聖剣の勇者
お昼時、急ぎの湯浴みで衣服や髪に染み付いたいぶ臭さを流して早々、珠希はランチついでに話がしたいとの女王に呼び出しに応じて王宮の貴賓食堂へと赴いた。
しかしながら、いざ、その場に着いた彼女はその眼前の面子に仰天。昼というより寧ろおやつと言うべき軽食と紅茶が並ぶダークウッドの黒光りする長テーブルを囲み、その最上位の上座にはマーガレット女王の姿。その両隣にはローレン王子と近衛騎士団長たるグラジオが着席。更にそこから各種高官がずらりと並び、その一角に珠希の席が設けられていた。
様相はさながら御前会議である。
「皆の列席に感謝します。緊急の旨故、表向き昼食会とさせて頂きました」
困惑する珠希を思ってか女王はそう告げ、諸侯は御意とばかりに頷きながらティーカップを掲げる。
どうやら緊急の秘密会議らしい。
「早速ですが…、今朝方、ガザーニア陛下及びオルタンシア帝から依頼がありました」
本題とばかりに女王は届いていた二通の手紙を掲げ、その手紙の便箋に押された国璽と皇帝直筆サインに高官らはざわついた。どちらも西帝国と北帝国の正式な書簡であることを示していた。
「既に聞き及んでいる事かとは存じますが、夏の末にロザリア教が【聖剣の勇者】を召喚しました。勇者は無事、ロザリア聖神殿の台座より聖剣の抜刀に成功したそうですが、直後襲来した魔物討伐にて敗走…。その療養の為、我が国が聖剣の勇者を預かる運びとなりました」
淡々と述べられる通達に高官らは黙々と耳を傾ける。
その中、同じように傾聴していた珠希は、言葉尻に聞き取った内容に、ん?と眉を寄せた。
「あのぉ…無知で恐縮なのですが…、何故にヴォタニカリアが勇者の面倒を見るのでしょうか?そもそもロザリア教は北帝国の国教ですよね?北帝国の属国が預かるなら兎も角、何故に聖樹教やエルフィエナ信教を主な宗教とするヴォタニカリアが…?」
恐る恐るながらに挙手し、珠希は疑問を述べる。
幸い、他の高官も薄っすら疑問には感じていたようで同感の頷きが数名あった。
「ガザーニア陛下からの親書によれば、現在、北帝国の魔力に不具合が生じているそうで…、それに伴って本来、抜刀後直ちに見られる筈の聖剣の覚醒が進まず、勇者殿の精神負荷が蓄積しているのだとか…。その為、魔力が潤沢な我が国で療養の上、グラジオの魔導剣士の腕を見込んで稽古を付けてほしいとの依頼です。実際は同じ異世界人のフジサキ女史と引き合わせたいようですが…」
何とも含みのある返答である。
成程。詰まる所、期待外れの勇者が召喚されてしまったのだろう。
あちらでは聖女の召喚が難しい代わりに、あらゆる厄災を打ち払うと言われる聖剣の持ち主となる勇者の召喚が度々行われ、魔王討伐や聖樹を脅かす魔物の退治を仰せ使っているらしい。
ニュアンスからして同じ異世界人同士で意気投合してもらい、精霊ロザリアンヌが宿る聖樹回復に協力させる魂胆だろう。
全く、素直に助けてと言えば良いものを回りくどいやり方である。
「陛下、期間はいつ頃からでしょうか?」
外交官のチョビ髭の小父様が訊ねる。
すると、それまで毅然としていた女王が途端に弱ったように口元を歪め、困惑の笑みを零した。
「それが…、もうカリア港に来ていまして…」
俯き加減に女王はか細く返答。
途端に場が凍りついた。
カリア港はヴォタニカリアの南にある大きな港で、ここ王城からも見える場所だ。
「あの…、失礼ですが、もしかして両陛下の親書が来たのって勇者が到着した後だったり…」
引き攣り笑いで珠希は確認。
女王はほとほと困り果てた様子で小さく頷いた。
「ご推察の通りです…。どうやら勇者殿が勝手に我が国に来てしまったようで…。取り急ぎ客室の準備はしておりますが、恐らく明日にも登城するかと」
頭を抱える女王に、高官らも苦笑失笑。
一先ず受け入れに向けて各々急ぎ体制を整える方向で話は決着したものの、招かれざる客人に嵐が吹くであろうことは言うまでも無かった。
*****
次の日、スコップ片手に珠希は聖園の見回りをしていた。
造園の仕事は植物が休眠期に入る冬場は、やることが無さそうに思われるが時間のある冬だからこそ出来ることもある。
例えば夏場や雨季に園路に流れ出した土を掻き集めて戻す泥上げや必要に応じての土木整備。雑草が枯れ、落葉樹の葉が落ちたお陰で修繕箇所を確認しやすく虫の妨害もない為、作業がしやすい。
「あー、やっぱり漏れてたか…。スイバ〜!ごめーん!ここもー!」
水景施設を介して睡蓮の池に水を供給する井戸の一角、水漏れする割れ目を発見。
泥上げをしていたスイバを呼び出し、魔法で水を凍らせて堰き止めてもらいながら割れ目に粘土を詰め、火魔法で焼成。
元の世界なら大掛かりな修理になるが、ここではものの一時間である。全く便利なものだ。
「あ、そろそろか。師匠、お芋焼けただろうから取ってくるね。ナズナ、行くぞ〜!」
