木酢
騒動から時は過ぎて、秋の香りが立ち始めた頃、王宮の一室に珠希の姿があった。
彼女が手を置く水晶玉を見つめ、魔術師達は腕を組んで首を捻る。
そんな様子に当人は戸惑いを隠せなかった。
「やはりありませんねぇ」
「無いですねぇ…」
口々にそう言われ、内心がっかり。
只今、魔力蓄積能と呼ばれる身体に蓄える事が出来る魔力の量を計測しているのだが、珠希は何度やっても計測不能―――詰まる所、魔力が無いとの判定である。
この世界において魔法を使うには少なからず自分の持つ魔力が必要で、それがないと話にならない。例えるならスマートフォンの充電バッテリーだ。そこにスマートフォン本体があっても、そもそもバッテリーが入ってなければ充電が出来ず電源も点かず、各種アプリが使えないのと同じである。
「あの、アカンサス様、もっかいお願い出来ます?」
隣の魔導師長に懲りもせずお手本を依頼。
魔導師長は快く水晶玉に手を乗せ、途端に水晶玉は見事に光り輝いた。
「嗚呼…、悲しいくらいに眩しい…」
その光に消し飛ばされそうになりつつ、珠希は現実を飲み込む。
実を言うと、待望の魔力を原動力とした農業機械の試作品が完成したのだが、一番使用を望んでいた珠希だけが使えないという事態が起きていた。
仕様としては一番欲しかった電気式に近く、大変に悔やまれる。
「申し訳ないですなぁ…」
「あの、魔石開発を急ぎますので…!」
「そ、そうですよ!魔石が出来れば…!」
魔導師他、皆が慰めてくれるものの、その優しさが寧ろ心の傷を抉った。
「良いもん良いもん!向こうでもしょっちゅう機械に嫌われてたしっ…!文明の力に頼らなくても頑張るもん!」
子供じみた強がりを漏らしながら、大鎌に因る草刈りで鬱憤を晴らす。
元の世界でも時折、何故かエンジンが中々掛からず、同僚に交代した途端にあっさり点くという謎現象があった。
皆、機械に嫌われてるだの人を見てるだの好き放題言ってくれたが、付喪神の考え然り、内心本当になのかも知れないと落ち込んだものだ。
「うっひょ〜!たーのしー!」
「お掃除楽々〜!」
そんな傍ら魔導式ブロワーを回して落ち葉や刈草を飛ばし、スイバとナズナは有頂天。
年相応にはしゃぐ姿は悔しいながらに可愛いものだ。
騒動以来、二人は本当の姿を見せるようになり、その分、仕事の動きも向上した。
元より獣人は人族より身体能力が高いが、変化中は中々の魔力を消費するため体力が人間以下にならざるを得ず、子供であることで隠せてはいたものの本領が発揮出来ずにいたらしい。
今ではすっかり頼もしい戦力である。
「これから暫くは落ち葉掃きがメインかなぁ…」
いつも通りの休憩時間、侍女アリスの美味しいお茶とお菓子を頂きながら、今後のスケジュールを考える。
現場に因るが、元の世界では落ち葉が近所迷惑になったり道路に積もって排水溝を詰まらせたりとトラブルに繋がることから、葉が落ちる前に剪定をしてしまう場合もあった。
聖園の場合は自然任せな点から落ち葉が積もり次第、掃除するスタンスであるが、これからの最盛期は中々の仕事量になる予感。尚且つ、集めた落ち葉の処分にも困った。
元の世界なら各市町村に草ゴミ回収業者があって、そちらに運搬し買い取ってもらう形で処分出来るが、こちらの世界にはそう言った事業所は存在しない。
これまでの管理作業で出たゴミは畑の腐葉土や薪として何とか処理してきたが既に飽和状態である。
「いっそ燃やす?」
「うーん、悪くはないけど野焼きは煙が迷惑かも。あと、火の始末も…」
スイバの提案に気持ちは山々ながら珠希は渋い顔。手っ取り早いが万一こんな所でボヤを起こしたら大目玉である。
「ここで火魔法を使うなら王族や上級官吏の許可と立ち会いが必要ですね。無許可でやるとお叱りが来るかと…」
アリスも手続き面で難しいと眉を下げた。
落ち葉清掃の度に、先の騒動で近頃忙しいお偉いさんを呼び出すのも忍びない。
「なら、そっちの角に石で窯を作ってはどうですか?囲いがあれば火の粉が飛んだりしないですし」
クッキーを齧りつつ、そうナズナは聖園の片隅を指差す。
そこは先日、虫が入って枯れた大きめの落葉樹や実生で勝手に生えた雑木を軒並み伐採した場所である。広さとしては大型トラック一台分くらいはある。
「お、ナイスアイデア。いっそ、炭窯にしちゃおうよ。御用牧場のおやっさんが作り方知ってるし、炭なら色々と使えるし」
そんな兄妹の提案を聞きながら珠希は閃いた。
炭窯があれば、《《あれ》》が作れる。
