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夜襲


 夜の帷に包まれる中、抜いた苗木と道具を携え、珠希達は村に戻ってきていた。

 村人の半数が彼等の歓迎会の支度に向けて駆ける中、珠希と騎士達は引き続き、農具を手にして村を囲う石組み塀の所へ。

 時間も時間なので歩幅で大体の距離を測って、苗木の数と残りの資材の数から植える幅をざっくり計算。人海戦術で穴を掘る位置の地面に印を付ける者、荷車を引いて苗木を配る者、その後ろから魔法を掛けたスコップで穴を作っていく者、植え穴に据えて灌水する者、最後に地均しする者―――と役割分担。

 魔法による肉体強化と魔法薬での疲労回復のお陰もあり、ものの一時間で全ての苗木で村をぐるっと一周させるに至った。加えて精霊王の如雨露のお陰で、植えたばかりだと言うのにそれなりの林となっている。


「防風林ならぬ防瘴気林…!村の中に植える分には精霊王様も怒らないかと。まあ、実生で増え過ぎないように注意が必要ですけどね…」


 呼びに来たケルカス他村人に、珠希は泥塗れの頬を拭って不敵な笑みを浮かべた。

 聞けば村に漂う瘴気は土地に染みついたものよりも、街だった廃墟群から風に乗って来ている割合が多いとのこと。効果は気休め程度ではあるが、こうすれば皇帝への面目も立つし、ニセアカシアに関しては棘がバリケードの役割も果たすだろう。

 生態系の観点では厄介者でも、村にとっては養蜂に役立つ蜜源植物だったり暑さを凌ぐ緑陰だ。無闇矢鱈と邪険にするのは忍びない。


「いやはや、ここまで尽力頂いたのに、大した持て成しも出来ず面目ありません…」


 村の集会所を兼ねるケルカスの自宅にて、湯浴みを済ませた珠希達を前に村人達は恐縮の様子。

 村の惨状に昼ごはん返上で只管木を植えていた為、皆、腹ペコも良いところ。

 温かな豆のスープと焼きたてのパンの山、そして木苺を漬けた果実酒は質素ながらに極上の持て成しである。

 薬草のスワッグを吊るしたログハウスの部屋の雰囲気もあって、異世界感満載である。


「…んー、美味しぃ……」


 髪の乾燥も適当に、首掛けタオルで食卓に就いた珠希は膨れた腹に幸せの溜息。たっぷり胡桃の入ったパンは大好物で、前の世界でも好んで食べていたし、これであんこが入っていれば万歳である。


「聖女様は胡桃パンがお気に召したようですな…」


 在来種の種を持ってきてくれた老人は、パンを頬張る彼女に微笑ましいとばかり。


「とっても美味ひいでふ…!」


 もぐもぐしながらな珠希は満足げ。

 これまで聖女の肩書きから肉だ魚だ豪華な食事ばかりであったが、時にはこうした素朴な食事も美味しく有り難い。

 何より、肩書きを気にせず皆で和気藹々と食べるのは楽しいものである。


「…それでは、お休みなさい」

「お休みなさい」


 ケルカス宅の二階にて、それぞれの客室に入るに挨拶を交わして珠希はホッと一息。

 軽く髪を梳かして置いてあった水桶で歯磨きと洗顔を済ませるや、すぐに寝床に就いた。

 明日はいよいよキトリア皇都に入り、明後日には皇帝ガザーニアとの謁見を果たす。

 本当なら今頃は皇都郊外の宿に一晩身を寄せるつもりで、この村に泊まることになったのは想定外だった。

 幸い、ペガサス馬車と天候に恵まれたお陰で謁見の日取りまでには余裕を持って到着できる見込みではあるが、今朝のような勝手な行動は慎まねばならない。


(…本当は森の様子を見に行きたいけど…。ロマーノからの帰りに寄ってもらえるか聞いてみようかな…)


 目を瞑り、考えながら眠りの淵へ。

 真綿を詰めたパッチワークの掛け布団は温かく、静かな部屋の中、気付けば珠希は寝息を立てていた。

 閉め切られた真四角の窓の外、霞む薄雲の合間より白い月が顔を覗かせ、穏やかな光が静かに部屋へと差し込む。村を囲んだ木々を鳴らすように一陣の風が吹き抜け、カタカタと窓硝子が軋んだ。

 夢か現か曖昧な意識の中、いつまでも軋む窓に風の悪戯かと漠然と思いながら寝返りを打つ。明日に備えて寝入ろうとするも段々とその音が大きくなりカタン、カタリと少し重みのある音が近寄る。

