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動乱


 テーブルに並ぶお菓子と温かな紅茶を前に、珠希は緊張の中にあった。

 場所は窓から聖樹を見下ろす皇帝の執務室。朝食を済ませて間もなく、グラジオと共に呼び出されたかと思えば、オルタンシア帝の家臣が夜通し集めた膨大な資料を開示され、貿易会社の商談さながらの説明を受けた。

 ざっくり纏めると今現在のロマーノは、石炭輸出については既に起動に乗っているものの、天然ガスに関してはどうやって運ぶか手法を検討している段階らしい。また用途に関しても、まだ暖房や照明としての利用に留まっている。そのことから珠希はかつての世界での話をさせてもらった。


「何と…!発電とな…!」


 そう声を上げ、ティーカップを手にオルタンシア帝は目を丸くした。

 文明レベルが十六〜十七世紀のこちらの世界では、まだ電気はライフラインに含まれておらず概念そのものが無いに等しい。照明も蝋燭に魔法を掛けたものだったり、硝子の屈折を利用した物ばかりで火災の危険も高い。


「成程…、電気に置換する発想は無かったな…」


 聞き耳を立てていたグラジオも魂消た様子で唸った。

 学校で習ったり動画サイトで見聞きした程度の知識で恐縮だが、珠希は続けて大まかに発電の仕組みを解説。無論、自然科学を深く学んだ者として、それぞれの発電方法のデメリットも説明した。


「成程のぉ…、便利を求める程に大地を穢すという訳か…」


 腕を組み、そうオルタンシア帝は眉間に皺を寄せた。


「はい。風力発電や太陽光発電も一時は脚光を浴びましたが、騒音問題や施設の破損や老朽化で漏れ出た重金属の土壌汚染は深刻で、開発や導入を見直すべきとの議論も上がっていました」


「確かに自然保護を謳っておきながら森を切り開き、大地を穢しては本末転倒ですね…」


 解りやすくと大判の紙に記したメガソーラーと原子力発電の記述にグラジオを眉を顰める。

 それは造園業に従事する者として―――、自然に接する仕事をしてきた珠希が特に許せなかった案件だった。

 一度、立ち止まって客観的に考え直せば――、長年の使用から安全だと胡座を掻かなければ―――、今となってはもう取り戻せない失ったものの大きさは計り知れない。


「厄介なのは、これらに利権が絡むことです。莫大な利益を前にした時、燦然と輝く栄光を前にした時…、人間は必ず盲目となり、ブレーキの掛け方を忘れます。暴れ出した盲目の怪物を止めるには、途方もない時間と犠牲を払うことになります。どうかその事を努々お忘れなきようお願い申し上げます…」


