移植
気品溢れる上等なドレス姿から一転、手拭い頭のズボンスタイルになった珠希に、村人達は一様に目を丸くした。
遠路遥々ヴォタニカリアから持ち寄った道具と村から掻き集めてもらった資材を前に、珠希は脳内で段取りを纏めながら気合を入れるようにオーダーメイドのブーツの紐を締める。
正直を言うと、こちらの世界に来てから衣服については苦労が絶えない。
元の世界であれば、バイクを飛ばしてホームセンターなりに買いに行けた靴も作業着も手袋さえも、こちらでは全てオーダーメイド。そもそも既製服の概念が無い。しかも化学繊維や合成ゴムも無いものだから、代わりになる素材を一から探してヴォタニカリアの宮廷魔道士や服飾関係の女官に無理を言って類似品を作ってもらった次第だ。
皆、新しい素材や異世界の衣服のデザインだと喜んで開発に取り組んでくれたが、掛かった費用を考えると大変、申し訳無い事をした。
全く、以前の世界の便利さを思い知る今日この頃である。
「師匠!貰ってきたよ!」
手分けして植樹された株の抜き取り作業に勤しんでいると嬉々とスイバが戻ってきた。
サッと足元に剣先スコップを突き刺し、珠希は駆け足で袋一杯に詰められたドングリや松ぼっくり、その他の樹の実を確認。
非常食用に暗所で保管されていたお陰か、保存状態は良好である。
「昔はどの家でも蓄えていたのですがなぁ…」
一緒に運んできてくれた先程のリス獣人の老人は寂しそうに溜息。
曰く、街が栄える以前は、森の樹の実は彼等の重要な食糧で、水車で粉を挽いて作るこの土地特有のパンや餅のようなお菓子は村最大の収入源だったそうだ。また薪や材木の余りで作った工芸品も素朴で可愛らしいと旅人に人気だったらしい。
「えー!それ私も欲しい!」
集めてもらった樹の実を水に浸して選別しつつ、見せてもらった工芸品の髪飾りに珠希は目を輝かせる。
鳥や花を模した彫り物で、魔光草の花の汁で臙脂色に染められていた。
「こうやって昼間、陽を浴びせておくと夜に光るんですよ」
「昔はちょっとした明かり代わりでした」
そんな話を聞きながら、手の空いていた村人と適当な植鉢に選別した樹の実を一つ一つ埋めていく。
ものの一時間で数百個の種を植え終え、珠希は満足げに笑みを浮かべた。
「さて…、スイバ!とっておきの魔法、見せてくれるっ!?」
準備を済ませ、丁度抜き取り作業を終えたスイバを手招き。
待ってましたとばかりに駆け寄った彼は、父の形見である小刀を腰元から抜き取り、鞘から神妙に抜き出した刀身にフッと一息を吹き掛ける。そして、祈りを閉じ込めるように鞘に納め直すやその切っ先で足元に魔法陣を描き、朗々と呪文を唱えた。
瞬間、魔法陣が光り出し、植鉢の土が蠢いた。ニョキニョキと顔を出した新芽は、唱えられる呪文に応えるように見る見る天へと枝葉を広げた。
「種が次々に…!」
その光景には賢者たるグラジオも目を瞠った。
小さな樹の実は時計の針を早回ししたように、あっという間に人丈の若木へと生長を遂げた。
「ニヒヒ…、凄いでしょ?ラウラセア氏族長にだけ受け継がれる固有魔法、緑の育手です。種の発芽や生長を促す魔法です」
得意げに笑いながら、スイバは小刀を腰に差し直してどうだとばかりに尻尾をクネクネ。
見守っていた村人達は感嘆の声を漏らしながら拍手を送った。
「さてさて、そんじゃ植えて行きましょっか!皆さん集まって〜!」
音頭を取る珠希はお手本を見せるべく、スコップ片手に人々を手招き。
適当に取ったトウヒの若木を鉢から抜き取り、外来種を引っこ抜いてポッカリ空いた穴の前へと移動した。
「えっと、それじゃあ植え方を説明します」
聴衆を前にそう告げた珠希は、早速実演を開始。先ずは植え穴の調整だ。
スコップを苗木に添えて根鉢(土を掴む根の塊)の高さと大きさを測り、根鉢の倍程度の大きさに植え穴を広げていく。深さは高すぎても深すぎても良くないので、並べく地表面の高さに合うように掘る。掘り出した土は穴の周りを囲うように盛っておく。これを水鉢という。
次に植え穴の底を解して土を小山のように盛って据えやすくし、苗木を入れて高さと向きを決める。大きな株だとそう簡単には動かず棒やスコップでテコの原理で微調整せねばならないが、今回のように小さな株ならひょいと持ち上げられるので楽なものだ。
位置が決まったら深さの1/3まで土を戻し、ここに水を注いでスコップや棒で混ぜたり鉢そのものを揺らして泥水にする。間隙(土の隙間)があってはそこに根が張れないので、空気を抜くようにしっかり泥を満たしていく。この時、樹木の種類によっては腐葉土や元肥を根鉢の底に入れておくが今回は割愛である。
