精霊ロザリアンヌ
魔王の呪物だと判明した陶器鉢の回収と調査が進められる傍ら、珠希は拗ねるスイバと共に聖樹である薔薇の根の状態を確認していた。
「やっぱ、詰まってるな〜」
あちゃ〜と顔を顰めつつ、ルーピングした根をゆっくりと解していく。
時には鋏を入れて切らせてもらいつつ、石のように固くなった土も崩した。
「スイバ、このまま根っこ広げてって。切れちゃった根は瘴気出ちゃうから、グラジオ様に焼いてもらって」
作業の引き継ぎ指示を出しつつ、珠希は用意してもらった滑車と三脚にした丸太の準備に取り掛かる。元の世界ではチェーンブロックの名前でお馴染みの道具だ。
ここは魔法世界とは言え、極端に物理法則を無視したことは出来ないらしく、岩や巨木など重量級の物を浮かせるのは難しいらしい。なので人海戦術で攻める。
滑車で吊るした根鉢の下にコロと丈夫な板を敷き、五人がかりで新しい植穴へと移動。
ほんの十数メートルの移動に大の大人が汗を掻きながら、やっとの思いで動かし、再び持ち上げ―――、そうして聖樹を植え穴に据え、水の精霊王の如雨露で水極めをしながら隙間無く土を満たす。何度も言うが間隙があると根が張れないのでよく泥を撹拌して念入りに行った。
「こんなもんかな…。スイバ、そこの柱と木杭取って〜」
植え穴に聖樹を据え終えて、珠希は次の作業へ。
枝振りを見ながら聖樹を中心に三角を描くようにエンピにした精霊王のスコップで細い柱と同等の穴を三カ所拵える。
欲を言えば、両刃のエンピなら楽に綺麗に柱の穴をくり貫けるが、そこまで便利でなかった。
「師匠、これって八掛?」
「うん、正解。上やるから下よろしくね」
端的に答えつつ、珠希はコノキリ(小型の木製ハンマー)を手に取り、八尺程度の三脚脚立をひょいと肩に持ち上げる。
細身に対しての腕力にロマーノの人々が目を丸くする中、安全を確認しながら脚立を立ち上げ、穴へと差し込んだ三本の丸太を天端を叩いて次々に地面へと打ち込んだ。
本当は竹が良かったがロマーノには無かったため角を削った柱を代用した。
「スイバ、よく踏んでね」
据えた柱の根本を踏み固めてもらいつつ、一旦脚立から降りた彼女はコノキリを置いて玄翁に持ち替え、柱の位置を確認調整。上で柱がそれぞれ接するよう位置を直し、長めの釘で固定。また、かけやで根本に木杭も打ち込んで、こちらも釘で固定した。
「ここからは如何に縄をキツく綺麗に巻けるかが腕の見せ所よ。本当は番線があれば強固に作れるんだけど…、まあ、支柱を外して処分する時に面倒だからね」
再び脚立に上がって手袋を外した珠希はスイバに手本を見せながら、テントの骨組みのような柱三本を麻縄で縛っていく。
これも本当は耐久性に優れたシュロ縄が最適だが、生憎と麻縄しかなかった為それでの結束である。
また手袋をしていては上手く結び目が締り切らず、摩擦で布地が引っかかったりと上手く出来ないのでここからは素手。寒い痛いは覚悟の上だ。
二本取りした縄が縒れたり交差したりしないように平行に揃えつつ、釘を隠すように巻いていく。その力強い手捌きとイボ結びと呼ばれる独特な結び方に、技を見学する人々は目を見張った。
「よし。スイバ、イボ結びのテストだ!」
上部の結束固定を済ませて弟子へと縄の束を投げ渡し、珠希は抜き打ちテストを決行。
「うぇ!?俺!?」
当然、スイバは吃驚仰天。
「ここでやらずにいつやるのよ…!ほれ、気張れ!」
脚立から素早く降り、珠希は気張れと弟子の背を叩く。
その悪戯めいた笑顔に、スイバは苦い顔をした。
「絶対、さっきの仕返しだ…」
ボヤキを零しつつも縄を使いやすい長さに切って纏め、師匠と一緒に根本の木杭と柱を結束。
納得行かずに二度三度やり直して、やっとの思いで終わらせたが、気付けば珠希は二箇所目に取り掛かっていた。
「お、終わった?どれどれ」
パチンと縄を切って、彼女は楽しげにスイバの仕事をチェック。
少し曲がった結び目なれど、しっかり固く固定されている。
