庭師のお仕事
珠希がこの世界に呼び出され、聖樹が力を取り戻してから四日目。
静謐とした聖なる庭に異質な大声が轟いた。
「おはようございます!本日からこの聖園の主任管理技術者を拝命しました藤崎 珠希と申します!宜しくお願いしますっ!」
張り上げた声に応えるように盛大な拍手が起きる。
眼前に集うはこの国の中枢たる王城勤めの近衛騎士団の腕自慢に、隣接する御用牧場を管理する農夫達。
ヴォタニカリアは今の時期、日本と同様に雨季なのだそうで、昨日まで見事なまでの悪天候が続いた。
四方硝子張りの聖園であるが、屋根があるのは礼拝堂と宮殿から伸びる庇部分とその二つの建物を繋ぐアーケードの渡り廊下のみ。
造り的には人為的侵入者を防ぐために魔法を弾くと言う硝子の壁で庭を囲ったような感じだ。
庭の所々に残る飾り柱の形跡から元は全体を硝子で覆って温室にしたかったのだろうが流石に広過ぎたのだろう。尚且つ、この聖園の植物は温室には適さない温帯もしくは寒冷地の植生である。
そんな理由で、聖園の大部分は雨風が容赦無く降り注ぐ。
余程工期が迫っているなら兎も角、雨天の高所作業は極めて危険で、珠希は泣く泣く作業中止を余儀無くされた。
女王やローレン王子からはこの間、こちらの世界に身を慣らすべく休息を促されたが、働かざる者食うべからずがモットーの彼女である。
持て余した時間を使って、聖園を改めて視察。古い文献も提示してもらいつつ大凡の植栽図を作成し、年間管理スケジュールを構築した。
同時に、聖園の剪定作業に向けて確保出来る人員を要請。大量になるであろう剪定枝の処分先や片付けに必要な熊手や箒、ブルーシートの代わりとなる薄手の大判布も手配し、満を持してこの日を迎えた。
「本日の業務内容は後ろに見えます、ヒマラヤスギ類の強剪定およびその周囲の人力除草!剪定作業中は落下物の危険が高い為、枝ゴミ回収作業員は頭部防護を徹底!放置期間が長いことから草叢に倒木や思わぬ障害物による転倒事故が予想されます!既に清掃B班が下草を刈ってくださいましたが時期的にハチや毛虫の襲撃にも警戒してください!また警備班は聖園の守りを徹底!剪定役の私も十分に注意しますが、昨日までの嵐に因る吹き戻しの突風で思わぬ飛来物も否めません!簡易の風速測定旗を設置していますので、事前通知した風量を超えた場合は警笛により直ちに作業を止めてください!」
拡声器が無いので、腹に力を込めて声を張り上げつつ、全体へと今日の流れと注意点を告げる。
元の世界で何度もやって来た全体朝礼である。
集まってくれた作業員には前日の内に挿絵付きの冊子を用意し、声だけでなく視覚情報として仕事内容を通達。
これは元の世界で頻発した、言った言わないトラブルを避けるための手段であるが、こちらの世界の人々からすれば画期的らしい。
「それでは皆さん、ご安全に!!」
「ご、ご安全に!」
「ご安全に…」
「ご安全に!」
朝礼のシメに建設業界ではお馴染みのご挨拶。
しかしながらこちらでは言い慣れない挨拶故に、微かに戸惑いや笑い声が混じった。
まあ、これから慣れて行って貰えれば有り難い。
そうこうして早速とばかりに珠希は、フルハーネス型安全帯と剪定鋏に木鋏、ノコギリにロープの束を付けた腰道具を装着。
最後にヘルメットの頭から地下足袋の足先まで装備の忘れが無いかを点検し、肩を回して体ほぐし。
朝礼前の準備運動は皆で行ったが、木登りは全身運動だし今一度の確認である。
各々が草刈りや各種道具の受け渡しに勤しむ中、駆け足で掛けてあった梯子を軽快に登り、ノコギリや鋏で立ち塞がる枝を払って動線を確保しながら上へ上へ―――。
これまで元の世界で女性造園作業員として奮闘してきた珠希であるが、彼女の凄さはその身の靭やかさと軽さにあった。
高所を恐れぬ度胸も去ることながら、男性では身体が挟まってしまうような枝の隙間に乗ったら撓むような細枝でも何のその。
男性ばかりの元いた職場では女性故に一回りは小柄であったが、それを活かした仕事ぶりは一目を置かれていた。
「行きまーす!」
暫しの後、樹上より声を張り上げ、下で枝の回収作業に当たる近衛騎士に注意を促す。
直後、バキバキと音を響かせて天辺の枝が傾き、樹そのものを揺らしながら幹から切り離される。
生木で重さがあるため、そのまま落とすと地上の障害物――他の草木や人工物を破壊したり思わぬ事故に繋がる為、予め結んでおいたロープで勢いを殺した。
