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相棒


 寒さ厳しい雪降り後のある日の事。薄く積もった雪の合間より、僅かに顔を出す草を立派な体躯の有翼鹿の群れが思い思いに啄んでいた。

 ここは王城より程近い御用牧場の一角。騎士達の足となるべく育てられているセルヴスドラゴンの飼育所に訪れた珠希は、緊張を顔に滲ませていた。

 これより今後の足となってくれるであろう相(・)棒(・)との顔合わせである。


「藤崎女史、こちらです」


 柵の向こうの放牧場で伸び伸びと過ごす竜を眺めていた珠希は呼び声に駆け足。

 ログハウス調の厩舎の扉を開いていたグラジオに会釈し、続くように中へと足を踏み入れた。


「すみません、少々寒さが苦手なようで…」


 申し訳なさそうに告げながら、彼は囲いの中でポツンと真新しい藁の上で蹲る一頭を指し示す。

 他と比べると少し小振りながら、金にも見える生成りの毛色。対の角が枝分かれしていないことから雌だと見受けられた。


「五歳竜の雌です。騎士の竜として訓練を受けさせたのですが、体格的に少々弱いところがありまして…、性格は穏やかです」


 そんな説明を加えつつ、グラジオは手綱を持って閂を外して囲いの中へ。

 途端に体を起こした若い竜は、少し不機嫌そうに頭を揺すって鼻を鳴らした。


「…こらこら、綱を噛むな」


 悪戯を叱りつつ手綱を装着。背を撫でて宥めながら珠希の元へと歩み寄った。


「まだ名前はありません。お好きに呼んでください」


 囲いから出して、ドギマギする彼女の前へ。

 躊躇いがちに珠希は軽く握った拳を鼻先へと差し出し、己の匂いを嗅がせる。

 竜は怪訝な様子で匂いをクンクンと嗅ぎ、暫くするとその拳に頬擦り。そっと顎や頬の辺りを掻き撫でてやれば、心地良さそうに目を細めた。


「安心してくれたかな?」


 戯けるように肩を竦め、珠希は竜を撫でながらその生態を観察。

 頭から胴体と後ろ足は鹿に似ているが、雑食を示すように口には立派な牙があり、前足は鷲のような鱗様の肌に鋭い鉤爪。翼も猛禽類に近しい。尾も鹿らしくあれども倍は長く、根元で五つに枝分かれしている。広げれば扇の様であった。恐らく鳥と同じでこの尾で飛行時の舵切りをしているのだろう。

 見た目はグリフィンやヒポグリフに近い生物のように思うが、この世界での分類上、四つの脚に翼、角と牙を有することから竜の仲間とされているそうだ。


「…ヒポグリフの鹿版って感じかな…」


 そんな感想を零しつつ、名前を思案。

 生成りのふわふわした体毛は何処か綿毛のようである。


「タンポポみたい…、そうだ、ポポってどうでしょう?」


 イメージから閃き、笑顔で提案。

 向けた視線の先で、グラジオは優しい眼差しで頷き、良い響きだと賛同。

 その穏やかな微笑みに珠希は、思わず頬を赤らめた。


「どうされました?」


 急に顔を下げた彼女に、グラジオはキョトンと小首を傾げる。

 熱る頬に珠希は狼狽えた。

 彼は原因を知る由もない。


「すみません…、ちょっと邪念が…」


 情けないと額を押さえ、ペシペシと頬を叩いて熱と共に邪念を払う。


 遡ること一週間前、来たる魔王討伐に向けて、茶会と称して一騎とアリスの三人による秘密会議を開催。一騎の把握する【ヴォタニカリアの騎士】のシナリオを参考に、グラジオを魔王の器にさせない為の対策が練られた。

 そもそも魔王クローヴァルトは大昔に人族への憎しみから邪悪な存在と成り果てた古代の精霊で、何百年もの間、魂の器となる肉体を次々に替えているらしい。しかし器とする肉体は魔王の魂が放つ強烈な瘴気に耐えられねばならず、故に魔王は優れた魔力蓄積能と強靭な精神により瘴気への耐性を得ているグラジオを狙っているそうだ。

 そんな背景を下に、今後の最重要とされたのがグラジオの安全と精神安定法である。

 騎士団長の賢者という立場上、十分自衛は可能であるが、現在の彼は幼少期の実父の処刑や母マーガレット女王との不仲により己は国家の駒という考え方が染み付き、言動に於いても自棄的な部分が垣間見える。

 このまま行くとバッドエンド―――、この世界もしくはヴォタニカリアの滅亡という最悪シナリオが待ち受けている。


(…だからって優先プランが恋仲作戦ってのは安直過ぎん?てか、私と彼の気持ちは〜?)


 そんな心のボヤキを溜息に乗せて吐きつつ、放牧場外周のパドックをポポと名付けた竜の背に乗ってクルクルと回る。

 何とも下世話な遣り方だし、一種の色仕掛けのようで罪悪感が半端ない。

 こんな魂胆など露知らず、彼の相棒ダンテに乗って並走するグラジオが、ウキウキと歩むポポを見て何だか嬉しそうなのがせめてもの救いである。


「疲れましたか?」


 こちらの溜息に気付いたのか、グラジオがこちらの手綱に手を伸ばして歩みを止める。

 ポポは戸惑ったように足踏みし、文句を言うように鼻を鳴らした。


「あ、いえ…!あっと、その…、何だかグラジオ様に申し訳なくて…」


 心配する彼にしどろもどろ。若干、本音を漏らした。

 アリス達からは遠回しに彼を射止めろと指令を出されたが、二つ返事で了解!とは言える訳が無い。

 こちとら彼氏居ない暦=年齢の恋愛初心者。ザリガニすら釣ったことのない人間に鯨を釣り上げろと言っているようなものだ。


「お気になさらないでください。私にとっては良い息抜きですから。このポポについても悩んでおりましたので」


 そんな返答に、はたと目を向けた。

 彼は早く行こうと鼻先を寄せるポポの額を撫でながら、悲しげに微笑んだ。


「ここにいるセルヴスは騎士の騎乗に不向きとなると基本、王侯貴族に下賜されるのですが…、ポポは長らく貰い手が付かず殺処分を検討されていました。ここの竜は生まれも育ちも人に頼り、野生では生き残れません。野に放たれて飢えに苦しみ魔物に食われるくらいなら、一思いに殺してやるしかないのです。ここでの飼育頭数にも限りがありますから」


