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雪道の玉突き事故


 まさかこんなところで、精霊王から貰った道具達が役立つとは思わなかった。

 キトリア皇都からロマーノへと出発して二日目、街道の途中で立ち往生しているインチャナ国籍の行商隊と遭遇した。

 どうにも積もった雪で路肩の溝に気付かず、すれ違った貴族の馬車を避けようとして先頭の馬車が脱輪したらしい。挙句、後続の馬車が雪で滑って止まり切れずに玉突きし、積み荷が崩れて荷馬車も破損。

 投げ出されて散乱した雑多諸々で道は完全に通行止めである。


「ユ◯ックでもあれば一瞬なんだけどなぁ…」


 そんなボヤキを漏らしつつ、珠希は大地の精霊王グノムジカから授けられたスコップで雪掻きに勤しむ。

 有り難い事にこの魔法のスコップは都度使いたい形状に変化する。穴を掘りたければ剣先スコップに、土や雪を集めたければ角スコップ、更にエンピ形や練スコップ(コンクリートを混ぜたりするのに使う幅の狭い小さな角スコップ)、その上、根切突き棒やそのまま棒状にも、ただ使いたい形をイメージするだけで変化する。

 お陰で脱輪した車体をテコで持ち上げたり、雪に埋まった物品を掘り起こしたりに大助かり。加えて水の精霊王アンディレイネの如雨露も怪我をした人や馬の手当に役立ち、泥雪に塗れた荷物を洗ったり拭き掃除に活用出来た。


「んー、こりゃ明日は筋肉痛だわ〜…」


 痺れた腰を伸ばしつつ、珠希は渋い顔。近頃こう言った重労働は騎士達に肩代わりしてもらっていた為、すっかり体が鈍ったようだ。

 路肩に積んであった雪の塊が脱輪事故の余波で道に崩れた為、先に進むには撤去を急がねばならない。

 火魔法を使える者と手分けして溶かしたり退かしたりしているが、最早氷の塊なので中々思うように進まなかった。


「いやはや、助かりました。まさかヴォタニカリアの御一行とは…!」


 そんな傍ら、行商隊の隊長はグラジオへと深々と頭を下げる。

 現在のロマーノの情勢を踏まえ、昨晩国境を超えてからの珠希は作業着に随行騎士の予備のマントを羽織って男装していた。

 実を言えば、彼等がロマーノに向かっていることは公には伏せられている。理由はヴォタニカリアの聖女である珠希が聖樹の治療に向かっていると公言しては、ロマーノの情勢からして道中で盗賊や暗殺者など不埒な連中に襲われる危険が高いからだ。キトリア皇都でガザーニア帝が双頭竜の馬車を貸し出してくれたのもそれに起因する。


「いえ、こちらもお役に立てて幸いです。それにしても災難でしたね」


「ええ…、全く近頃の北帝国は治安が悪くて困ったものです。先程の馬車もロマーノ皇都から逃げ出してきた連中のようでしたし…」


 苛立たしさを吐露しつつ、商隊長は雪道に残る馬車の轍を睨んだ。

 曰く、豪奢な見目の割に随分と荒い走り方をする馬車で、危うく正面衝突する所だったらしい。危険を感じて咄嗟に手綱を切った所の脱輪玉突き事故であったのに、豪奢な対向馬車は振り向きもせずに走り去ったそうだ。


「ラボック殿、こっちの片付け終わりましたよ」


 そんな声にはたと振り返る。

 頭に巻いた千鳥模様の手拭いを剥ぎ取り、肩まである艷やかな黒髪を揺らして歩み寄ってきたのは上品な松葉緑の羽織袴を纏った異国の殿方だった。


「嗚呼、樒(しきみ)殿!面目ない…、貴方様まで働かせるような事を…」


「何のこれしき。旅は道連れ世は情け。こちらとて祖国まで便乗させてもらっている身故。手伝いの一つもせねば罰が当たると言うものです」


 鼻梁に掛けた丸眼鏡の奥で目を細め、男性はニコリと微笑む。

 行商隊の人々とは様相の異なる御仁に、グラジオは目を丸くした。


「失礼ですが極東の皇国の方ですか?」


「如何にも。ヤマト皇国の樒と申す」


 羽織の袖口に腕を差し入れ、樒と名乗った殿方は柔い笑顔で会釈。

 その流れで袖に隠していた煙管(キセル)を取り出した。


「樒殿は皇国の名のある家柄でしてな。見聞を広げたいと世界を旅をしておられるそうで…」


 商隊長がそう紹介する中、樒は慣れた様子で煙管に火を入れ、煙を一吹き。

 まぁまぁと宥めつつ、謙遜を兼ねて煙を散らした。


「唯の放蕩者ですよ。家督だ世継ぎだと小煩い父に嫌気が差して、手遊びで拵えた櫛や髪飾りを売り歩いて暮らす歌舞伎者です」


 そう言葉を訂正し、証拠とばかりに彼は煙管を出したのとは反対の袖から桜模様の櫛を取り出した。


「時に、グラジオ殿と申されたか…、あちらの細身の騎士殿も皇国の民とお見受けするのだが?」


 尚も雪を掻く珠希を示し、樒は興味深そうに質問。

 こっそり耳を立てていた彼女は思わず振り向いて、私?と己を指差した。


「嗚呼、確かに彼女は皇国の方と同じ特徴を持っていますね。生憎ですが別の国の出だそうです。それと、彼女は騎士ではなく私の連(・)れ(・)でして…」


 しれっとグラジオはそう告げ、珠希はドキリ。

 ロマーノの治安を懸念しての男装だと理由を明かす彼から慌てて目を反らし、目を泳がせながら地面へと顔を向けてはぐらかすように雪掻きに専念した。

 傍からすれば単なる同伴者と言う意味ではあるが、その眼差しに籠る熱からして十中八九こちらへの返事の催促だ。さり気なく【俺の女】扱いは心臓に悪い。

 そもそも何のために男装していると思っているのか。除雪と救助作業でちょいちょい声を出していたので彼等には薄っすら女だと気付かれてはいるが、もう少し言い方は無かったものか。