幹に噛ませたロープを緩めて宙ぶらりんの切った枝をゆっくりと待ち構えていた騎士達に回収してもらい、解かれたロープを手早く回収してまた次の大枝に取り掛かる。
これを吊るし切りという。
「そのロープ回収しちゃってくださーい!」
粗方の大枝を切り終え、手頃な幹の又で使い終わったロープを器用に纏めた珠希は、声を掛けつつ荷物になるロープを投下。
間もなくロープが収されたのを確認し、尚も混み合う残る枝の剪定を開始した。
「次ー!」
またも声を響かせ、吊るし切りをするほどではないもののそこそこ大きめの枝を、槍投げの要領で障害物の無い地面へと放り投げる。
下に自動車なりバイクがあって無闇に落とせぬ場合は仕方ないが、切った枝が下側の枝に引っ掛かると回収に手間取るし、足場の悪い樹上では思わぬ事故にも繋がる。効率は安全だ。
バサン!と音を立て、地面で波打った枝は地上の騎士達により庭の片隅に作った置き場に運ばれる。
そこで魔法により細かく粉砕の上、出来た木っ端は一輪車で外の林や隣接の牧場へ。
それぞれ角スコップで所定の場所に撒き、腐葉土や堆肥として活用した。
「やっぱり一日二本が限界かぁ…」
仕事を済ませた夕方、珠希は今日の進捗状況にやや難色を示した。
聞く所によれば、この庭は三年近く放置されてしまったらしく、どの木も枝の暴れ方が尋常では無い。兎に角、大きくなり過ぎた株を小さくするために枝数をがっつり減らす強剪定を取るしか無かった。
これでは整枝剪定―――、樹形を整える剪定が出来るようになるのは再来年くらいだろう。
―――せめて、剪定が出来る者がもっといれば…。
造園技能を持つ者が珠希だけとあって、仕事の進みは蝸牛の速さである。
「嗚呼、木漏れ日が綺麗…」
不意に聞こえた感嘆の声に振り向けば、切り終わったヒマラヤスギの仲間を見上げ、マーガレット女王とローレン王子が目を細めていた。
「聖女様、お見事です。この聖園のかつての姿を思い出しますわ」
「恐れ入ります」
女王からの労いの言葉に、ヘルメットを外して姿勢を正し、深く頭を下げる。
本来は君主への挨拶は女性の場合、カーテシーのような所作を取るそうだが、まだこちらでの挨拶の仕方が分からないので御愛嬌だ。
「明日も作業をされるの?」
「はい、天候次第ですが暫くは剪定に当たります。頂いた作業着もとても動きやすいですし、騎士の皆さんもよく動いてくださるので、剪定自体は十日程度で終わるかと…。後は草刈りや水景の掃除などに入りますね」
「そう…、それなら引き続きお願いしますね。困ったことがあれば何でも言って頂戴」
「ありがとうございます」
仕事モードで訥々と進捗と今後の予定を報告。
そんな折、ふと過去の話を思い出した。
「あの…、そう言えば、ここには以前、聖樹を管理されていた方が居たんですよね?今はどちらに?」
珠希にしてみれば何気無い確認だった。
人員確保に関してはローレン王子に一任したのだが、集った人間は騎士だったり農夫だったり本職では無い者ばかり。
皆、大変に仕事熱心で大いに助かるが、元の仕事もあるだろうし、日によって人員が減ることも考えられる。
元々専門職の方がいるならば引き継ぎが出来るので是非、技術提供して力を借りたいところだ。
しかしながら、彼女の問いに王子と女王は戸惑ったように互いの顔を見合い、告げねばならぬ現実に表情を強張らせた。
「大変申し上げ難いのですが…、我が国の庭師一族ラウラセアは皆、フラベールの一声で処刑されました。当時の天候不順で聖樹の葉色が悪くなったことを追求され、精霊蟲が減ったのも彼等の所為だと言い掛かりを付けられて…」
重い口を開いた女王に、珠希は言葉を失った。
「冤罪…っ…ですか…」
拳を握り、溢れる怒りに震えた。
聖樹回復の折に姿を見せ、今も周囲を飛び回る精霊蟲は、精霊からばらけた細胞のようなものだ。
故に精霊蟲の減少は精霊そのものの衰弱を意味し、精霊蟲の消滅は精霊の死を意味した。
「聖女様の功績で、フラベール教皇の恐ろしい魂胆が明るみにはなりましたが…。恥ずかしながら、これまで教会の力は我ら王家を凌いでいました…。我々の力及ばず、犠牲になった民は数知れません」
無念とばかりに女王は言葉を続ける。
実のところ、元々このヴォタニカリアでは土着信仰として聖樹では無くこの国の聖樹に宿る精霊エルフィエナを神として崇めるエルフィエナ信仰が主流であった。