 その忠告に含まれた彼女の静かな憤怒に、オルタンシア帝のみならずグラジオや護衛の騎士達も思わず生唾を飲んだ。

 ―――一体、この人はあちらの世界でどれほどの不条理を見てきたのか。

 そう問いたくなるほどの怒気は、彼等がこれから手を出そうとしている発明と、そこから幕を開けようとしている文明が孕む大きなリスクを否応無しに知らしめた。

 ―――否。

 珠希は己がいた世界と同じ過ちを、この世界の人々が繰り返さぬように警告したかった。

 唯、それだけだった。


「…ちなみに少し話はズレますが、あちらの世界ではゴミ処理場の熱を温水プールや温室の管理などにも利用していました」


 はたと思い出したように珠希は告げ、広げられた紙にサラサラと書き足す。

 化石燃料を使うなら最大限に有効活用せねば勿体ないし環境にも悪い。元の世界のように温水プールや温室なら二次的収益にもなるし一石二鳥だ。


「成程、大衆に向けた施設ですか…。それなら浴場を展開するのも良いかも知れませんね。こちらは雪が豊富ですから」


「うむ、実に良い案じゃ。我が国の都市部は毎年、大雪に頭を抱えておるしのぉ…。これまでは集めた雪をロマーン川に放るか宮廷魔術師が火魔法で只管溶かしておったが…」


「陛下、それならば川下であるロマーノ西部の荒野にダム湖とやらを建設すれば雪解け水の貯蓄や雪そのものの処分にも…」


「ほうほう…」


 珠希の提示した別世界の知識や発明を参考に、グラジオは次々にエネルギー資源や電力を活用した国土開発方法を提案。

 オルタンシア帝のみならず話し合いに立ち会ったロマーノの官僚達も興味津々で耳を傾けた。


「…よし、では手始めに皇都復興に着手しよう。同時に聖女殿の知識から提案された排雪排水設備を設置し…」


 粗方の話し合いを済ませた正午過ぎ、聖樹復活を記念してオルタンシア帝が復興事業の開始を宣言しようとした時だった。


「陛下!陛下、一大事でございます!」


 血相を変え、皇帝の近侍である初老の男性がノックも無しに駆け込んだ。


「何事じゃ?」


 あまりの慌てぶりにオルタンシア帝は眉を顰める。

 明け放たれた扉の向こうでは近衛兵や使用人達が駆け回り、何やら悲鳴が上がっていた。


「る、ルコールが謀反を…!城が包囲されております!」


 その知らせに静謐な執務室がどよめいた。

 誰もが直ちに部屋を駆け出し、城の正門方向を見渡せるテラスへ。

 彼等の目に飛び込んできたのは、城壁周りを埋め尽くす夥しい数の武装兵と我こそが英雄とばかりに銀の鎧を纏った宰相ルコールの姿であった。


「クソジジイめ、血迷ったか…!直ちに粛清に…!」


 そうオルタンシア帝が言いかけた瞬間だった。

 唐突な目眩にガクリと幼き皇帝が崩折れる。同時に硝子が罅割れるように空一面に亀裂が走り、皇都全域に掛けられていた結界が崩れ出した。


「ちっ…、…流石に…限界か…!」


 人形のように整った顔を歪め、オルタンシア帝はゼェゼェと息を乱す。

 脂汗を滲ませながら、それでも皇帝は君主としての役目を捨てなかった。


「ここは…っ…危険じゃ…、時期に…城の防護結界が破られるっ…、皆っ…早く…退避を…っ…」


 駆け寄る侍女や近侍を制し、早急な避難を呼びかける。

 直後、オルタンシア帝は小さな手で握り締めた皇帝の証である宝杖を天へと立て、残る魔力を振り絞って皇都の結界を修復。

 しかし、それに唾吐くように開始された一斉砲撃に城の守りは轟音を立てて打ち破られた。


「はっ!大人しく逃げれば良いものを残り僅かな魔力で都の結界を保つとは、なんと愚かな…!」


 崩れ行く城の結界にルコールは嘲笑い、群衆は雄叫びを上げて城内へと雪崩込んだ。


「皆、急げっ!逃げ遅れるぞ!」


 閉ざした正面玄関口の大扉を力尽くで抉じ開けんとする反乱軍の怒号に包まれる中、オルタンシア帝は身丈よりも大きな杖を支えに尚も残る家臣らへと怒号を飛ばす。


「何をおっしゃいますか!陛下こそ避難を…!」


 容赦なく続く砲撃と襲い来る群衆をグラジオとその部下たる騎士達が迎撃する中、珠希は今にも倒れそうな小さな肩を支える。

 彼女の家臣らも体制を立て直すべく奔走し、誰一人城から逃げ出そうとはしなかった。


「…っ…、馬鹿者共がっ…、妾など…っ…、こんな出(・)来(・)損(・)な(・)い(・)など…っ…、素直に見捨てれば良いものをっ…!」


 命の危機を目前にしながらも己を見捨てぬ珠希達ヴォタニカリアの精鋭と忠臣等に、オルタンシア帝は憎まれ口を零し、感涙を浮かべる。

 ―――せめて、城に残る者全てが逃げ切れる道を作らねば。

 決死の覚悟を決め、詠唱を始めんとした刹那だった。


『そうよ、シアが逃げる必要なんて微塵もないわ』


 カツンとヒールを鳴らし、白き姿がひらりと舞う。

 その声色に、オルタンシア帝と共に視線を向けた珠希は息を呑んだ。

 揺れる雪白の髪に茨の冠、蝶の翅は正しく精霊ロザリアンヌ。しかし、昨日までの幼き姿ではなかった。

 あどけなさの欠片もない純白の羽衣から覗く豊満にして妖艶な体躯に、見る者を跪かせる美しきも鋭き真紅の眼(まなこ)。それは最早、女神と呼ぶに相応しく、見るもの全てに頭を垂れる事を余儀なくさせた。


「…ロザ…さまっ…」


『シア、大丈夫。後は任せて…』


 オルタンシア帝ですら呆気に取られる中、精霊は慈悲深き眼差しを向け、汗だくの頬を撫でる。

 直後、すらりと伸びた御御足を屈伸させて天高く飛び立ったロザリアンヌは、武器を手に群がる慮外者を軽蔑の目で睥睨した。


『血腥いのは嫌いよ。ロザリアンヌは白薔薇の精霊なのだから…!』


 手を翳し、そう吐き捨てた瞬間だった。

 凍て付く地表をかち割って、立ち塞がるように現れた巨大な茨。忽ち城を守らんと張り巡らされたその刺々しい蔓は、津波の如く武器を構えた群衆を飲み込み蹴散らし、幼き皇帝へと向けられた悪意を悉く薙ぎ払った。


『やっぱりロザの国は真っ白じゃなくちゃね…!』


 そんな捨て台詞を添え、ロザリアンヌは正気を取り戻したように逃げ惑う群衆を見下ろし嗤った。

 城に張り巡らされた茨には、季節外れの純白の薔薇が咲き誇り、雪に代わってロマーノ皇都を真っ白に染め上げた。


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