 淡々と述べる彼に、珠希は予期せず氷を飲んだ時のような嫌な感覚を覚えた。

 これは残酷だが合理的な現実だ。農業高校を出た珠希には痛いほど理解出来る。生き物を扱う限り、避けられない現実―――。 

 人が飢えない為、便利で豊かな生活の為には時に非情な選択を迫られる。

 命と関わる仕事は点ではなく線なのだと―――、この業種に就くからには己の仕事に責任を持てと、お世話になった先生や先輩にキツく言われてきた。

 造園も然り、ただ庭を作って終わりではない。植物とて生き物だ。生長し、病気にもなる。作った庭を管理せず、無責任に放置すれば害虫の巣や時には犯罪の温床となる。

 人の手が入った物事は最後まで人が責任を持たねばならない。


「…この子は一生大事にします。折角、縁あって頂いた子ですから」


 ポポの首を撫で、珠希は神妙な面持ちで呟いた。

 ―――自分はこの子と同じ。

 危うく肝心な事を忘れるところだった。

 魔法至上主義のこの世界で生きてゆかねばならない現状、魔力を持たない彼女が持ち得る手札は正直少ない。

 今は聖女という立場を与えられているが、その実、珠希は一介の庭師でしかない。

 ここはゲームの世界とは言え、生も死もある現実である。今は兎も角、遅かれ早かれ今後の身の振り方を考えねばならない。

 勇者の一騎には申し訳無いが、自分に出来ることは限られるし適材適所ってものがある。

 生憎だが、高校時代から土と草に塗れて足掛け十三年、学びも職も造園しか知らぬ三十路には、身分違いの恋も世界の救済も力不足だし荷が重い。

 先ずは聖園の管理という大事な仕事をこなし、周囲の信頼を築く―――、兎に角、今は目の前の事に集中しようと決心した。

 彼に特別に好かれるかどうかは後回し。突然切り出された色恋云々に狼狽え、呆けている場合ではなかった。


「…貴女は本当に高尚な方ですね」


 微笑みを含むそんな呟きに、珠希はキョトンと小首を傾げる。

 刹那、彼女は肩を竦めるや無責任な事をしたくないだけだと戯け、手綱を握り直した。


*****


 月明かりに薄雪が仄かに光を放つ。剣の柄を握り締めた拳からは湯気が立ち、全身に薄っすらと汗が滲む。聞こえるのは己の呼吸とキンと冷えた大気を切り裂く刃の音のみ。

 不意に吹き抜けた寒風の心地良さに息を整え、目を細めた。

 昼間、聖女との竜乗り訓練から治まらぬ胸のざわめき。彼女が刹那に見せた何処か決意に満ちたような横顔に思わず見惚れ、それが頭に焼き付いて離れなかった。


(私も私で邪念が酷いな…)


 溜息混じりに剣を鞘に戻し、片隅のテーブルに置いていたボトルのワインをゴブレットへと注ぐ。

 そうして口元へと寄せた時、またも彼女の顔が過った。

 城下町の市場に供をした折、楽しげに乾杯の音頭を取り、清々しくエールを呷る姿は豪快ながらに魅力的だった。

 思えば、その頃くらいからだ。

 野に根を張る花のように逞しく、飾ることなく何事にも直向きな姿に目を奪われるようになった。綿毛のように柔く笑う彼女を少しでも見ていたいと思うようになった。

 君主からの命を口実に、彼女の隣に居られる機会を狙い、些細なことでも彼女に関われる事には名乗り出た。

 聡い者はこの変化にもう気付いているだろうが、敢えて囃し立てたり指摘しないのは、彼女と親密なる仲となる事を望んでいるか各々の立場故か―――。最早、隠し通せぬほどに想いは膨らみ、意識する程に胸を締め付ける。

 三十路にもなって近衛騎士団長ともあろう者が恋の流行り病など―――、全く滑稽なものだ。


「兄上、どうされました?」


 そんな声がけにハッと我に返った。

 目を向ければ、書類を抱えた弟ローレンの姿があった。


「……何でもない。少し考え事をしていた」


 困ったように嗤い、深紅の揺れるゴブレットを呷る。

 良い酒だが乾いた喉には少々渋がキツい。微かに咳払いして、唇に残る甘さを拭った。


「…何か、御(・)用(・)で(・)し(・)ょ(・)う(・)か(・)?」


 ゴブレットをテーブルに戻し、ボトルの横にあったタオルを手に取る。

 家臣としての言葉遣いに、ローレンが僅かに寂しそうな顔をしたのは見えたが気付かない振りをした。

 慕ってくれるのは有り難いが、彼は次期国王だ。そろそろ一線を引かなければならない。いつまでも兄弟ご(・)っ(・)こ(・)は出来ない。


「…一つ、お話出来ますか?」


 そんな切り出しに良くない内容なのが分かった。


「場所を変えましょう。着替えて参ります。一時間後に執務室に伺います」


 端的に伝えて荷物を纏めたグラジオは、剣を担いで足早に己の部屋がある騎士団の官舎へと急いだ。

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