役割と覚悟
激しい剣戟に火花が散った。
ここヴォタニカリアに来てから早一ヶ月、只管に体力作りという名の理不尽な雑用により鍛え上げられた一騎の腕は、聖剣を握るに相応しい筋力を得ていた。
魔王討伐に向けて近衛魔導騎士団長グラジオのワンツーマン指導を仰げると思っていたが、その実、待っていたのは聖園や御用牧場の雑用手伝い。夏の間に溜め込んだ丸太の運び出しに薪割り、地平線の向こうまで畝を立て、そこに春野菜の種撒きや苗植え。
そうして体幹を鍛え、やっとの事で剣を握らせてくれるようになったのは、つい三日前である。
「そんなでは魔王どころかスイバにも勝てんぞ?」
片膝を突いてゼェハァと息を乱す一騎を見下ろし、グラジオは冷たく言い放つ。
中学ではサッカー部、高校では剣道部に入り、大会にも出場経験があって体力には自信があったが容易く叩きのめされた。
聖女珠希を護りたいと一緒になって剣を習う獣人スイバの方が、汗をびっしょりながらもその指導にしがみついている。
ゲームの中では城下町の孤児院でヒントをくれるだけのモブだったのに、とんだ逸材である。
「あー、くそ!ゲームなら簡単なのに!」
休憩時間、グラウンドに大の字になって空に文句を垂れる。
木刀を握り続けた掌は肉刺だらけで痛いし、グラジオの攻撃も実戦的で容赦が無い。ゲーム上では楽しいミニゲームとして彼との手合わせがあり、便利なアイテムや新しい技を習得出来たが、現実となるととんでもない労力だ。
「…帰りてぇ」
そんな弱音を漏らし、ポケットに入れていたスマホを手に取る。
こちらに来た時点で壊れてしまったらしくもう電源も点かないが、癖で起動を試みてしまう。そして、暗いままの画面に絶望するのを繰り返していた。
「…そんな黒い板見たって仕方ないでしょ?」
呆れる声に目を向け、ムクリと身体を起こす。
果実水を差し入れに来たアリスだった。
彼女もゲーム上ではモブだが、聖女付き女官の今と違って、女王の側に必ずいる有能な侍女の役だった。今見たく勇者への当たりが強く、会話の選択肢を間違えると城を追い出されたりエラい目に遭わされたのでよく覚えている。
「………」
ぐうの音も出ず、バツの悪そうに体を起こした一騎はスマホを胸ポケットへ。
水筒代わりのガラスボトルを受け取り、怒り任せに呷った。
「………、スイバを見習いなさいな。仕事をしながら時間見つけて通ってるんだから」
そっと隣にしゃがみ込み、アリスは小言をぶつける。
「何で、そこまで頑張れるんだか…」
飲み干したボトルを差し出し、不貞腐れたように一騎はぼやく。
それを受け取ったアリスは無愛想に珠希を守りたいからだと返した。
「夏至祭の時、珠希様は危険も顧みずスイバを守ろうとしたのよ。あの方の知恵のお陰で、サイペルスも退けられた…。皆、珠希様に感謝しているから、あの方にできることをしたくて仕方ないのよ」
溜息混じりに言葉を続け、鳴り響いた鐘の音に彼女は腰を上げた。
そろそろお昼の時間だ。今日も聖園で枯れ枝を見つけては剪定している珠希にランチを届けねばならない。
「あんたも珠希様くらいチヤホヤされたいなら無様に弱音なんて吐いてないで、手柄の一つあげなさい!」
捨て台詞に言い残し、アリスは手をひらひら。
そんな背を見つめ、一騎は悔しげに拳を握った。
「…俺だって…っ…」
頑張ってる―――、そう言いかけて言葉を呑んだ。
この世界に飛ばされてから、イレギュラーなことばかりだ。
ゲームのシナリオ通りなら召喚された北帝国で、聖剣抜刀後にアザレオ帝の暗殺が起き、嫌疑を掛けられたオルタンシア帝と共にヴォタニカリアに亡命する筈だった。ところがアザレオ帝は既に他界し、中盤で身の潔白を証明して戴冠する筈のオルタンシア帝も堂々と玉座に君臨。挙句に抜刀直後に覚醒する筈の聖剣は目覚めず今も封印形態のまま。斬った瞬間に魔物を灰にし、魔王の強烈な瘴気すらも薙ぎ払う聖剣だが、覚醒しないままでは唯の鈍らだ。
―――これでは攻略を進められない。
焦る気持ちとは裏腹に、魔王軍は刻一刻とシナリオ通りに動き始めている。
このままでは何も出来ないままゲームオーバーと成り兼ねなかった。
「アリスさんも中々キッツいなぁ…」
そんな声が背後から聞こえ、思わず肩を揺らした。
魂消て振り返れば、ゼフィ副長がボトルワインを傾けていた。昼から飲んだくれているように見えるが、その実、アルコール入り飲料で寒さ対策だ。冬山にスキットルでブランデーを持っていく様なものである。
「団長に扱かれてるみたいだね?あの人、新人だろうと容赦無いから…。まあ、殺されない為の訓練だから堪忍ね。面目ないけど、俺達は君に頼るしかないから」
項垂れる肩を叩きながらゼフィは横に腰掛け、元気を出せとばかりに励ます。
ゲームでも彼はひょうきん者のお助けキャラだ。しかし、ストーリーによってはグラジオを慕うあまり敵にもなるし、思い半ばで魔族に殺されてしまう未来もある。
「君が持つエルダの聖剣じゃないと魔王の心臓には届かない…。フィーユの戦いでグラジオが魔王の片目を潰したのは知ってるよね?」
そんな問いに一騎はキョトンとしながらもコクリと頷いた。
ゲームの中でも魔王は最初から片目が潰れ、ラスボス戦で対峙した時にはグラジオにその屈辱を語っていた。
あるルートで読めるグラジオの手記には、当時の事は唯只管に力不足だったとしか書かれていなかったが―――。
「我々にはあれが限界だった…。魔王に突き立てた刃は奴の瘴気で脆く崩れて悉く折れちゃったんだ。瘴気を無効化するエルダの聖剣じゃないと魔王には到底届かない」
そんな昔話と事情に彼は目を剥いた。
「え、じゃあ、どうやってっ?」
如何に魔王に一撃を与えられたのか。
問い質す一騎に、ゼフィは苦い笑みを浮かべた。
「グラジオが単騎で突っ込んだんだ。もう捨て身だよ。火魔法で全身を包み、瘴気を焼き払いながら剣ではなく聖樹の枝を突き刺したんだ。魔王も魂消てたよ。今も彼の身体にはその時の火傷が残っててね…、流石に顔の火傷はローレン王子が意地になって治したけど…」
それは知らなかった。
自らを焼きながら、死を覚悟しての特攻―――、あのグラジオがそこまでしなければ一撃すらも届かない。
今更ながら魔王クローヴァルトの恐ろしさに気付かされ、途端に底の抜けるような恐怖が押し寄せた。
「どうか、めげずに頑張ってほしい。俺達はこの命を賭してでも魔王の心臓に君の刃を届けるから」
俯く頭にポンッと掌を落とし、ゼフィは肩を竦める。
励ますように最後に背を叩いた彼は何処か、降り出した雪のような儚さを纏っていた。




