留守番
師と慕う珠希の居ない聖園は、何だか嫌に静かで木々や花も寂しそうに見えた。
ゴミ集め用の籠を背負い、箒を手に持って、いつも通りの見回り。
いつもなら兄と三人でお喋りをしながら、今日の予定を立てる時間。テクテクと石畳の園路を進むほどに、積み上がる孤独。どうしようもない寂寥感を得意の歌ではぐらかせば、樹の実を啄みに来た鳥達が励ますように囀りで応えてくれた。
「失礼します。お世話になっております。聖園専属管理者代理のナズナです。今日の見回り、終わりました。特に異常はありません」
正午の鐘が鳴る中、聖園管理の職員に普段は珠希が告げていた定型文を少し捻った文言で今日の報告書を提出。
最初は疑うように厳しかった目も、内容を見終えるや満足気に柔らかくなった。
「受理します。お疲れ様でした」
了解と労いの一言を添え、職員はそっと受取証明の紙に飴玉を一つ添える。
戸惑う視線を向ければ、不敵なウインクを返された。
「一人で淋しいだろうけど、明日も宜しくね」
そんな言葉にはにかみ、コクリと頷く。
最後に一礼をして、テトテトとお昼を取りに行った。
場所は宮殿の食堂。城内職員なら誰でも好きに利用できる。珠希の侍女でその秘書官も務めるアリスが忙しい日には珠希に連れられて利用していた。
(…兄様もお師匠様も無事にロマーノ向かっているかなぁ…?)
長テーブルの一角に腰掛けて、温かな豆のスープを口に運びながら、ナズナは悶々と想いを馳せる。
一人ぼっちの昼餉は胸に張り付く寂しさを助長した。
「…失礼。隣の席、良いかしら?」
そんな声掛けに、はたと顔を上げる。
誰かと思えばアリスだった。
宮廷女官の中でも上位貴族の彼女がこんな所で食事を取るとは珍しい―――、誰でも利用出来るとは言え、ここを使うのは出稼ぎ下級貴族か下働きの平民ばかりだ。
「はい。どうぞ、アリス様…」
おずおずと頷き、ナズナは少し横へと移動。
「だから、様はいらないって…。今日はもう仕事お終い?」
肩を竦め、アリスは手に持ったプレートをテーブルにスライドしながら長椅子に腰掛けた。
「はい…、何とか無事に…」
「そっか。良かった」
端的に受け答えしながら、黙々と食事を進める。
―――こんな時、珠希のように気さくに話が出来たら良いのに。
小さい頃から引っ込み思案で、いつも兄の背中に隠れるようにして生きてきた。
だから勇敢な兄が居ないと何も出来なくて―――、それが歯痒くて仕方ないのに臆病な心が一歩を踏み出す足を鎖のように繋ぎ止める。
折角、兄に頼らず自分一人で頑張れる状態なのに、気付けば兄や珠希の背中を探している自分が情けなかった。
「そう言えば、ナズちゃん、このあと暇?」
はたとそんな問いを投げ掛けられ、少し考えてからコクリと頷いた。
この後は珠希が来てからの記録書の整理でもしようかと思っていたが、特段の急ぎではない。
「良かったらお買い物付き合ってくれない?ちょっと買いたいものあるんだけど、量が多くて一人じゃ回り切れなそうで…」
要は荷物持ちである。
力仕事ならお任せあれだ。
「分かりました。待ち合わせはどちらに?」
「城の正門で。私も着替えて来るから二時に集合ね。ついでに中央通りで女子会しましょ?」
そう約束して、アリスはウインク。意気揚々と食べ終わったプレートを持って返却口へ。
女子会と言う魅力的なワードに、これは急がねばとナズナも残るスープを呷った。
*****
甘味が恋しいおやつ時、両手一杯の荷物をテーブルの下に置いて、アリスとナズナは今か今かとお楽しみを待っていた。
カツカツと華麗にエプロンドレスが歩み寄り、テーブルの上にでんっと届けられたパンケーキタワー。たっぷりバターとベリーのソースを惜しげもなく垂らし、遠慮無用で頬張れば幸せ笑顔が溢れた。
「んー、幸せ〜」
「美味し〜ぃ!」
