマスターが元気にやってきて、紅茶セットをテーブルに並べる。
三々五々お客が散っていく中、先ずは腹拵え。香り立つ紅茶を味わい、グラジオは卵サンド、珠希はナッツが香ばしいケーキを頬張った。
「…さて」
一足先に舌とお腹が満足した彼は、のんびり紅茶で温まる珠希を前にブレスレットを手に取った。
微かに光る指先をブレスレットに嵌め込まれた硝子玉に当て、意識を集中。線香花火みたいにチカチカと光が瞬き、硝子の色が黄色く染まった。
「取り敢えず、護身用に雷撃魔法を込めました。あとついでに警報機能も。相手にぶつければ雷撃が出て、私に連絡が来ます」
続けて自身のブレスレットにも魔法を掛けつつ、しれっと追加した機能を説明。
魔法付与を終えてそっと席を立った彼は珠希の側に跪くや、出来上がったブレスレットをその腕に通した。
「ありがとうございます」
お礼を言いつつ、キラキラと光るブレスレットを眺める。
刹那、珠希はある事に気付いた。
「あの、魔法ってガラス玉なら込めることができるんですか?」
「ええ。ガラス玉に限らず、固形の無機物でしたら大体は可能です。まあ、人体のように魔力そのものを注ぐと割れてしまいますがね…。今やったように特定の技にすれば…」
そこまで言ってグラジオも閃いた。
「そうか…!魔力そのものではなく、魔法にしてしまえば良いのか…!」
そう気付いた彼に珠希はコクリと頷いた。
ヴォタニカリアで開発してもらった魔導ブロワーも持ち手に魔法の術式が描かれていて、スイッチを押すと使用者が保有する魔力を風魔法に自動変換する仕組みだった。故に魔力を持たない珠希は使えなかったが―――。
「例えばですが、風を起こす魔法をガラス玉に掛けておいてそれを筒に嵌め込めばブロワーにしたり出来るんじゃないでしょうか?」
「ええ、理論上は可能です。そうか…、私も魔力そのものを貯めておく方法ばかり考えていましたが…」
ブレスレットを見つめ、目から鱗を落としたグラジオは不敵に顎を擦った。
要は呪物―――、魔法を掛けた物品の応用である。呪物は一度発動したら終わりだが、繰り返し使えるように調整すれば生活を豊かにする道具になるだろう。
「ヴォタニカリアに戻ったらアカンサス様に相談してみましょう。きっと開発が一気に進みます!」
「ええ、そうですね…!私も同行しましょう」
「お願いします…!」
約束を取り付け、二人はワクワク。
残る紅茶を楽しみながら、穏やかで楽しい時間は過ぎて行った。




