悪者退治
極楽とはまさにこの事だ。広いお風呂を独り占め。
元の世界では、たまに会社の仲間とのツーリング先で温泉に入ったりもしたが、仲間を待たせてはいけないとあまり長風呂は出来なかったし、洗髪係にマッサージ係まで付くとは至れり尽くせり。
すっかりピカピカになって貸し出されたシュミーズドレスに着替えた珠希は、充てがわれた部屋に目をキラキラ。
まさにお城のお姫様なスイートルーム。
年甲斐も無く、ベッドにダイブして夕飯までのひと時を満喫した。
「いやー、一仕事終わりのひとっ風呂…、サイコ〜」
心の声ダダ漏れで、ベッドをゴロゴロ。
これでハイボールの一杯があれば、言う事無しだが―――、これ程の待遇で、これ以上を言っては罰が当たると言うものだ。
「失礼します。聖女様、アリスでございます」
ノックを伴い、侍女として配属されたメイドの声が廊下から響く。
弾かれるように起き上がった珠希は、繕うようにそろそろ切らねばと思っていた前髪を掻き揚げ、ドレスのシワを払いながらドアの方へ。
出迎えた彼女、アリス・アストルムは女王付きメイドとして王宮に勤めていた侯爵令嬢で、ピチピチの十七歳。
己の召喚に伴って配属変更となり、珠希の専属侍女となった。
「お待たせしてごめんなさい。どうしました?」
色々目立ち始めた三十路手前、すっぴんで大変面目ない。
せめてもの挽回に爽やかな笑顔を見せる。
案の定、アリスはこちらを見て仄かに赤面。微かに目を泳がせた。
「あの、晩餐会用のドレスとお化粧道具をお持ちしました」
「ん?晩餐会?」
間髪入れずに思わず訊ねた。
てっきりルームサービス的な感じで部屋で気楽に食べるのかと―――。
急に嫌な予感がした。
「はい、此度の聖樹復活を記念して、ローレン王子が是非にと…、聖女様に置かれましてはお疲れの事とは存じますが…」
おっと、これはヤバい展開。
生まれてこの方、ドレスどころか西洋式テーブルマナーを実践する場なんてほぼ無かった人間。
教科書で習った程度の知識しかない。
「あー、申し訳ないんですけど私、礼儀作法とか皆無で…、その、辞退とかは…」
「気負う必要は有りませんわ」
そんな声が凛と響き、目を向けて更に吃驚。
豪奢なドレスに王冠がキラリと光る。
この国の君主、マーガレット女王陛下のお出ましである。
召喚直後、玉座におわした方だ。
「女王陛下!お声が…!」
何やらアリスは感激の様子。
そんな中、歩み寄った女王は涙ぐみながら珠希の手を取った。
「聖女様、ありがとう。聖樹が治った事で呪いが解けたわ」
そう感謝を述べ、女王は事の子細を聞かせてくれた。
曰く、女王は去年の夏至祭―――この国の大きなお祭以来、声が出なくなっていたらしい。
原因は夏至祭の開会式にて、通例の儀式として前年に仕込んだ聖園――先程の聖樹の庭にあるエルダーフラワーで作ったお酒を飲んだことにあった。
口に含んだ瞬間に可怪しいとは思ったそうだが民衆の前で飲み干さねばならず、結果喉を痛めたらしい。
直ぐに治癒魔法とやらを使える神官を呼んで治療をしてみたものの、こちらの世界特有の魔法の力が働き、治せなかったらしい。
以来、人前に出る政務はローレン王子に一任し、事務方で国を支えてきたそうだ。
「あの、失礼ですが国家君主と言う立場上、陛下は暗殺などの危険もありますから、一口飲んで変だと思った酒やシロップは直ぐに吐き出すことをお勧めします。私も食べ物で色々ドジった身なので…」
真顔で思わず進言。
最早、宿命だが外仕事での食品衛生管理は非常に難しいもので、何度となくしくじった人間である。
近年の殺人的暑さの夏場は特にで、食費軽減にと手作り弁当をしていたものの慌てて作ったがために生煮えだった卵焼きで当たった時はトイレの中で死を覚悟した。
「ええ、本当に。今後は気を付けるわ」