「うん、上出来!それじゃ、次は誘引ね」
褒めはすれども容赦無し。
押し付けられた緑化テープ代わりの麻布を手に、彼は聖樹の枝の固定に移った。
枝の誘引固定の時は、縄で樹皮が擦れて傷付かないよう一枚何か噛ませるのがセオリーだ。
「よし、終わったわね。スイバ、仕上げお願い…!」
全ての作業と片付けを済ませ、珠希はここぞとばかりにスイバを呼ぶ。
結束の連続で痛む指を擦りつつ、彼は聖樹へと手を翳した。
「…聞き給う聞き給う、大地の精霊王グノムジカよ。貴方様は緑の庇護者、木陰の如き慈悲深き命の番人。我ここにその恵みを望まん。それ即ち命の躍動。天を貫け、芽吹きの照炎」
つらつらと詠唱し、その詞に答えるように萌黄の光が聖樹を包み込む。
間もなく芽吹き始めの聖樹が見る見る生長し、春先のような豊かな緑を繁らせた。
「お見事!流石は私の一番弟子〜!」
ホッと溜息を零すスイバの傍ら、珠希は少し低いその頭をワシャワシャと撫で回す。
嬉しい反面、只今、思春期の気難しいお年頃。小っ恥ずかしくて止めてとその手を掴んでポイと他所へと投げた。
そんなじゃれ合いの最中だった。
繁った枝葉の影より、黄金の光が俄に湧き出し、その光を纏った青白い蝶が羽ばたき出す。
一目で精霊蟲だと分かった。ヴォタニカリアの精霊エルフィエナの時と同じ現象だ。
「もう大丈夫かな?」
寄ってきた精霊蟲に手を差し出し、微笑み掛ける。
掌でパタパタと翅を揺らす様は感謝を伝えている様だった。
「これは驚いた…、ロザリアンヌ様からお近付きになられるとは…」
終始様子を見ていたオルタンシア帝は目を丸くして歩み寄る。
確か、この聖樹の聖樹ロザリアンヌはかなり気難しい精霊だと言っていたが―――。
単にこれまで根詰まりが苦しくて殺気立っていただけで、根は素直なのかと思い直し始めた矢先だった。
サララと翅を鳴らしながら精霊蟲が一斉に目の前に集い出し、人の姿を形作る。
眼前に現れたのは、フリルたっぷり白と深緑のロリータドレスにオルタンシア帝と同じ真っ白な巻き毛のツインテール。円な猫目が紅く煌めき、茨の冠に蝶の翅を携えた世にも可愛らしい精霊だった。
「な、なんて素敵なゴスロリ乙女…!」
頬を赤らめ、珠希は現れた精霊に目も心も奪われた。
薔薇だけに期待していたが、これは期待以上の美しさと愛くるしさ。恍惚とする彼女を前に、精霊ロザリアンヌは不意に手を翳したかと思うや、その指先から茨を伸ばし、扇のような薔薇の花束を手に持った。
『頭が高い!』
唐突かつ何と理不尽。
尊大な物言いで、精霊は薔薇の花で珠希の頬をパシンと引っ叩いた。
途端にファサッと甘いバニラアイスのような白の花びらが辺りに散り、馨しい香りに包まれた珠希はその場によろけて崩れた。
『ロザを治したからって偉くないんだからねっ!』
腕を組み、精霊ロザリアンヌはフンッ!と顔を背けてご機嫌斜め。否、正確には照れ隠し。
近場にいたスイバや駆け寄ったグラジオが慌てて抱き起こす中、珠希は叩かれた頬を押さえて目をパチクリさせた。
「こ、この精霊むっちゃ高飛車!てか、ツンデレ!でも嫌いじゃない!寧ろ好き!可愛い!可愛い過ぎて抱きしめたい!」
唖然とするあまり心に留めておくつもりだった本音が漏れ、両脇のスイバとグラジオは不意打ちを食らったように堪らず失笑。
周囲も口を結んで笑いを堪えた。
「ロザ様、あまりオイタはいけませぬよ?恩人には、きちんと礼をと妾に教えたのは貴方ではありませぬか」
咳払いをしながら、オルタンシア帝は剥れる精霊を窘める。
叱られて、ぷっくり頬を膨らませて拗ねるロザリアンヌは姉に甘えるように、その胸へと駆け寄り抱き着くや、こちらを一瞥して、またもフンッ!と顔を背けた。
『ど、どうも、ありがと!』
ツンケンした態度ながら、ロザリアンヌは礼を述べる。
何とも幼気な精霊に、珠希達は無事な仕事の完了に安堵しながらもこれはクセが強いと苦笑いした。