鳴り響いた鐘の音にスイバは顔を上げ、妹と一緒に今朝方、さつまいもを仕掛けておいた炭窯へ。昨晩、御用牧場のおっちゃんがお裾分けしてくれたもので、濡らした紙に包んで焼き芋にしていた。
キャッキャと駆けていく背を手を振って見送りつつ、珠希は頭の手拭いを取り、井戸の水で軽く手洗い。
―――そろそろ支度をせねば。
間もなく件の勇者が城にやってくる頃だ。
出迎えはローレン王子達がすることになったが、昼頃にはここにも顔を出すだろう。
一応、聖女の肩書に相応しい格好をせねばならない。
二人が戻って来るまでにと使った道具を片付け、最後に洗っていたスコップが錆びないよう拭いていた時だった。
「…勇者殿、お待ちを!そちらはこれより案内致しますから!」
慌てふためく声に何事かと目を向ける。
聖園の入口、赤いマントを揺らしてズカズカと足を踏み入れたのは、格好こそ銀の鎧で勇猛ながらも中高生くらいの初々しい青年だった。
その腰元には立派な宝剣。背丈はあるが、やんちゃさの抜けないあどけなさが滲み出ている。しかも、顔つきは珠希と同じ日本人であった。
青年は迷うことなく聖樹へと歩みを進めるや辺りを一瞥。
そして、にっと笑みを零した。
「こりゃ良いや。思ったより素材に良さそうなもん一杯あんじゃん…!」
そう呟いた直後、青年は躊躇うことなく、聖樹に稔っていた赤い実を毟った。
―――何だこの状況。
かつての仕事で見覚えがある。むっちゃ嫌な記憶。
「ちょっ…!勝手に毟ってくの止めてもらえませんっ?実一つにしても管理してるんですよ、ここ」
次々に毟られる様子に、珠希は見るに見かねて駆け寄り、その手を制しながら物申した。
人目があるのに何て胆力だ。傍若無人、泥棒も甚だしい。いや、強盗か?
後ろには駆け付けたローレン王子や外交官が、下手に押さえられないのか只々狼狽えている。
「んだよ?勇者の俺に楯突こうっての?何様?」
手を振り払い、鬱陶しいとばかりに睨まれた。
あまりの威張り腐った態度に、プチンと頭の中で堪忍袋の緒が切れる音がした。
「あ゙っ?そっちこそ何様よ?ここはこの国の重要な場所なんだよ。アポ無しで行き成り来た癖、待てと言われてんのにズカズカと踏み込んで、それでいて何なん、その態度?こっちが迷惑かけた訳でもあるまいに、何でそんな横柄な人間に礼儀尽くさにゃならん訳?何でこっちが下手に出にゃならんのよ?可笑しくね?はあっ?意味分かんないんだけど?」
敵意剥き出しの喧嘩腰で畳み掛け、周囲はそのどすの利いた声と口調に目を丸くしている。
ごめん、正直言う。
男ばっかの職場で職人気質の頑固爺さん達と渡り合ってきたからキレた時の口調はめっちゃ悪い。しかも女と見るや絡んでくるDQNやエロ親父が少なからずいて、負けじとヤンキー口調が身に付いてしまった。
加えてこちら、女にしては背丈がある方で仕事柄、何処もかしこも筋肉質。吊り目気味に眉の細さもあって目付きが悪く、睨めばそこそこ怖いらしい。
「お、俺は聖剣の勇者の一騎だ!お前、何なんだよ!俺はロマーノ皇帝の命令で来たんだぞっ!」
弱い犬ほどよく吠えるとは言ったものだ。
珠希は鼻で嗤い、威圧するように腕を組んだ。
「これは失礼したな。私は藤崎。日本の造園屋で、今はこの国の聖女をしている人間だけど?この半年あまり荒れ放題だったここを一切合切直した張本人だけど?君の言う皇帝から聞いてないのかな?」
文句あるかと微笑みながら挑発気味に睨みを利かせる。
現状、形的にはヴォタニカリアに籍を置いている珠希だが、その手腕はキトリア皇帝の耳にも届いており、北帝国ロマーノ皇帝からもそれを見込んで助力の要望が届いている次第だ。
立場的には同格かそれ以上―――、権力を振り翳すのは不本意であるが、この庭を荒らすなら黙っている訳にはいかない。
「藤崎っ?え、日本人?」
「だから、そう言ってんじゃん。てか、年増のお節介として言わせてもらうけど、ちょっとチヤホヤされてっからってその態度はヤバイよ?そもそも、あんたいくつ?まさか、その態度であちこち回ってんの?勘弁してよ、同じ日本人として恥ずかしい」
狼狽える勇者に珠希は手加減無し。
こういう阿呆は手痛い思いをした方が良い。成功体験を与えてはならない。
「「師匠ー!お芋焼けたよー!」」
そんなピリッピリッの空気の中、状況を知らぬスイバとナズナがニコニコで駆け寄る。
途端に珠希は身体を翻して二人に歩み寄り、貼り付けた笑顔で迎えた。
「二人ともありがとっ。ちょっと今、そこのお兄さんと大事な話してるから、先におやつしててくれる?私、あとで食べるから取っておいて?」
やや早口で二人に伝え、抱きしめるようにポンポンと肩を叩く。
その合図に二人はハッとして頷いた。
「「…了解」」
ビシッと敬礼したスイバとナズナは、くるりと踵を返し、置いてあった道具を回収。
逃げるように去っていく背を見送った直後、珠希は笑顔そのままに生意気な勇者と向き合った。
「…勇者の一騎君と言ったかな?ちょっと保護者の人はいるかしら?」