それが崩れ、聖樹教会が力を振るい始めたのは現国王であるマーガレット女王の兄グロリオス王が即位して間もなかった時代―――。
当時、ヴォタニカリアでは異常な長雨が続き、謎の羽虫が国中に出現。その羽虫が媒介する病魔に聖樹が冒された。
建国の時代より聖園の管理を担ってきた庭師ラウラセア一族は病変の出た葉を毟ったり、虫除けの香を焚いたりあらゆる手を施したが、虫の数は増える一方。
そんな時、現れたのが聖樹教会が召喚した聖女エリカだった。
聖女は神聖力の他に天候を操る力も持ち合わせ、彼女の祈りにより天は晴れ渡り、羽虫も消滅。
国の危機を脱したことに喜び上がった先王は、時の教皇に促されるままに感謝の形として聖女エリカを王妃として迎えた。
聖女が王室入りしたことにより、その後見組織である聖樹教会は国内で幅を利かせ始めた。
それまでは隠れるように行っていた布教も大々的に進め、気が付いた時には精霊エルフィエナを神とする土着信仰は弾圧の対象となり、その偶像も見つけ次第に破壊。
元より精霊に必要不可欠な聖樹を尊重すると言う宗教柄、民衆へと教えを浸透させるのはあまりに容易だった。
信仰と言う名の洗脳と同調圧力により、とうとう王家よりも民衆の支持を得た教会はその執政にさえ干渉し、異を唱えるものを悉く弾圧。
五年前に排外主義のフラベールが教皇の座に就いたのを機にそれは加速し、遂に代々聖園の秩序を守り続けたラウラセア一族も理不尽な冤罪を掛けられ、一族郎党その命を奪われた。
トドメには聖職者を伴わない聖園への立ち入りを禁止。民衆には彼等のことを口にすることは教えに反すると刷り込み、これまでラウラセアの全ては闇に葬られていた。
「…成程。あの爺が留守の内に私を召喚したのは英断でしたね」
腕を組み、珠希は心苦しいと溜息。
侍女アリスから聞かされたが、教会に執政まで牛耳られる現状に、女王含め危機感を抱いていた王室派は宮廷魔導師と結託して、同じく聖樹教を信仰する隣国ユグドラシルにフラベール達が出向いている隙に召喚の儀を決行。
教会による洗脳を受ける前に聖女を抱き込み、反旗を翻す算段であった。
思い返せばあの時、フラベール教皇は聖女召喚の知らせを受けて飛んで帰ってきた所で、内心は勝手に聖樹を剪定した挙げ句にその力を回復させた珠希には腸が煮えくり返っていたことだろう。
「ええ、本当に…、まさか、聖女様があちらの世界の庭師だったとは驚きました。しかもラウラセアを凌ぐ程の達人とは…」
「いやいや、達人だなんて大袈裟な…。まだまだヒヨコですよ。元いた世界では根性で仕事にしがみついていた辛うじての中堅ですから」
女王の褒め言葉に、珠希は照れ笑いで恐縮。
現に、元の職場ではヒヨコに毛が生えた若鶏扱いだった。
加えて、作業に当たりつつ気付いた事だが過去の剪定の痕跡や枯れた枝の状態から、以前の聖園の管理者であった庭師一族ラウラセアの技法は極めて繊細で、言うなれば葉の一つにまで拘り抜く盆栽の仕立てに近い。
どの枝も放置されて伸び切ってしまっていたが、かつてはガラス細工のような細やかな枝振りであったことが覗えた。
きっと毎日欠かすことなく手入れに入り、雨の日も風の日も木々や花たちと語らっていたのだろう。
叶うならば当時の姿を見たかったものだ。
「…庭師の世界とは、そんなに奥が深いのですね」
それまで母である女王の傍らで口を噤んでいたローレン王子は、目を丸くしながら驚きを漏らした。
確かに傍目からすれば只、木を切って草を刈るだけの仕事だろう。
けれど木々の枝は目には見えぬ速さで生長し、空に浮かぶ空の雲のように同じ形であり続けることはあり得ない。同じ木でも毎年、枝の振り方を変え、都度、より良い枝を伸ばすために刃を入れる。
そうして、いつまでも変わらぬ美しさを保つのが造園管理と言う仕事なのだ。
「…だからこそ面白いんです」
そう言葉を返して、思わず珠希は不敵に唇で弧を描いた。
「庭造りは自然との対話。何年、何十年、何百年と掛けて…、その時代や文化を投影した、人と自然が織り成す一期一会の芸術なんです」
夕焼けの琥珀に辺りが染る中、彼女は近寄ってきた精霊蟲に手を伸ばし、その掌に閉じ込める。
この仕事に魅入られて早十年。
その探究心は飽きる事を知らず。
更に良いものを、より研ぎ澄まされた技術をと貪欲に欲する心が、珠希のこの仕事への原動力であった。