「おやおや、それは…、成程。確かに今のロマーノは女人には少々危険ですからね…」


 意味深に樒は顎先を指先で擦り、納得の様子。

 ふいに何か閃いたように口角を上げるや、何やらまた袖に手を差し込んだ。


「もし、宜しければこちらは如何でしょう?折角の旅路、お洒落の一つも出来ぬのは乙女にはお辛いでしょうから…。本当は小銀貨一枚ですが、銅貨五枚に負けときましょう」


 そう訊ねながら彼は可愛らしいトンボ玉が揺れる簪をいくつか取り出した。

 何とも商魂逞しい商人(あきんど)だ。詰まるところ、定価の半値で買いませんか?との商談である。

 皇国の品物は今、東洋風(オリエンタル)の流行りもあって西帝国諸国では人気が高い。

 どれどれと品物を手に取って観察したグラジオは、その作りや意匠を見て不敵な笑みを零した。


「良い品ですね。折角ですから定価で買いましょう」


 そう答え、グラジオは漆塗りの赤いトンボ玉が付いた品をチョイス。

 その場で革袋の財布を取り出し、銀貨を払った。


「お買い上げありがとうございます。この先の旅の幸運を祈ります。道中お気を付けて」


 そう別れの挨拶をして樒は会釈。

 丁度、行商隊の出発準備が整った声が響いた。


「こちらこそ、旅の良い手土産となりました。樒殿もお気を付けて」


 そう返して、グラジオも会釈。

 乗って来た荷馬車へと踵を返した樒を見送りつつ、商隊長とも軽く挨拶をして、こちらも出発の準備に取り掛かった。


「荷物は積み終わったな…。日没までに次の街に入りたい。皆、急ごう」


「「「はっ!」」」


 商隊を見送って暫く後、珠希達も道具の片付けを済ませて、この先の道程確認の上、いざ出発。

 傾き始めた太陽に急かされつつ、次の宿場町へと向かった。




 暮れゆく西日を背に、同行させてもらっている商隊の馬車の群れは星の瞬く東へと進んでいく。

 とある噂を耳にして厳格な父の静止を振り切ってまで祖国を離れて早七ヶ月。少しばかりのトラブルには見舞われたが、中々に有意義な旅であった。


「樒殿、迎えってあれですかい?」


 大陸を横断する街道の途中、馬車の手綱を握っていた若人が訊ねる。

 深く被った笠を押し上げて指差す方を見てみれば、丘の上にて梅花の紋を描いた幟旗(のぼりばた)がいくつもはためいていた。


「やれやれ…、忍び旅だと言うたのに…」


 半ば呆れ混じりに背もたれにしていた荷物をまとめ、野営を張らんと止まった馬車からひらりと着地。

 別れの挨拶がてら商隊長等には、ここまでの足の礼である銭と余った売り物の櫛を手渡した。


「またご縁がありましたら、どうぞご贔屓に」


 そんな別れ言葉を残し、道中で手に入れた革ブーツの踵を揚々と鳴らす。

 大陸の文化や技術は中々に刺激的で実に勉強になった。


「遅くなったな。迎えご苦労」


 丘を登り切り、迎えに来た黒装束達を労う。

 途端に彼等は目元以外を覆っていた頭巾を剥ぎ取り、髷頭の猛者共が深く頭を垂れた。


「「「若様。お帰りなさいませ」」」


 揃った声を横目に、樒は笠を脱いで紫の組紐で長髪を一つに纏める。

 背後に寄った壮年の武人はその肩書きを乗せ直すかのように、掛けていた羽織を剥ぎ取るや家紋を刻んだ鮮やかな紅の長羽織を肩に被せた。


「若様、収穫はございましたか?」


 笠と羽織を若武者に渡しつつ、壮年の武人はどうせ何も無かろうとばかりに訊ねる。

 そんな古参の家来を彼は鼻で笑った。


「嗚呼、実に良い知らせを父上に持ち帰れるだろう。あのグラジオと言う貴人、魔王の器との噂は伊達ではなかった。何より異世界の巫女も実に興味深い。是非とも我が国に迎えたい」


 不気味なまでに口角を上げ、樒はこれからが楽しみだと目を細める。

 案の定、思いがけぬ返答だったのか家来は目を丸くした。


「若様、もしや…」


「うむ、偶然ではあったがな。この先、ロマーノの都でどう立ち回るのやら…」


 そう楽しげに頷き、彼は彼方に見えるロマーノ皇都に目を細めた。


「さて、此度の旅はここでお開きだ。帰るとしよう」


 気を取り直すように手を叩き、樒は家来達が描いた妖術(まほう)の陣へと足を踏み入れる。

 間もなく家来全員と術者達も陣へと入り、素早く手を組みながら呪文を唱えた。

 刹那、光の柱が立ち、ロマーノの丘から彼等は忽然と姿を消した。

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