「炭窯か…、良い考えね。木酢も作れるし」
「「「木酢?」」」
そう首を傾げた若者三人に、彼女は不敵に口角を上げた。
*****
彼等の思い付きは思いの外、大掛かりとなり、炭窯は炭焼小屋となって聖園内ではなく、その近くの林の一角に鎮座した。
完成したのはすっかり落ち葉が落ち切った冬の事。しかし、その有用性は確かだった。
まず、落ち葉の処分。一部は霜除けとして木々の根元に残しつつ、園路や花壇に落ちた分はリヤカーで回収して小屋の中へ。湿っていたり腐っていると嫌な臭いが窯に付いてしまうので除外しながら、乾いた新しい葉を焚口(窯の入口)で焼却。剪定した細かい枝も燃やし、そうして残った灰は畑などの土壌改良材に利用した。
次に大枝や伐採した幹部の処理。幸い炭焼きの知識を持つ農夫が御用牧場におり、周りの林の間伐材なども利用しながら炭焼きを決行。同時に事前に騎士団直轄の鍛冶屋さんに作ってもらった耐熱耐酸性のある金属の筒を窯の煙突に設置。温度に注意しながら出てくる煙を冷却して、筒から垂れてくる液体を採取した。
「「これが木酢?」」
瓶の中に溜まった独特な臭いを放つ液体に、スイバとナズナは顰めっ面。
見た目はコーヒーみたいな黒い水であるが―――。
「まだまだ。これを冷暗所で半年熟成分離!これだと有害物質が多いからね」
そう言って、珠希は瓶を炭焼き小屋の一角に設けた物置に安置。
そんなに待つのかと二人が唖然とする中、揺らしたり触らないよう注意書きをした上で、閂を下ろした。
「師匠、あの瓶の液体って半年後にはどうなるの?」
片付けに勤しみつつ、スイバは興味津々。
ナズナも知りたそうに頷いた。
「上手く行けば三層に分かれて、真ん中の液体が木酢になるの。一番下に溜まる木タールも防腐剤とか獣避けとか…、あと精製を繰り返せば正露丸の原料にもなるの」
「「正露丸?」」
声を揃えた双子に珠希は、思わずしまったと苦笑い。
こちらでは馴染みがない薬だ。
「元いた世界では有名な下痢止め。臭いが独特だけど、これが結構効くのよね…」
腹を擦りつつ、珠希は神妙に微笑む。
飲み会で調子に乗って暴飲暴食した時には、よく世話になった。加えて現場によっては中々トイレに行けない仕事柄、突然の腹下りは命取り。日頃の持ち物として欠かせないお守りだった。
「それは実に興味深いですねぇ、聖女様…」
そんな声がずいっと迫る。
思わずぬおぉっ?!と野太い声を上げて目を向ければ、真隣にアカンサス魔導師長がメモ帳片手に聞き耳を立てていた。
「あ、アカンサス魔導師長様っ?」
若干引き気味に身体を反らせ、珠希は愛想の苦笑い。
髭もじゃ親父はニコリと微笑んだ。
「宜しければそのお話、もっと詳しく…!」
好奇心に目を輝かせ、魔導師長は大きなカブトムシを見つけた虫採り少年のように躙り寄った。
普段はマグカップ片手にロッキングチェアで、うたた寝しているような朗らか爺さんな魔導師長であるが、あちらの世界の物事や便利グッズの話には目の色を変える。
今回の炭窯の案件も設置許可を貰うに、合同説明会を催した所、大変な興味を持たれていた。
「成程、これが木酢とやらに…」
物置の前、出し直した瓶を前にアカンサス魔導師長は目をキラキラ。
炭焼きのついでに作った籾殻燻炭についても根掘り葉掘り聞き取られた。丁度、御用牧場で籾殻が余っていたのも理由だが、炭窯の予定地だった聖園の空きスペースに小さな畑を作ることとなり、元肥に入れた堆肥の臭い消しや土壌改良剤として拵えた次第だ。
名目上は薬草などの試験場としているが、その実は珠希の家庭菜園である。いつか縁あって家庭を持ったらやってみたかった夢でもある。
「しかし、これほどの知識をお持ちとは…、改めて感服致しました」
恐れ入ったと微笑む魔導師長に、珠希は謙遜のはにかみ。
炭焼きも木酢作りも高校時代、農業クラブ(日本全国の農業高校生が属する学生団体組織)の活動として参加した里山再生プロジェクトで経験した事であるが、こんな形で役立つとは―――。当時は我武者羅だったが、今にしてみれば良い思い出だ。お陰で木酢の作り方や木タールの存在、土壌改良材のあれこれまで実践出来るノウハウを叩き込むことが出来た。
「失礼します!!珠希様っ!」
魔導師長の質問攻めから解放されて間もなく、慌てふためく声に今度は何だと思わず顔を窄める。
駆け付けたのはアリスで、女王からの呼び出しがあり、直ぐに王宮に来るようにとの連絡だった。
一難去ってまた一難。何だか忙しい日だなとぼやきつつ、駆け足で呼び立てに応じた。