自嘲気味に肩を竦め、マーガレット女王は苦笑い。
そんな折だった。
「女王陛下ぁ、ここにおられましたかぁ…」
何だか、嫌にねちっこい口調に目を向ける。
女王の背後、さも己の権力を見せつけるが如く沢山の神官を侍らせ、ゴテゴテに装飾を施した――端的に言えば悪趣味な杖を突いて来た老人の姿。
―――あ、もしかして。
頭を掠めた聖園でのローレン王子の話に、この人物の見当が付いて思わず顔を顰めた。
「フラベール猊下…」
ピリッと緊張を顔に浮かべ、女王は恭しくカーテシー。
老人はその様を偉そうに嫌らしい目で見下ろした。
嗚呼、何だか不穏な空気―――。
聖樹の剪定後、片付けがてらにローレン王子からこの国を取り巻く環境については聞き取っており、大凡は把握した。
先ずとしてこの世界は魔法至上主義で、誰もが大なり小なり魔法を使うことが出来るらしい。
魔法の発動には《マナ》と呼ばれる万能エネルギーが必要なのだが、マナは精霊という存在のみが生み出せるもので、精霊は聖樹のある場所でなければ生きることが出来ないらしい。つまり聖樹が枯れれば精霊は死に、精霊の死んだ一帯の土地からはマナが失われる。
マナは魔法の根源であると同時に土地の生命力でもあり、マナの消えた土地は衰退の一途を辿る。過去、何らかの理由で聖樹を失い精霊を死なせ、滅んだ国は数え切れない。
それ故、どの国も聖樹を枯らさぬようあらゆる手を尽くし、時に切り札として精霊を癒す神聖力と呼ばれる力を持った聖女を異世界より呼び立てる。
聖女は慣例として召喚された地に根付く宗教団体―――、ここヴォタニカリアでは聖樹教会と言うこの世界に点在する聖樹を創り出したとされる創造神アラガーシャを信仰する眼前の爺を筆頭とする組織に属し、この世界の国々を回っているそうだ。
―――が、問題が一つ。
「聖女タマキよ、よくぞ聖樹を直してくれた。やはり異界の御業は威力が違うと言うものじゃ…、これでこのヴォタニカリアも安泰じゃろう…」
手を擦りながら何処か棘を含む言葉を掛けるフラベール教皇は、珠希には目も向けず嫌らしく女王へと微笑む。
それに相反して女王の表情が見る見る曇った。
「猊下、恐れながら…」
「分かっておるよぉ、今は国力も厳しいと分かっておる。なぁに、この恩は徐々に返してくだされば良い…」
ポンポンと馴れ馴れしく女王の肩を叩き、教皇はコクコクと頷いて微笑む。
表面上は理解あるように聞こえるが、その目は私欲に満ちていた。
「恐れながら猊下、我が国の民は長年の飢えに喘いでおります。いくら聖樹が回復したとは言え、この先数年はこの恩をお返しするだけの寄付は出来かねます…!」
「何と…!聖女の力を借りておきながら、麦の一つも出せぬと!?」
意を決して、過分な寄付は出来ぬと告げた女王に教皇は態とらしく嘆き、涙まで浮かべる。
途端に取り巻きの聖職者達は女王へと非難の声を浴びせ、あまりの罵詈雑言と異様な空気に珠希は顔を顰めた。
まるで、小学生の学級虐めだ。
「そ、そうではございません!これまでのように教会には十分な穀物を…!」
「嗚呼、なんと嘆かわしい…!唯でさえ、金貨では無く穀物の寄付で手を打って参りましたのに…」
さも被害者面で態とらしく顔を覆う様に、珠希はふつふつと怒りを滾らせた。
そう、問題はこれだ。全く、どの世界でも利権絡みは碌でもない。
ローレン王子曰く、このヴォタニカリアは小麦を主にした穀物産業で成り立っており、聖樹が弱り出して生産量が低迷し始めてからというもの聖樹教会はこれまでの金貨では無く小麦そのものでの支払いを要求。
表向きは現物渡しで請求額を減らしたとしているが、その実、寄付された小麦を闇ルートで売り捌いているそうだ。
この事実にヴォタニカリアは抗議をしたいものの聖樹が枯れるか否かの瀬戸際で、教会に反抗出来なかったらしい。
