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生態系


 村からほんの数分。緑陰の薄い森の中、小高い丘を登ってやって来た石組みの祠には、そこだけ草が生い茂り、初春の花が咲き誇っていた。

 この世界に来て、精霊エルフィエナと接する内に解るようになったが、精霊のいる場所には独特の芳しい花のような匂いがする。祠からもその独特の匂いがする事から確かに精霊王は籠っているようであるが、その入口は木蔦と岩で固く閉ざされ、来る者を拒むかのようであった。


「何やら怒っておられるようですね…」


 祠の状態を眺め、グラジオは考えに耽りながら伸びた無精髭を撫でる。

 昨晩は宴に酔い痴れて適当な所で寝てしまい、今朝方の擦った揉んだですっかり髭を剃り損ねてしまった。そろそろ蓄え始めても良い歳ではあるが、口元に長さがあるとどうにも落ち着かないものだ。


「…不帰の大地から来る奴等の所為ですよ」


 そんな声に、グラジオのみならず皆で目を向ければ、スコップや苗木を持った村の人々が憮然と集っていた。

 来る途中、所々に植え穴があったことから植樹の作業中だったのだろう。


「精霊王様の為に毎日、捧げ物をしてるのに奴等が夜な夜な盗んで行きやがる…!不帰の大地の奴らは皆、野蛮で略奪しか能がないんだ…!」 


「なぁ?あんた賢者様なんだろっ?早く魔王を倒してくれよ…!」


「そうだよ!俺達は唯この村で静かに暮らしてただけなのに!」


「頼むよ、何とかしてくれよっ!」


「もう限界よ!一昨日だって去年のハチミツを魔王軍に根こそぎ持ってかれて…!」


 怒りと憎しみを湛えた声は切実だった。

 皆、痩せ気味で十分な食糧が無いことは見て取れる。

 間もなく冬が明けるとは言え、理不尽に奪われ続ける苦しみは言葉にならない。


「あの〜、ごめんなさいね?これって、もしかして…」


 殺伐とする空気の中、恐縮気味に苗木を持つ村人にそっと寄った珠希は、まじまじと苗木を観察。

 一つは独特の棘々しい枝振りの株、もう一つは特徴的な芽が目に付く株、そして、あちらの世界で見慣れすぎて最早、天敵扱いしていた特徴の無い葉―――。

 それらの正体に気付いて俄に眉間を寄せた。


「ああ…、見ての通り、これから植える苗木です。これはハリージュと言う樹木でガザーニア陛下が態々、西果ての海の向こうのユザ共和国から取り寄せてくれた苗木です」


「瘴気に強く、花も美しいんですよ。この棘が難点ですが、これの花をミツバチが好みましてね。村の新しい産業にしようかと…」


「こっちのカラネズも生長が早くて、育てやすいんですよ。すぐ大きくなるから薪に使えまして…」


「このシンジュもよく茂ってくれるし、虫も好みましたねぇ…!昔の森に戻っていくようです…!」


 揚々と答える村人であるが、相反して珠希の顔が見る見る曇る。

 その異変に逸早く気付いたのは、彼女からあちらの世界の造園を学んでいたスイバだった。


「元は何の木ですか?」


 淡々とした口調で彼女は訊ねる。

 村人達は一瞬、何のことか分からず小首を傾げた。


「元々この森には何の木が自生していたんですかっ?ここにあるのは全部、植樹したものですよねっ?」


 問い詰め始める珠希に、村人達は戸惑った。

 その目は焦りと微かな怒りを宿していた。


「…トウヒ(トーフェ)とブナノキ(オルク)じゃよ。この土地オルクトーフェの名の由来じゃ…」


 そう答えたのは、杖を突いたリスと思われる獣人の老人だった。

 同じリス獣人のあどけない孫娘に支えられ、老人は深い溜息を零した。


「愚かな話じゃ。本を正せば、無闇に森を切り開いた罰が当たったのじゃ…。開拓により森の生き物は住処を失い、苦肉で人里に入れば悪戯に殺され…、森そのものも姿を変えてしまった…。精霊王は怒っておられるのじゃ…」


 まるで懺悔するかのように語りながら老人は祠の前へ。

 そうして、持ち寄った包みから複数種類の樹の実を取り出し、祠の前に置かれた器へと供えた。

 瞬間、珠希は目の色を変えて器に転がった樹の実を掴み取り、まじまじと観察。そして息を呑んだ。


「お爺さん、この種はこの森で採れたものですかっ?」


「あ、嗚呼、そうじゃよ?飢饉の時の非常食や民芸品の材料として毎年、拾っとるんじゃが最近の子らはアク抜きがめんどうだと言うて食べんし、瘴気の風評被害で民芸品も売れなくてのぉ…。捨てるくらいならと持ち寄った次第じゃ…」


「では、もっと種があるんですねっ?」


 食い気味に訊ねる瞳は期待に満ち溢れていた。

 老人は面を喰らいながらも小さく頷き、聞かれるがまま家の場所を説明。更に他にも当てがあるかを珠希は問い続けた。


「藤崎女史…?」


 他の村人そっちのけで話し込む彼女に、グラジオは制止を促すように声を掛ける。

 希望を見出したように珠希は微かに微笑み、間もなく精悍な顔を見せた。


「精霊王グノムジカの怒りの原因が解りました。恐らく外来種の混入です。早く移植した苗木を入れ替えないと手遅れになります」


「「「ガイライシュ?」」」


 聞き慣れぬとばかりに、グラジオのみならずその場の多くの者が言葉を復唱。

 珠希は頷いて、村人が持っていた苗木を手に取った。


「元来その地域には存在しない筈の動植物のことです。外来種は往々にして生命力が強く、土地に根付いてしまうと何かと悪い影響を出します。特にこの苗木は繁殖力が強く、生長も早い…。このまま安易に移植を進めれば元あった自生種が淘汰され、生態系に深刻な影響を及ぼします。下手をすれば、在来種が絶滅して取り返しの付かないことになります」


 理路整然と敢えて脅すように珠希は言い放った。

 皇帝が用意した苗木は元の世界で言うニセアカシア、ニワウルシ、トウネズミモチの三種。どれも繁殖力がえげつない種類ばかりだ。特にニセアカシアとニワウルシはアレロパシー作用で他植物の生育を阻害し、ニセアカシアに至っては元いた日本では侵略的外来種に指定されていた。トウネズミモチも生態系被害防止外来種に指定されている厄介者だ。


「まずは植えてしまった苗木を撤去しましょう。スイバはお爺さんと一緒に在来種の種を貰ってきて!騎士の皆さんも手伝ってください!」


 気合を入れるように下ろしていた髪を一つに結びながら珠希は指示を出し、スイバは元気に了解!の返事。

 老人とスイバが急いで村に引き戻る中、立て続けに彼女は森の再生に必要な物を揃えるべく次々と依頼を出した。

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