水が引かない内に、更に水鉢として積んでおいた土を戻す。この時、無闇にダムを壊すと泥水が周りに流れてしまうので用心。都度、水気が足りなければ水を足し、更に棒やスコップで突き固めながら隙間の空気を抜き、地表面に根元の高さが揃うように調整。最後に根元を平ら、もしくはやや高めに踏み固めて、乾いて株が動かなくなれば完了である。
このように水を使って木を据えることを水極めと言う。
ちなみにマツ類やジンチョウゲなど湿潤な土を嫌う種類の移植、もしくは粘土質で水捌けが悪い土地の場合では土極め―――、水は使わず柔らかな上質な黒土で突き固める手法を取る。
「もし水が多くて根鉢がドロドロ、タプタプになってしまった時は、水鉢は均さず乾くのを待ちましょう。必要なら一本棒の支柱を添えて…」
水極めの灌水(水遣り)に使ったアンディレイネの如雨露に付いた泥を掌で拭いつつ、そんな説明を加えていた時だった。
視界の端に緑が迫り、メキメキと音を立てる。
何事かと目を向けた珠希は呆気に取られた。先程まで自分の背丈ほどであったトウヒが、ずっとそこにあったかのような大木へと生長。
思わずスイバに目を向けるも彼はブンブンと頭と手を振り、否定を示した。
なので、まさかと手元に目を向ける。
案の定、如雨露の模様が光っていた。
「やんば…、むっちゃ育った。えっ?流石に反則過ぎんっ?」
隠せぬ驚きにトウヒと如雨露を交互に忙しなく見る珠希に村人他、騎士達も苦笑い。
何かしらの魔法が働いたようだが、これは予想すらしていなかった現象である。
「………。えー、ごめんなさいね。ちょっと植える間隔を広げましょう」
気を改めるようにぽんと腰を叩き、珠希は作戦を変更。
高校時代、造園の勉強に加え、農業クラブで取り組んだ里山再生プロジェクトで植林の方法については多少ながら学んだ身である。
植物遷移の事を考えれば、移植の密度をもっと濃くして都度、株の間引きや樹種の入れ替えをしながら数十年後から数百年掛けるレベルであるが―――。
「なんか、それっぽくなったわね…」
夕刻、各々の魔法を駆使しながら種から苗木にした在来種株を移植し終え、珠希は複雑な表情。
本来ならば百年単位の年月を要して成り立つブナとトウヒの森が眼の前に広がっている。
念の為、精霊王の如雨露は使わずこの土地の井戸や川の水で灌水して自然の早さに任せることにした苗木も半分ほど混ぜたが、今後どうなるかは要観察である。
「嗚呼、昔の森に戻ったみたいだ…」
「この木漏れ日…、懐かしい…!」
「この匂いも…!」
壮年の村人達は、かつての森の姿に感涙を浮かべる。
彼等にとっては掛け替えのない原風景だが、珠希にしてみれば、その回復の早さに歪みが生じるのではないかと不安を抱かずにはいられなかった。
「聖女様、ありがとうございます!」
「この空気を取り戻せるなんて何とお礼を言ったら良いのか…!」
「またこの森を見れるなんて…!」
崇めるように人々は手を合わせ、口々に感謝を伝えるも当の珠希はタジタジ。
まあまあと宥めつつ、自分の知り得る知識と技術を試しただけだと謙遜を述べた。
「あの、聖女様」
おずおずと声が迫り、どうしたのかと目を向ける。
誰かと思えば、村長のケルカスだった。
「その…この苗木はどうしたら…」
そう訊ねる彼が目を向けた先には、土より抜き取られて荷車に積まれた外来種の株の山があった。
「あの、どうにか活かす方法は無いでしょうかっ?この事を知ったらガザーニア皇帝はきっとお怒りに…」
その声は怯えていた。
無理もない。国の支配者から直々に賜った苗木を引っこ抜き、物によっては伐採したのだ。元の世界で言えば、記念樹を薙ぎ払ったようなものである。思えば公園管理仕事で仰々しい立て看板が添えられた植木が剪定後に枯れそうになった事があった。最終的には復活したが、当時は冷や汗ものであった。
そんな事を懐かしく思い出しつつ、珠希は困ったように肩を竦めるや無造作に積まれて萎れ始めていた外来種株をそっと手に取った。
「確かに持ってこられてしまったこの木々には罪はありませんね…」
そう哀れみの目で告げながら、乾き始めていた根本にアンディレイネの如雨露の水をサーッと浴びせる。
大きくなって根本から切らざるを得なかった株もあったが、幸い植えられてから日が浅かった物は根巻きが残り、抜かれたダメージも少ない。
そこに目をつけた。
「皆さん、もう少しだけ頑張れますか?」
精霊王の魔法の水の力で復活し始める苗木を背後に、彼女は不敵な笑みを浮かべた。