要は聖樹と精霊を人質に取られていたのである。
「猊下、お願いします。どうか猶予を…!」
懇願する女王に、教皇は覆った袖の裏でニヤニヤ。
何と底意地の悪い。
聖職者を名乗るなら、慈悲を持って身を切ってでも人を救う術を取るべきであろうに―――。
「そうですかぁ…、ならば、仕方ありません。以前お話したようにローレン王子を教会に…」
その提案に珠希の堪忍袋の尾が切れた。
「ちょっとタンマ。そりゃ人身売買ってもんでしょう?そもそもあの聖樹は猊下、貴方の指示であーなったんですよ?」
腕を組み、眼光鋭く眉間にシワを寄せる。
怒気を孕んだ彼女の進言に、その場の誰もが面を食らった。
「色々聞かせてもらいましたが、こりゃ完全に教会の差し金ですよね?精霊がどうのと宣って聖樹の剪定を止めさせて弱らせ、国力が落ちた所で耳障り良く大量の小麦を押収。只も同然で手に入れた小麦で荒稼ぎして、その上、請求額が徴収出来ないからって見目の綺麗な王子を請求?極道張りの悪徳商売じゃない。ヤバイ接待させる気なのは容易に想像付きますよ?」
「な、何を申すかと思えば…!」
ワナワナと震えだし、教皇は顔を赤らめる。
さも飼い犬に噛まれたとでも言わんばかりの態度だったが、直後その背後より鎧姿の騎士達と漆黒の衣服に身を包む紳士の登場にその顔が一転して青褪めた。
この国の警察組織の高官だ。
「な、なんだお前たちは…!」
騎士達に取り囲まれ、教皇他聖職者達は騒然。
漆黒の紳士は徐に持ち寄った書簡を広げ、彼等に見せつけた。
「聖樹教会フラベール教皇、貴様を聖樹毀損および国家反逆の罪で逮捕する」
淡々と告げられた直後、教皇に手錠が掛けられた。
「き、貴様!己の立場を分かっているのか!?」
悪足掻きとはまさにこのこと。
道連れとばかりの叫びであったが、珠希は肩を竦めて戯けて見せた。
「生憎こっちは召喚されたばかりで、こちらの世界の柵なんて存じ上げないもんでね…!それに大衆の面前で聖樹を回復させた業績もあるし。悪いけど、泥舟には乗りませんよ〜!」
絶叫しながら連れ去られる彼等に、珠希は嬉々と捨て台詞。
嵐の去った場にふうと一息を吐いた。
「…あ、あの」
おずおずと女王はこちらの顔色を覗う。
「あ、ごめんなさい。実はローレン王子にこちらの事を色々聞く中で、あの狸爺をしょっぴけるだけの証拠が揃っているのに気付きまして。人質状態だった聖樹も回復しましたし、噛みつくなら今だって、王子を通じて各所に発破掛けさせてもらいました…!」
ネタバラシとばかりに珠希は大笑い。
正直、この国の警察組織がここまで仕事が早いとは思わなかったし、主犯格がノコノコ現れるとも思っていなかったが―――、何はともあれ、一先ず目先の問題は解決である。
――ふふふ。
これであのお庭の管理やり放題…!
珠希は内心、浮き足立っていた。
そうと言うのも、ローレン王子からあれこれ聞く中、長年聖樹の管理を止めさせていた聖樹教会の口出しに対して警戒せざるを得なかったためである。
元いた世界でも市区町村の公園管理で、愛護会や地域住民と揉めることが多々あり、毎回悩まされたものだ。
真摯に話し合って分かってくれる人も居れば、どう足掻いても理不尽な要求を寄越す人間もおり、今回はその後者を覚悟していた。
ストレスの溜まる対人仕事をどう処理するか悩ましかった分、やや強権的なやり方ではあったが、これで気兼ね無くメインの仕事が出来ると言うものである。
「フッ…、とんでもない聖女様だこと…」
中々策士な珠希に女王は堪らず失笑。
その目は安堵に潤んでいた。
「生憎、聖女なんて柄じゃないんですよ。それはそうと祝杯と行きませんか?折角、ご馳走を用意頂いたのに勿体無いですから」
戯け混じりに気を取り直し、彼女は提案。
沈黙を守っていたアリスに手伝いを頼み、晩餐への支度を急いだ。