口の中いっぱいの幸せに女子二人は満足気。怒涛の買い物ツアーの後のご褒美である。
「それにしても、アリスさん、こう言った雑務も日頃からされてるんですか?」
お腹も膨れて締めの紅茶を飲みながらナズナは素朴に質問。
いつもは珠希の侍女をしている彼女であるが、以前から時折、野暮用だと城を出ることがあった。
「んー、今日のはまた別件だけど、ちょくちょくと家の手伝いがねぇ…。実家の本業、商人だから」
少々オブラートに包みつつもそう答え、アリスは紅茶にミルクを注ぐ。
「成程。アストルム商会と言えば王都一の大商会ですもんね」
納得とばかりにナズナは頷き、こちらは紅茶にレモンを投入。
アリスの実家であるアストルム商会は王家御用達の看板を掲げる大商会だ。ヴォタニカリアのみならず多数の国とも取引を持っており、国内の貿易産業を牽引する大家である。
「そっ。だから時々宮廷女官の顔を貸せって呼び出されるのよ。そろそろ皇国との取引もしたいらしくてね…」
何処か呆れたように溜息を零し、彼女は肩を竦める。
ヴォタニカリアから見て極東に位置する皇国は、領土は小さいながらも何処の帝国にも属さない独立国家だ。稀に出回る繊細かつ優れた意匠の工芸品や機織物は各国で人気が高く、王侯貴族の間ではそれを手にするだけで大きなステータスになる。故にその入手経路の確保は、商人達にとっては喉から手が出る程の価値であった。
「あの、それって良いんですか?職権濫用とかに…」
何だか不穏なものを感じて、思わず確認。
アリスは残っていたパンケーキを口に運び、問題無いとばかりにひらひらと手を振った。
「大丈夫大丈夫、上にはちゃんと許可取ってるし。寧ろ国としても交易の幅が広がるから宜しくって感じなの。と言うかナズちゃん、職権濫用なんて言葉よく知ってるわね」
「あー、私もさり気なくお城育ちでしたから…」
言葉を選びつつ、含みのある返答。
一度は去った身であるが、王宮の庭師ラウラセア一族の一人として城で生まれ育ち、城内でのあれこれは聞き及んでいる。
「…もしかしてだけど身内の誰か、昔何かやらかした?」
実に鋭い。
ギクリと肩を揺らしたナズナは微かな躊躇いの後、溜息混じりに小さく頷いた。
「実は…、父方の末の叔父がちょっと若い頃に博打で騒動を起こしたらしく…、ラウラセアの名を傘に相当な借金を作った挙句、一時蒸発しまして…。父様からは、あれは一族の恥だの反面教師だの口酸っぱく言い聞かせられまして…」
耳打ちするように手を添えながら、彼女は片目を瞑って一族の恥部を暴露。
それを聞いたアリスは、何かを思い出したように深くゆっくり頷くや、哀れみの生暖かい目を向けた。
「ごめん、それちょっと知ってるわ…。聞いたことある…」
「嗚呼…ですよね…。当時、結構騒ぎになったそうですから…、尚且つ、この件で当時当主だった祖父は責任取って隠居させられたので…。今だから言える話ですが、祖父は相当な遣手だったので、あの時叔父がやらかさなければ、ラウラセア滅亡も避けられただろうなって…」
自嘲気味に嗤うナズナの更なる暴露に、アリスはいたたまれず顔を両手で覆い、その下で苦笑い。
以前から思っていたが全くの苦労人だ。
「ごめん、何か嫌な話になっちゃったわね。気分転換に次の雑貨屋でお土産買いましょ。ここも奢るわ」
お互い食べ終わったのを確認し、アリスは財布と荷物を持って席から起立。
ナズナは慌てて荷物を拾い、ポケットの財布を掴んだ。
「ちょっ、悪いですよ〜」
「良いから良いから!あ、この後ついでに珠希様にも何か買っていきましょ。新しいタオル欲しがってたし」
レジスター前、ワチャワチャと会計を済ませ、女子二人は賑やかに夕暮れ迫る通りへ。
両手一杯の荷物を抱え、すっかり打ち解けた駆け足は、石畳に仲良く並んだ影を伸ばした。