 そして、その音が忍び寄る足音だと気付いた瞬間、ベッドに潜る前に確かに締めた閂式の鍵が開けられた音が響いた。

 一瞬にして押し寄せた緊張感に、自分でも驚くくらいの身のこなしで布団からすり抜け、ベッドの影へ。

 時を同じくしてドアが開き、息を殺しながら窓硝子に映る姿を確認。そのおどろおどろしさに珠希は口を塞いで沸き上がる悲鳴を押さえ込んだ。

 例えるならば巨大なナメクジだ。その軟らかな駆体をドアの僅かな隙間に差し込み、閂を押し開けたのだろう。


「…おい、居ねぇじゃねえか…」

「うるせぇな、よく探せ。早くしねぇと眠らせた奴等が起きてきちまう。この粉も持続時間短いんだよ」


 ナメクジの魔族は辺りを見回しながら、続いて入ったカマキリ頭の魔族に文句を垂れる。

 カマキリの魔族の手には毒々しい粉の入った袋が握られていた。

 ―――あれを吸ったらヤバい。

 本能的にそう思い、ベッドの下に身を滑り込ませた。


「…マジで居ないんだけど」

「いや、入ったのは確かだ。反撃されても傷付けるなよ?例の賢者に対する人質なんだから」

「解ってるよ。魔王様に逆らう方が怖いし。こっちの首が飛ぶわ」


 物騒な内容だが、飽くまで殺す気は無いらしい。

 ゴソゴソとすぐ真上を探る魔族の気配に息をするのも忘れ、只管、危機が過ぎ去るのを待ち望む。

 時間にして数分。捜索を諦めて部屋を立ち去った魔族にホッと溜息を零した。

 念の為もう暫く身を潜め、夜の静寂が再び部屋に満ちたのを待って、ベッドから這い出した。

 尚もバクバクと耳元で鳴る心臓の音に深呼吸しながら、皆の無事を確かめるべくドアノブに手を掛け、廊下へと歩み出る。

 その瞬間だった。

 背後より迫った気配に口を塞がれ、羽交い締めにされた。体に食い込む逞しい腕。思わず絶叫しそうになった。


「静かに…!」


 耳元からの声に、ハッとした。

 反撃に出ようと構え掛けた肘を下ろし、そっと振り返る。

 天窓から差し込む月明かりを背負い、微かに汗に濡れた鮮やかな赤髪が揺れた。


「グラジオ様…?」


「すみません、驚かせました。屋内で暴れてはケルカス殿やスイバにも危険が及ぶので…。大丈夫、外で部下達が構えています。もう暫くここで待機を」


 そう小声で告げる彼は、尚も肩や腰に回した手を解かない。

 あまりの顔の近さに、珠希は戸惑った。

 こうして見ると何と綺麗な瞳の色だろう。まるで初夏の日差しに照る楠の若葉みたいだ。

 思わず目を見つめ合っていると、外から物騒な物音がして間もなくまた静かになった。

 様子を見ようと窓に近寄ろうともしたが、グラジオはその身を引き留め、苦しいくらいに抱きしめてきた。


「あの、グラジオ様…」


「すみません、もう暫く抱きしめさせてください」


「えっ…あ、はい…」


 思わぬ一言に面食らいながらも取り敢えず承諾。

 今程の魔族の悲鳴や痛そうな物音から、中々に凄惨な現場が想像出来たので見ないに越したことは無いだろう。

 しかし、抱きしめる彼の腕は震えていた。武者震いとも思ったが、耳元に掛かる溜息から怖かったのだと察した。


「すみませんっ…、もう少し早く侵入に気付けていれば…。あの魔族を生け捕りにするに、タイミングを待っていてっ…。兎に角、無事で良かった…」


 柄にもなく涙ぐむ懺悔の声。

 嗚呼、成程―――、囮状態にあったらしい。

 夕餉の折に騎士達から伺ったが、不帰の大地から送り込まれる魔族は魔王クローヴァルトの監視を受けており、魔王の意思にそぐわない行動を取ったり捕虜になりかけると首に着けられた呪具が発動して自爆するそうだ。

 生け捕りにするには先ず呪具の解除をせねばならず、呪いを解く魔法陣に誘い込まねばならないらしい。


「ご自分を責めないでください。こうして何ともないんですから…」


 体を回して向き合いながら、ポンポンと背中を擦る。

 一国の騎士団長で王子様にこんな気安くするのもどうかと思うが、つい姉御肌が出てしまう。元の世界でもドジッた後輩を慰めたり、管理先の公園で子供と接する機会が度々あって、ついつい困っている人や弱っている人を見るとお節介を出す癖が付いてしまった。


「…今朝はごめんなさい」


 不意に溢れた謝罪にグラジオは、はたと視線を合わせる。

 珠希は気不味そうに視線を泳がせた。


「こんなに心配してくださっていたのに…、私、余計な気を回してグラジオ様の気持ちを蔑ろにしていました…」


 キュッと両手を握り、面と向かい合う。

 戸惑うように眉を下げる彼に、珠希は目を伏せて深呼吸。そして、気持ち新たに真っ直ぐな眼差して姿勢を正した。


「次からはちゃんと相談します。グラジオ様が心配しなくて済むように…、その…、ちゃんと期待に応えられるように頑張ります…!」


 言葉としては何とも幼稚。けれど、屈託の無い宣言にグラジオは堪らず苦笑い。

 素直と言うか、実直と言うか―――、当人は至って真剣。

 けれど、それがあまりに可愛らしくて―――…、頬のニヤケを抑えるのに苦労した。


「…っ…、では、今後に期待しますね…」


 寄せた拳で口元を隠しながらも、緩む目尻を隠し切れぬまま、グラジオは困ったように言葉を絞り出した。

 溢れる愛おしさに肩を震わせ、向けられる眼差しは柔く熱を帯びる。

 その榛色の瞳から伝わる彼の想いに、刹那、珠希は唯ならぬ胸の高鳴りを覚えた。


「団長…!こっち終わりました…!」


 小声ながら下から響いた声に、彼女はビクリと肩を揺らす。

 途端にグラジオは毅然とした騎士団長の顔に戻り、何事も無かったかのように解けた温もりに珠希はどうしょうもない寂しさを胸に残した。


「やばい…、これはやばい…」


 崩れるようにその場にしゃがみ込んで、珠希は火照る顔を覆った。

 今のは反則だ。

 不意打ち過ぎる。

 独立独歩、一匹狼、孤高と言う言葉が似合う男の砕けた笑みの破壊力。これで落ちない乙女がいるのか。

 突如、芽生えた甘酸っぱい感情に、珠希は悶々と蹲るしか無かった。

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